父が急死、遺産を義姉にとられた! 母の遺言書でリベンジ狙うも無効に…… 遺産分割の怖~い話
「実録! 税理士が語る相続税の怖~い話」シリーズ2回目の今回のテーマは、「遺言書による遺産分割」についてです。遺言書が無効とみなされないためにはどうすればいいのでしょうか。ベンチャーサポート相続税理士法人のベテラン税理士が、自身の経験も交えて解説します。
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主人公:真紀子(51歳)
父:茂雄(享年80歳)
母:貴子(78歳)
兄:明彦(54歳)
義姉:芳江(54歳)
とうとうお父さんが亡くなってしまった――。顧問税理士から、亡くなった父・茂雄さんの相続について話があるというので実家に戻っていた長女の真紀子さんは、仏壇の前でお線香の煙を見つめながら深いため息をつき、自分の今後についてぼんやりと考え始めました。
父は地元の名士で、不動産賃貸業を営みながら市議会議員も務めていました。真紀子さんは父のつてで、有名企業に勤める好青年と若くしてお見合い結婚をしました。しかし、夫は出世レースから外れ、関連会社へ出向。その頃から家庭内暴力が始まりました。
父はとてもかわいがっていた真紀子さんに対して、「自宅のそばに家を建ててやるから、離婚して戻ってきなさい」と言ってくれたのですが、真紀子さんは専業主婦で手に職はなく、離婚後の生活がとても成り立ちそうにありません。さらに、都会の生活に慣れてしまったので、なかなか離婚して田舎に戻ろうという気持ちにはなれず、そうこうしているうちに父が亡くなってしまったのでした。
「大丈夫よね。お父さん、ちゃんとしておいてやるから安心しろって言っていたし」
顧問税理士からの今回の呼び出しにも、真紀子さんはさほど心配していませんでした。しかし、顧問税理士から相続税申告の説明を受けたところ、とんでもない事実が判明したのです。
真紀子さんには3つ違いの兄・明彦さんがおり、その妻で義姉の芳江さんと結婚していますが、なんと、義姉が父の養子に入っていて、もう1人の相続人であると知らされたのです。
当初、父の財産は母である貴子さん、兄、そして真紀子さんの3人で分けるものと思っていただけに、真紀子さんにとっては青天の霹靂です。義姉まで相続人になっていては、さらに取り分が減ってしまいます。真紀子さんは不安を感じつつも、生前に父が言ってくれていたことを思い返していました。
顧問税理士が父の財産や今後の段取りなどをひと通り説明してくれましたが、「真紀子へこの財産を渡す」といったような具体的内容は一切出ないまま話は終了します。真紀子さんは居ても立っても居られず、身支度を済ませて帰ろうとする顧問税理士を玄関で引き止めました。
「父は、私のために財産を残すと言ってくれていたんです!」
必死の形相で迫る真紀子さんに対し、顧問税理士は「茂雄さんとは確定申告でかれこれ30年来のお付き合いでしたが、そのような話は出たことがありませんよ」ときっぱり、そして哀れむような目で言いました。
母に聞いても「遺言書はない」とのことで、逆に父から遺言書を預かっているのかと問われましたが、もちろん、真紀子さんは父から遺言書なんて預かってはいませんでした。
兄夫婦は父と同じ敷地内に住み、義姉は父や母の世話もしてくれていました。兄は義姉に頭が上がらず、義姉の「もらえるものはしっかりもらう」という意向に従うのみ。
義姉も含めた法定相続人4人で法定相続分どおりに財産を分けることになったのでした。
こうして相続税の申告や納税も済ませ、ひと息ついたころ、今度は母が体調を崩してしまいました。父に先立たれたことで、気力も目に見えて衰えてきていました。兄夫婦は、これ以上、母が自宅で暮らすのは厳しいと判断し、真紀子さんに「お母さんを老人ホームに入居させようと思う」と伝えてきました。
「きっと母を老人ホームに入居させたら、兄たちは会いにも行かないに決まっている!」
真紀子さんは猛然と兄に噛みつきました。
「だったら、私の家の近くの老人ホームに入居させるわ!」
このまま弱った母のそばに兄夫婦がいたら、父が義姉を養子にしたように、また何をしでかすかわからない。もしかしたら母の財産をすべて使ってしまうかもしれない……。
ものすごい剣幕で言い放った真紀子さんに対し、電話の向こうの兄は「じゃあ、老人ホームの手続きは真紀子に任せるよ」と、驚くほど冷静に返して、電話を切ったのでした。
