目次

  1. 1. 認知症とは
  2. 2. 親の認知症を放置することのリスク
  3. 3. 「親が認知症かな?」と思ったらすべきこと
  4. 4. 財産管理や相続対策の具体例
    1. 4-1. 委任契約
    2. 4-2. 生前贈与
    3. 4-3. 遺言
    4. 4-4. 成年後見(法定後見)
    5. 4-5. 任意後見制度
    6. 4-6. 家族信託
  5. 5. まとめ

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認知症は、脳の病気や障害などさまざまな原因により、認知機能が低下し、日常生活全般に支障が出てくる状態を言います(厚生労働省HP『みんなのメンタルヘルス』より)。

日本では高齢化の進展とともに、認知症の人も年々増加しています。2025年には日本の高齢者の約20%にあたる約700万人が認知症になると予測されています。また、認知症の前段階と考えられている軽度認知障害(MCI)の高齢者も15~25%と推定されています。つまり、認知症は非常に身近な病気なのです。

親の認知症が進むなかでのリスクには下記のようなものが挙げられます。

  • 道に迷い自宅に戻れなくなる
  • 徘徊して事件や事故に巻き込まれる
  • 好きなものばかりを食べ続ける
  • 無気力になって動かなくなる
  • 持病の薬を飲み忘れる
  • 財布をなくしてしまう
  • 不要なものをたくさん買ってしまう
  • 不当な契約や振り込め詐欺の被害にあってしまう
  • 銀行窓口で預金の払い戻しや振り込みをすることができなる

「最近、物をなくすことが多くなったな……」とか「何度も同じことを聞いてくるな……」と感じても、歳相応の物忘れと判断して、すぐに医療機関を受診させるなどの行動に移すことはなかなかないかもしれません。

しかし、認知症だった場合、放置して症状が進んでしまうと、日常生活においてさまざまなリスクを抱えることになってしまいます。道に迷い自宅に戻れなくなったり、徘徊して事件や事故に巻き込まれてしまったりと、生命に直接関わる危険もあります。また、好きなものばかりを食べ続ける、無気力になって動かなくなる、持病の薬を飲み忘れるなど健康管理ができなくなり、認知症以外の病気を発症させたり悪化させたりすることも考えられます。

認知症と言うと、上記のような生命や健康に関わるリスクがまず思い浮かびますが、これとは別に財産管理におけるリスクについても考えておかなければなりません。財布をなくしてしまう、不要なものをたくさん買ってしまう、不当な契約や振り込め詐欺の被害にあってしまうなど、財産を失う危険性が高まります。認知症が進行すると、クレジットカードを使って不要なものを買ってしまうおそれもあります。本人の財産を守るため、クレジットカードの解約も検討すべきでしょう。

また、認知症が進行して自分の意思を表示できなくなると銀行窓口で預金の払い戻しや振り込みをすることができなくなります。介護施設へ入所する資金を捻出するために親が所有する不動産を売却しようと思っても、本人が売却の意思を表示できなければ売買契約を結ぶこともできません。つまり、親の財産が凍結してしまうリスクもあるのです。

まずは医療機関を受診することが第一です。進行の程度を知ることができますし、投薬治療などで進行を遅らせることもできます。

診断を受けたら本人も含めて家族全員で認知症への理解を深めていきましょう。病気と向き合い家族全員で話し合うことで、今後の生活に対する備えをすることができます。介護保険サービスの利用について地域包括センターに相談するなど生活環境を整え、今後想定される生活上の支障を減らしていくことが必要です。

また、進行の度合いに応じて適切な財産管理や相続に関する対策を講じていくことも非常に大切です。これらの対策においては、何よりも本人の意思能力が重要です。意思能力とは、自分の行為の結果を判断することができる能力のことを言い、意思能力のない人が行った法律行為は無効になります。

たとえば、認知症が進行して意思能力がなくなってしまうと遺言を書くことはできません。誰かの指示のもとで本人が書いたとしても、その遺言の趣旨や内容を本人が理解していなければその遺言は無効になります。つまり、認知症が進行して本人の判断能力が低下すれば低下するほど、対策の選択肢が限定的になったり、対策自体が無効になったりするリスクがあるのです。

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認知症を発症する前はもちろんのこと、発症後であっても軽度で判断能力が残っているのであれば財産管理や相続について対策を行うことが可能です。対策としてどのような方法があるのでしょうか。ある家族を例に具体的に考えてみましょう。

・ある家庭の例
Aさん(80歳男性)は、東京郊外に妻Bさん(75歳)と2人で暮らしています。自宅とは別に賃貸アパートを所有しており、年金と家賃収入で生計を立てています。

最近、物忘れが多くなってきたこともあり、賃貸アパートの管理について不安を感じています。安定した家賃収入があるのですぐに手離したくはないものの、認知症になってしまったら売ることもできなくなるかもと悩んでいます。夫婦には、長男Cさん(50歳)と長女Dさん(47歳)がいます。

上記のように認知症の発症が懸念される場合には、主に下記の6つのような対策が考えられます。

  • 委任契約
  • 生前贈与
  • 遺言
  • 成年後見(法定後見)
  • 任意後見制度
  • 家族信託

委任契約は簡単に言えば「委任状を書くこと」です。たとえば、父Aさんが息子Cさんに対して「アパートの家賃を受領する権限を委任します」とか「アパートについて売買契約を締結する権限を委任します」という委任状を書けば、CさんがAさんの代理人として借主に対して家賃を請求することができますし、買主を探して売買契約を結ぶこともできます。このように必要に応じてその都度委任状を書くことで財産の管理や処分を他人に任せることができます。

