兄の借金を親が肩代わり 妹の私が同額を生命保険で受け取ってもいい?
実際に相続でもめている人の悩みを聞き、専門家が答える「相続相談室」の1回目は、実兄と実家の相続でもめている60代女性の相談について、弁護士法人アクロピースの佐々木一夫弁護士がアドバイスします。
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私は都内に住む60代の会社員です。4歳上で無職の兄と実家の相続で相談です。
東大卒でエリートサラリーマンだった父が5年前に92歳で他界しました。遺産分割では、母が父の遺産である都内の一戸建てや保有していた株式などすべてを相続しました。
昔気質の両親は、昔から跡継ぎである兄に期待して、幼少の頃から熱心に教育していました。兄は受験を経て名門中学に入学するも、勉学についていけなくなり、途中で別の私立中学に編入しました。感受性の強い時期に編入させられたことが心の傷となったようです。
兄は大学進学後、車を所有するほか、バンド活動や体育会の活動など、華やかな学生時代を送っていました。その後、父のコネクションで一部上場企業に入社して結婚しました。2人の子どもにも恵まれましたが、地方転勤を機にうつ病になり、離婚、退職することになりました。
2人の子どもは妻が引き取り、1人になった兄は、両親の住む都内の二世帯住宅の2階に1人で住み始めました。30代半ばで退職した後は定職に就かず、結局、父が生活費の面倒をみるようになりました。
兄はその後、マンション投資に手を出すようになると、負債が雪だるま式に膨れ上がり、数千万円あった父の退職金もほとんどなくなりました。両親は父の定年後に想定していた悠々自適の暮らしが崩壊していきました。
兄は気に入らないことがあると、両親に対して暴言を吐いたり暴力をふるったりするようになりました。パトカーがかけつけることもありました。
父が亡くなると、母は兄が自分の手にはおえなくなると危惧するようになり、80歳くらいから「死んだらノート」を作成。自分が亡くなった時の葬儀代の見積を取ったり、親戚などへの連絡先をまとめたりし始めました。自分の死後の細かな決め事についてノートを作成する傍ら、老人ホームの見学にも足を運び始めました。
兄が購入した投資用のマンションの負債は、当初の1500万から3600万に膨れ上がり、そのほとんどを父親が返済しました。父の死後もまだ320万円のローンが残っていました。母は父の遺産の株式の一部を売却して完済しました。
その時、私に「兄の借金返済にお金を使ったので、そのお金とほぼ同額の生命保険300万円の受取人は、あなたにするからね」と言って、受取人を私に変更しました。
母は弁護士と相談して、遺言を作成しました。母の遺産は兄と妹で半分ずつにすることを明記しました。兄の借金を肩代わりしたのとほぼ同額の保険金を私が受け取ることはできますか?
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相続の相談が出来る弁護士を探すご両親の相続の際に、子どもたちの誰かが多額の贈与を受けていたり、本人の事業の失敗による負債の返済をしてもらっていたりする事はよくあることです。このような場合は、本来は、遺産分割協議をする際に、生前に受けた「特別受益」として、あたかも遺産を前もって受け取ったように扱って遺産分割をすれば、不公平を解消できます。
ただ、実際には、優遇を受けた相続人が特別受益を否定する可能性もあります。ほかの相続人がこの特別受益を証明する事は簡単ではありません。遺産を遺す親は、「子どもたちの間で互いの事情はわかっているのだから、特に争うことはなく遺産分割協議ができるだろう」と思うかもしれませんが、実際にはそれが特別受益に当たるのかどうかなどの認識の違いからきょうだいの間で激しい争いになることは珍しくありません。
このような特別受益をきょうだいの間で是正する手段として、遺言を残したり、生命保険金を活用したりする方法があります。ただ、それぞれに注意点がありますので、以下でご説明します。
まず、遺産分割の方法は、遺言によって分割する方法と相続人間の遺産分割協議によって分割する方法があります。遺言がある場合には、遺言の内容通りに分割されるのが原則になります。
ですから、親が生前、相続人の誰か1人に対して経済的に優遇したことについて、相続時に是正したいと考えている場合には、生前に遺言を作成して優遇を受けなかった相続人に対して多めに遺産を配分することで、不公平の是正が可能になります。
ただし、相続人間で「○○に2分の1」、「○○に2分の1」のような割合で相続分を指定する場合には要注意です。このような遺言を書いてしまった場合には、どの遺産をだれが相続するのかがはっきりしませんから、せっかく遺言を書いておいたのに遺産分割協議をしなくてはならなくなり、遺産分割協議がもめる可能性が高まります。ですから、遺言を残す場合には、誰にどの遺産を遺すのか、はっきり記載することが重要です。
また、生命保険金を活用する方法もあります。判例では、被相続人が契約した生命保険金を受給する権利は、「遺産」に当たらないとされています。
つまり、生命保険金は、受取人を指定することで遺産分割協議をすることなく相続人の1人(相続人でない人でもOKです。)に受け取らせることが可能です。
ですから、親が、自分に掛けている生命保険の保険金の受取人として、優遇を受けていない子に指定することで、優遇を受けていない子に相続分よりも多くの財産を残し、生前の不平等を解消することができます。
また、遺言にはないメリットとして、生命保険金には相続人1人あたり500万円の非課税枠があります。ですから、遺言だけで生前の不平等を解消しようとするよりは、生命保険を活用した方が税制上のメリットがあるといえます。
ただ、生命保険金を活用すれば、特定の相続人にいくらでも財産を遺せるのかというと、そうではありません。特定の相続人を多額の保険金の受取人としていると、遺産への持ち戻しを行わなければならなくなるケースがあります。
どれくらいが「あまりにも多額」と言えるかは難しいのですが、裁判例からすると、一つの目安として生命保険金の額が遺産の半分に達しているような場合には注意が必要です。
今回のご相談では、お兄様へのお母様からの援助は320万円ですし、生命保険金の額は300万円で釣り合っています。お母様がその他の遺産をどの程度なのかわかりませんが、他に価値のある不動産や預金などを持っているのであれば、生命保険金が多額とも言えないでしょう。
そうすると、ご相談者様はお母様がご自身に掛けていた生命保険金を問題なく受け取れると考えていいと思います。
一方で、遺言の内容によれば兄弟で半分ずつ分けるということですから、遺産の中に不動産など単純に分けることのできない遺産が含まれている場合には、お兄様との遺産分割協議などの手続きが必要になってしまうでしょう。遺言を書く際に、弁護士にご相談いただければこのようなことはなかっただろうと思われますので、やはり遺言を考えた場合には専門家への相談が重要です。
この女性は2年後、今度は母が亡くなりました。女性は今度は兄と2人で遺産について話し合わなければならなくなりました。後編に続きます。
(記事は2020年4月1日時点の情報に基づいています)
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