目次

  1. 1. 入院費を支払ってしまった……相続放棄できない?
    1. 1-1. 遺産から支払うと相続放棄できない
    2. 1-2. 自分のお金で支払えば相続放棄が可能
    3. 1-3. 相続放棄の受理後に入院費を払った場合
  2. 2. 法定単純承認とは
    1. 2-1. 法定単純承認にあたると考えられる行為
  3. 3. 葬儀費用についての参考判例の紹介
    1. 3-1. 東京控判昭和11年9月21日
    2. 3-2. 大阪高決平成14年7月3日
    3. 3-3. 裁判例の傾向
  4. 4. 相続放棄しても入院費を払わなければならない場合
    1. 4-1. 保証人になっている
    2. 4-2. 配偶者の場合
  5. 5. 病院から入院費を請求されたときの対処方法
    1. 5-1. 拒否する
    2. 5-2. 自分の財産から支払う
  6. 6. 病院から入院費を請求されたら専門家に相談を
    1. 6-1. 法定単純承認にならないためのアドバイスをしてもらえる
    2. 6-2. 病院との交渉や相続放棄の手続きを任せられる
  7. 7. まとめ

被相続人が亡くなった後に、入院費や公共料金の請求書がくることがあります。この場合、どのように支払ったかによって相続放棄の可否が分かれます。

被相続人が生前、入院していた場合、相続人が病院から被相続人の入院費を請求されることがあります。なお、入院中に死亡して退院することを「死亡退院」と言います。

このように死亡退院となり、後日入院費の請求がされたときに、相続人が被相続人の預金を解約して被相続人の入院費の支払いに充てると、相続放棄ができなくなる可能性があります。これは、被相続人の預金を解約して支払いに充てたことで、相続財産を処分したことになり、法律上相続を単純承認したものとみなされるためです。

一方で、同じように入院費を病院から請求されて支払ったケースでも、相続人が自分の預金口座からお金を下ろして支払いに充てた場合は相続放棄をすることができます。これは上記のケースと異なり、被相続人の預金を解約するなどの財産処分を行っていないためです。

相続放棄を家庭裁判所に申述し、受理された場合であっても、その後に被相続人の預金を解約し入院費用を支払った場合は、やはり相続を単純承認したものと法律上みなされてしまいます。

被相続人が亡くなると相続人は、単純承認、相続放棄、限定承認のいずれかの相続方法を選びます。単純承認は、プラスの財産もマイナスの財産もすべて相続することです。法定単純承認とは、法律で規定された一定の行為をすると、相続を単純承認したものとみなされるという制度で、相続放棄ができなくなります。

例えば、相続人が相続財産を処分した場合などは、相続を単純承認したものとみなされます。これにより、相続財産中の不動産など高額な遺産を処分しておいて、借金については相続放棄をする、という行為は許されなくなります。

【法定単純承認にあたる可能性のある例】

  • 相続財産の使い込みや譲渡
  • 預貯金の払い戻しや解約
  • 遺品の持ち帰り(経済的価値がある場合)
  • 遺産分割協議に参加した
  • 遺産を譲渡した
  • 不動産、車、携帯電話などの名義変更をした
  • 遺産を担保権に設定した
  • 実家の改築、リフォームなど相続財産を改修した
  • 亡くなった方の株式の議決権行使
  • 亡くなった方宛ての請求書を支払った

など

なお、相続放棄の期間制限である、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月を過ぎてしまったときも、法定単純承認にあたるとされています。

葬儀費用に関するケースでは、相続財産から支払いに充てたとしても法定単純承認にあたらないとした裁判例もあります。

「遺族として当然営まざるべからざる葬式費用に相続財産を支出するが如きは道義上必然の所為にして」法定単純承認には該当しないと判示しています。
ただし、「当然営まなければならない葬式費用」の範囲は不明確です。

「被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。」としており、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」にはあたらないと判示しています。

裁判例の傾向としては、葬儀費用については一定程度、被相続人の財産から支払いに充てたとしても法定単純承認にはあたらないとしています。

では、どの程度の葬儀費用であれば法定単純承認とならず、支払いに充てたとしても相続放棄が許されるのか。それは、被相続人の社会的地位や職業、人間関係などを考慮した上で、適切な規模のものであれば許されるということです。

もし、どうしても相続財産から葬儀費用を支払いたい場合、何にいくら支払ったのかを細かくメモに残し、領収書を保管しておくことが大切です。

一方で相続放棄をした場合でも被相続人の入院費(死亡退院の費用)の支払いをしなくてはいけないケースもあります。

相続人が被相続人の入院費について保証人となっていた場合、相続とは関係なく保証人としての保証債務の支払義務を負っています。
そのため、相続放棄をしたとしても入院費を支払わなければなりません。

民法761条には、「夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。」という規定があります。

これは、例えば日用品や食費の購入など、日常で必要となる費用については、夫婦の一方が負担した場合は、他方も連帯債務を負うとするものです。
夫婦生活で必要な費用は、どちらの名義で契約しているかにかかわらず、他方も支払ってくれるものとして取引することが通常であると考えられるためです。
そのため、入院費についても、通常は日常の家事に関する法律行為に該当するものといえるでしょう。

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では、死亡退院となり、後日入院費の請求がされた場合、どのように対処すべきでしょうか。

相続人が相続放棄を検討しているのであれば、病院からの入院費の支払いは拒否することをおすすめします。

また、相続放棄をしない場合、遺産から入院費を支払うことも考えられますが、相続人のうち1人が勝手に遺産から入院費を支払うことは紛争の原因となるため、他の相続人の同意を得た上での対処が必要となります。この場合、同意をした相続人は、「遺産から入院費を支払うことに同意して相続財産を処分した」として、単純承認したものとみなされ相続放棄できなくなる可能性があります。

相続放棄を行いたい場合、遺産から入院費を支払うことはできないため、自分の財産から支払うことになります。

ただ、被相続人の生前の入院費は、本来は相続人の債務として、相続人が法定相続分で相続して負担すべきものであるため、わざわざ自分1人が全額負担する必要はありません。まずは、他の相続人と話し合いをすることをおすすめします。

弁護士に相続事件の解決を依頼すると、財産調査をしてもらえます。

財産調査により負債の方が多いのか、資産の方が多いのかが判明し、相続放棄をすべきケースであるか否かがわかります。
その上で、相続放棄をすべきケースである場合に、入院費の支払いをどうしたらよいのか相談ができます。

弁護士に事件解決を依頼すると、入院費の請求が来ても「弁護士を通してください」と、自分で対応する必要がなくなります。また、上記のとおり、弁護士は財産調査も行うので、負債の方が多いことが判明し相続放棄をするべきである場合は、そのまま相続放棄の手続きまで依頼できます。

相続が発生した場合、相続放棄をするか否かを考える期間は3カ月ありますが、その間に入院費用を請求されたとしても、安易に相続財産から支払ってはなりません。葬儀費用は相続財産から支払ったとしても相続放棄ができる余地がありますが、被相続人に多額の借金がある場合は、やはり相続財産から出費をするのは避けた方がよいでしょう。これは公共料金や税金も同様です。

なお、被相続人には借金が無いと思い、相続財産から出費をしたものの、その後になって債権者から請求が来て初めて多額の借金があることが判明したというケースもあります。
そのため、弁護士に依頼をして、きちんと財産調査をしておくことが一番確実であるといえます。

(記事は2023年2月1日時点の情報に基づいています)