ただし、認知症で判断能力が低下してしまうと委任契約を結ぶことができなくなります。委任状に署名できたとしても、Aさんが委任する内容を理解していなければ委任契約自体が無効になってしまうので、CさんがAさんに代わって行った行為も無効になってしまうのです。つまり、委任契約は十分な判断能力があることを前提としているので、認知症を発症したあとの対策としては適切ではありません。

無償で財産を譲ることを贈与と言います。父Aさんの判断能力がしっかりしているうちにアパートを息子Cさんに対して贈与すれば、そのアパートはCさんの財産になるので、Aさんが管理する必要もなくなります。売却するときもCさんが自分の判断で行うことができるのでAさんが関わることはありません。アパートの管理をAさんが行う必要がなくなるので、その点だけ見れば認知症対策になると言えるでしょう。

ただし、所有者が完全にCさんになってしまうので、家賃収入もCさんのものになりますし、Cさんが勝手に売却してそのお金を使い込んでしまうかもしれません。また、Aさんが亡くなったときにアパートは相続財産にならないので、BさんやDさんは不満に思うかもしれません。

さらに、贈与を行うと財産を受け取った人に対して贈与税という税金が課されます。贈与税は税率が非常に高いため不動産などの大きな財産を贈与するとかなり高額な税金を納める必要があることにも注意しなければなりません。

遺言とは、自分の財産について死後誰に何を引き継ぐのか最終の意思表示をすることです。認知症が軽度で意思能力が残っている段階であれば、遺言書を作成することができます。遺産の分け方をあらかじめ決めておくことで、相続トラブルの予防につながります。相続発生後に遺言能力(意思能力)の有無が問題になるリスクを減らすため、自筆証書遺言よりも公証役場の公証人が作成する公正証書遺言のほうが良いでしょう。

たとえば、Aさんが「アパートはCに相続させます」という遺言を書くと、Aさんが亡くなったときにアパートはCさんへ引き継がれます。遺言はあくまでも亡くなったあとの財産の行き先を決めるだけなので、亡くなるまでアパートの管理はAさんが行う必要があります。

前述したとおり認知症で判断能力が著しく低下してしまうと、遺言をすることができなくなるので、遺言が認知症対策にならないとは言えませんが、財産管理という側面から見ると対策としては不十分です。

【関連】公正証書遺言とは? 作成の手順、費用、メリットを解説

成年後見とは、認知症などで判断能力が衰えた人を保護するために裁判所が財産管理などを代わって行う後見人を選任する制度です。

父Aさんが認知症となり判断能力が低下したら、家族が裁判所に対して申立てを行います。息子Cさんが後見人に選任されれば、CさんはAさんに代わってアパートを管理したり、必要に応じて処分したりすることもできます。認知症対策としては最も代表的な手段ですが、実際に判断能力が低下したあとでしか申立てを行うことができないので、事後的な対策となってしまいます。

また、必ずしも後見人としてCさんが選任されるとは限らないということにも注意が必要です。誰を後見人にするかを最終的に決定するのは裁判所です。Cさんが後見人になることに妹Dさんが反対していたり、Cさんに浪費癖があるなど後見人として不適格だと裁判所が判断したりした場合には、弁護士や司法書士などの専門職が後見人に選任されることになります。

成年後見においてはAさんの財産を守ることが最も重視されますので、自宅などを担保に借り入れをしてアパートを建て替えるなど積極的な運用は認められないことも理解しておく必要があります。

【関連】成年後見制度とは 対象となる人や利用する手続きの流れなどを解説

任意後見は本人の判断能力が低下する前に、あらかじめ自分の財産管理や処分を任せたい人と任意後見契約を締結しておく制度です。

本人が元気なうちに本人の意思に基づいて契約を締結するので、誰を自分の後見人にするかの決定権は本人にあります。この点が成年後見と大きく異なります。たとえばAさんが元気なうちにCさんと任意後見契約を締結し、契約の内容としてアパートの管理や処分を行う権限を定めておきます。

そしてAさんの判断能力が低下したときには、この任意後見契約の効力が発動され、CさんはAさんの任意後見人として財産の管理や処分を行えるようになります。財産管理の方法も契約で定めるので、成年後見よりも柔軟な運用や処分を行うことが可能になります。

家族信託とは、財産の所有者(委託者)が信頼する家族を受託者として信託契約を締結し、受託者となった家族が代わりにその財産の管理や処分を行う仕組みです。

アパートについて父Aさんと息子Cさんが信託契約を締結すると、アパートの名義は受託者であるCさんに変わります。Cさんは受託者として自らアパートの管理を行いますが、そこから生じる収益(家賃)はAさんの生活のために使う義務を負います。契約で定めておけばCさんがアパートを売却することも可能ですが、売却代金はAさんの生活のために管理運用する義務を負うことになります。

また、Aさんが亡くなったあとアパートを誰が引き継ぐかについても契約で決めることができます。認知症対策として非常に有効ですが、複雑な契約の内容をAさんがしっかりと理解することが必要になるため、発症後の対策としてはハードルが高いかもしれません。

認知症は非常に身近な病気です。認知症になってしまってから慌てて対策を講じようとしても、進行の度合いによっては選択肢が非常に限られてしまいます。認知症について理解を深め、少しでも早く対策しておくことが非常に大切です。財産管理や相続における認知症対策について不安や疑問がある場合は、司法書士や弁護士などの専門家に一度相談してみることをお勧めします。

(記事は2023年3月1日時点の情報に基づいています)

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