勢いで言ってしまったものの、老人ホームなんて簡単に見つかるのか――。老人ホームについてネットで検索した真紀子さんは焦りました。真紀子さんの住む都心では、老人ホームの入居費用が非常に高いのです。母の年金だけでは賄えそうにありません。それだけに、老人ホームの入居費用の捻出に奔走していることをDV夫が聞いたら、どう反応するかわかりません。
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相続の相談が出来る弁護士を探す結局、母を自分の家の近くの老人ホームに入居させるのは諦めざるを得ず、兄夫婦に任せるしかありませんでした。
途方に暮れる真紀子さんですが、諦めきれません。
「お父さんが遺言書を残してくれていたら、こんなことにならなかったのに! そうだ、お母さんに遺言書を書いてもらえばいいんだわ」
早速、真紀子さんは実家に赴き、母に遺言書を書いてもらいました。
一般的に用いられる遺言書として、手書きで作成する「自筆証書遺言」と、公証役場で公証人に作成してもらう「公正証書遺言」があります。自筆証書遺言は簡単に作成できるというメリットがある反面、紛失や形式が整っていない場合は無効になるというデメリットもあります。一方の公正証書遺言は、原本を公証役場で保存するため紛失のリスクはありませんが、財産額に応じて手数料がかかり、証人も必要です。
「私の全財産を真紀子に相続させる」
自筆証書遺言で書いてもらった遺言書は、たった一文ですが、真紀子さんにとってはとても大きな安心感を得られる内容です。真紀子さんは大切にしまって保管したのでした。
それから3年後、母が亡くなり、相続について顧問税理士も交えて、兄夫婦と話し合うことになりました。母に書いてもらった遺言書を持参した真紀子さんに対し、兄夫婦はおもむろに封筒を取り出してきたのです。中から出てきたのは、なんと「遺言公正証書」と大きく書かれた書類で、法定相続分でそれぞれ相続させるという内容が書かれていました。
真紀子さんは慌てて「私だってお母さんに遺言書を書いてもらったのよ」と母の自筆証書遺言を取り出しました。その中身を確認した顧問税理士はこう言いました。
「この遺言書は、残念ながら無効です」
びっくりする真紀子さんをよそに顧問税理士は続けます。
「真紀子さんが持っていた遺言書よりも、お兄さんが持っている遺言書の方が作成日付が新しいのです。遺言書が複数ある場合、新しい日付のものが正しいものとして扱われます」
真紀子さんが「これさえあれば大丈夫」と、後生大事に持っていた遺言書は、実は無効だったのです。
呆然とする真紀子さんに、義姉が口を開きました。父が「自分の亡きあと、妻をよろしく頼む」と義姉を養子にしたこと、父と母の世話をしてきたのだから義姉も相応の財産をもらいたかったこと、真紀子さんともめたくなかったから母に遺言書の作成をお願いしたことを教えてくれました。
夫からの暴力を心配して「田舎に帰ってこい」と言ったのに帰ってこない実の娘よりも、近くで世話をしてくれる義理の娘を頼りにするのは至極自然なことです。親はもちろん、兄夫婦にも甘えっぱなしであった自分を真紀子さんは恥じたのでした。
真紀子さんはその後、法定相続分どおりに相続した財産を元手に夫と離婚し、地元に戻って新たな仕事も始め、心穏やかに暮らしているそうです。
自筆証書遺言は費用がかからず手軽な反面、財産目録以外の全文を本人が手書きし、作成日付や氏名も自筆するだけでなく、押印や訂正の仕方など守らなければならないルールがあります。要件を満たしていない遺言書は無効となってしまい、大切な家族を守ることができなくなってしまいます。
一方、公正証書遺言は手数料がかかり、証人も必要ですが、みなし公務員の立場である公証人がパソコンで作成してくれます。また、誰かに脅されて書いたのではなく遺言者自らの意思であると証人が証明してくれるため、ほぼ無効になることはなく安心です。遺言書を作成する場合は、弁護士など専門家に相談の上、公正証書遺言で作成することをおすすめします。
(物語は2023年7月1日現在の情報と税理士の実際の体験に基づいた創作です)
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