事例紹介

50代男性Aさん(会社員)の場合
・東京都在住 家は一戸建て(30年ローン) 年収800万円 
・山形県在住の両親とは長年離れて暮らしている
・最近、先月亡くなったAさんの父が知人の3000万円の借金の連帯保証人になっていることを知り、動揺している。

Aさんは相続放棄を考えているが、以下の行為が単純承認とみなされないか心配で弁護士のもとに相談に訪れました。

①Aさんの父の預金口座の残高は1500万円でしたが、Aさんの父の死亡後、Aさんは90万円を引き出して葬儀費用に使ってしまいました。
②Aさんの父の生命保険金500万円の受取人はAさんになっていたので受け取りました。
③Aさんの父は死亡直前に1週間入院していたが、入院費用がまだ病院に支払われていなかったので、Aさんは未払いであった父の入院費用を自分の財産から支払いました。
④Aさんの父が契約していたがん保険の解約返戻金10万円があるとの通知が保険会社から送られてきたので、解約返戻金を受け取る手続きをしたい。

単純承認とは マイナスの財産も引き継ぐ

単純承認とは、相続人が被相続人のプラスの財産だけでなくマイナスの財産も全て引き継ぐことをいいます。

反対に相続放棄は、被相続人のプラスの財産もマイナスの財産も全ての財産の承継を拒否することをいいます。被相続人のマイナスの財産がプラスの財産を上回っていることが明らかな場合は、相続放棄を選択しておくと安心です。

また、限定承認は、相続人が相続によって得たプラスの財産の範囲内でのみ被相続人のマイナスの財産の支払うことを条件に財産を承継することをいいます。   

一見すると、限定承認が一番安全に相続財産を承継できる制度に思われますが、限定承認の手続きはとても複雑で時間もかかりますので、ほとんど利用されていません。

必要な手続 3カ月以内に選択

相続が発生した場合、相続人は相続の開始及び自己が相続人であることを知ってから3カ月以内に単純承認・相続放棄・限定承認の中からどれを選択しなければなりません(熟慮期間)。

この熟慮期間の間に相続放棄または限定承認がされなかった場合は、単純承認したものとみなされます。よって、単純承認するために必要な手続きは特にありません。
むしろ、相続放棄や限定承認をしたいと考えている場合は、単純承認とみなされないよう注意する必要があります。

単純承認とみなされてしまう場合

Aさんの場合、Aさんの父が亡くなった後に1000万円の債務があることが判明してから相続放棄を考えるようになりました。
しかし、Aさんが相続放棄をしたいと考えている場合であっても、Aさんの父の財産をAさんが処分してしまうと単純承認したとみなされるため相続放棄ができず、Aさんは債務を承継しなければならなくなります(民法921条1項)。
では、①~④の行為は、Aさんの父の財産を処分したことに該当するでしょうか。

①葬儀費用90万円をAさんの父の預金口座から引き出した行為
相続財産から葬儀費用を支出した行為は、社会的にみて不相当に高額のものといえない場合であれば、Aさんの父の財産を処分したことに該当しません。被相続人の預金を引出して葬儀費用に使った場合、常にAさんの父の財産を処分したことに該当するわけではないことに注意しましょう。
本件の場合は、Aさんの父の預金口座から葬儀費用として90万円程度を引き出しただけなので、通常の葬儀費用の範囲内と判断される可能性が高いでしょう。

②Aさんを受取人とする生命保険金をAさんが受け取る行為
Aさんを受取人とする生命保険金は、相続財産ではなくAさん固有の財産となります。よって、Aさんが生命保険金を受け取ってもAさんの父の財産を処分したことにはなりません。
生命保険金については、受取人固有の財産とすることで判例が確立しているので、相続放棄をする場合であっても受け取って問題ありません。

③未払いの入院費用をAさんが自分の財産で支払った行為
未払いの入院費用をAさんの父の財産から支払った場合は、相続財産を処分したことに該当するおそれがあります。
もっとも、Aさんが自分の財産からAさんの父の未払いの入院費用を支払ったのであれば、Aさんの父の財産を処分したことにはならないと判断される可能性の方が高いでしょう。

④Aさんの父を受取人とする解約返戻金をAさんが受け取る行為
受取人名義がAさんの父名義の解約返戻金は、Aさんの父の財産となります。Aさんが受け取ると、相続財産を処分したと判断されるおそれがありますので、受け取らない方が良いでしょう。
なお、基本的に相続財産か相続人固有の財産かは受取人の名義で判断できる場合も多いですが、未支給年金の場合は、被相続人が受給者であっても相続財産には当たらないなど例外的なものもありますので、受け取ってよいお金か判断に迷う場合は専門家に相談しましょう。

相続放棄をする場合は相続財産には触らないことが重要

このように些細なことでも単純承認したとみなされ相続放棄できなくなる可能性があり、相続財産を処分したことに該当するか判例が確立していないものもあります。
よって、相続放棄をしたい場合は、原則として被相続人の財産には何も触らない、ということが重要です。
中には、債権者の言うままに被相続人の財産の処分に協力したことが原因で、単純承認したとみなされて何億円という借金を相続しなればならなくなった悲劇的なケースも現実にあります。
よって、相続放棄する場合は、相続財産を処分したことが原因で単純承認したとみなされないよう、不安があれば弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。

(記事は2020年10月1日時点の情報に基づいています)