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妻の実家の家業を継いだものの……

「誰にも言えないようなことはするもんじゃなかったなあ……」

これは、税理士である私から相続税の申告書を受け取るときに、忠彦さん(51歳)がおっしゃったセリフです。

忠彦さんの妻・久恵さん(48歳)の実家は、東北地方で有名な和菓子屋さんです。久恵さんの父が若くして亡くなったあと、母が社長としてお店を切り盛りしてきました。お店は代々続く老舗で、職人や販売員を何人も抱えています。

跡継ぎである久恵さんは、地元の先輩だった忠彦さんと結婚し、忠彦さんの転勤を機に東京へ。久恵さんの母は、娘夫婦が地元に戻って跡を継いでくれることを切望していました。しかし、久恵さんは東京での日々を謳歌しており、地元へ戻る踏ん切りがなかなかつきません。そんなある日、母は長年の無理がたたり体調を崩してしまいました。

ちょうど忠彦さんの会社で早期退職希望者を募ったこともあり、忠彦さんが婿養子に入り、「地元に戻って跡を継ごう」という話になりました。しかし、東京を離れたくなかった久恵さんは、大学受験を控えた息子のサポートを口実に東京へ残り、忠彦さんだけが地元に戻ることになりました。

忠彦さんが帰ってきたことで安心したのか、まもなく義母に認知症の症状が始まりました。慣れないお店の経営と認知症となった義母を、忠彦さんが一人ですべて担うのは大変だったそうです。忠彦さんが地元に戻って半年ほど経った頃、義母は老人ホームへ入所しましたが、1年後に帰らぬ人となってしまいました。

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浴室とトイレのリフォームに600万円も?

四十九日を過ぎたころ、忠彦さんから税理士である私のところへ相続税の申告依頼がありました。財産調査のために、母親や相続人の通帳を精査したところ、義母が老人ホームへ入所した時期に、義母の通帳から約600万円の支出がありました。忠彦さんに確認すると、「母や妻が自宅へ戻ってくるときのためにリフォームした」というのです。工務店からの領収書も確かにあります。

ここで相続税の計算について解説しましょう。

家屋の相続税の計算では、その家屋に取り付けられ、構造的に一体となっている設備は、家屋の価額に含めて評価するとされています(財産評価基本通達92(1))。例えば、家屋の所有者が持つ電気設備、ガス設備、衛生設備、給排水設備、温湿度調整設備、消火設備、避雷針設備、昇降設備、じんかい処理設備などが、そうした設備にあたります。

そして、家屋の評価には固定資産税評価額を使います。附属設備は本体家屋の評価額に含まれているため、同時に取得した場合は別途評価する必要はありません。しかし、家屋を取得した後に新たに増えた附属設備については、別途評価して財産計上する必要があります。

今回、忠彦さんが実施したというリフォームは家屋との同時取得ではなく、バリアフリー化もしているため、リフォーム部分を別途評価して、財産計上が必要となる可能性があります。そこで「リフォームの施工内容がわかる詳細な資料が欲しい」とお願いしましたが、一向にもらえる気配がありません。

さらに、リフォームは浴室とトイレのみですが、600万円もの費用がかかっています。フルリフォームは難しいとしても、かなり高額です。

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「本当のことをお話しします」

私から工務店へ確認の連絡をしてもいいかどうか忠彦さんに尋ねたところ、忠彦さんはかなり慌てた様子で、「私から工務店へ明細を依頼していますので」の一点張りです。

「通常、こんな高額な費用はかかりません。工務店に騙されたのでは?」と心配すると、忠彦さんはどこか観念した様子で「本当のことをお話しします」と話し始めました。

忠彦さんはお店を継ぐために地元へ戻りましたが、当初、職人さんとのコミュニケーションがうまく取れず、苦労したそうです。さらに、義母の体調も悪くなり、経営者としての重圧と家庭内の負担で疲弊した日々を過ごしていました。

そんなある日、工務店を経営する地元の友人と息抜きがてら小料理屋へ飲みに行ったところ、なんと小学校時代の同級生の女性が経営するお店だったのです。同級生の女将に悩みごとを話すうちに、懐かしさも相まってただならぬ関係になってしまったとのこと。

そして、女将から「この店を改装したい」という希望を聞くと、自分が叶えてあげたくなり、義母の通帳から600万円を引き出し、自宅のリフォーム代として工務店へ200万円を支払い、残りの400万円を女将へ手渡したというのです。工務店の友人は、真実がバレないように協力し、600万円の偽の領収書を作成して忠彦さんに渡してあげたというのです。

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非を認め正しい領収書を作成するも、妻は怒り心頭 その後は……

忠彦さんは「妻にだけは絶対にバラさないでください」と必死です。とはいえ、額が額だけに相続税の申告書に載せないわけにはいきません。

一方、女将は400万円を受け取ったものの、もちろん贈与税を払っていません。本来、400万円に対する贈与税は33万5,000円にもなります。贈与税はもらった人が払うべきものですが、あげた人も連帯納付義務を負うため、もらった人が払わない場合は、あげた分に相当する贈与税を払う義務があります。つまり、忠彦さんは贈与税33万5,000円を納税する義務もあるのです。

さすがに贈与税までかぶることは躊躇します。それに、妻・久恵さんへ400万円の使い道の説明がつきません。

忠彦さんは自分の非を認め、工務店の友人に正しい領収書の作成を依頼し、女将にも事情を説明しました。女将は33万5,000円もの贈与税額に驚いていましたが、以前からリフォーム資金として、少しずつ貯金をしていたとのこと。なんとか女将は贈与税を納税できそうです。

そして、良心の呵責に耐えかねた忠彦さんは、久恵さんにも女将と自分の関係について正直に告白したのです。それを聞いた久恵さんは「浮気した挙げ句の果て、お母さんの大切なお金まで勝手に使って! 今すぐお金を返して!」と怒り心頭で、忠彦さんのことを半日近く厳しい口調で責め立てたそうです。

忠彦さんは独身時代に貯めた貯金と毎月のお小遣いから、返済することを約束しました。そして久恵さんは、大切な一人息子のために最終的には忠彦さんとやり直すことを選び、「私が東京にいて、お店もお母さんのことも甘えっぱなしだったのもいけなかったのよね……」と、無事にお子さんが東京の大学に合格したのを機に、地元へ戻ることを決心しました。

先日、相続税の申告書をお渡しするために忠彦さんとお会いしたときには、久恵さんと仲良くお店を切り盛りされていらっしゃいました。ちなみに、久恵さんの監視の目は一段と厳しくなり、もう女将には会いにいけなくなってしまったとのこと。「私も、妻が近くにいなくてさみしかったんですよね」と忠彦さん。収まるところに収まったようです。

とはいえ、忠彦さんの「妻の監視の目が厳しすぎる……」というぼやきは、この先も続きそうですが――。

(物語は2023年8月1日現在の情報と税理士の実際の体験に基づいた創作です)

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