目次

  1. 1. 家族信託は家族間で財産を適切に管理する手法
  2. 2. 家族信託の利用が多いケース5つ
    1. 2-1. 親の疾病が不安な人
    2. 2-2. 家族信託で次の世代の相続も考えている人
    3. 2-3. 家族信託で不動産のトラブルを避けたい人
    4. 2-4. 遺言以外の相続方法を探している人
    5. 2-5. 家族信託を万が一の時の生活費にあてたい人
  3. 3. 家族信託の利用にはリスクもある
    1. 3-1. 家族信託は節税対策には向いていない
    2. 3-2. 家族信託は受託者が決まりにくい
    3. 3-3. 家族信託が適用できない場合がある
  4. 4. 家族信託は遺留分侵害額請求を求められる可能性がある

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自由な財産管理手段として話題の家族信託ですが、仕組みをしっかりと理解しておかなければスムーズに手続きを進めることは難しいでしょう。ここでは、家族信託の仕組みを簡単に説明していきます。

家族信託は、家族の財産を家族間で適切に管理していくための手法です。さまざまなシーンで柔軟に活用できるため、年々注目が集まっています。
最初に家族信託の基本的な人物構成を説明しましょう。

  • 財産を任せる人(委託者)
  • 財産を任せられ、その管理や運用をおこなう人(受託者)
  • 財産の管理、運用から発生するお金をもらう人(受益者)

仕組み自体は単純です。家族の中から委託者と受託者を選び、双方の間で信託契約を結んだうえで、誰を受益者にするか、どのように財産を管理・運用していくかなどを家族間で話し合って決めていきます。契約の具体的な内容が確定したら、契約書を作成します。

また家族信託では、委託者の財産の名義を、委託者から受託者へ変更しなければなりません。変更の方法は信託する財産の種類によって異なります。不動産を信託するなら、信託の登記申請が、金銭を信託するなら受託者名義の信託口口座の開設が、それぞれ必要です。

家族信託の手続きは一貫して複雑なため、自力でスムーズにこなすのは難しいかもしれません。できる限り司法書士や弁護士に事前相談することをおすすめします。

ここからは、家族信託の利用に適した5つのケースを紹介します。

家族信託は、認知症の備えとしても役立ちます。認知症などで判断能力が低下した人は、契約手続きができなくなります。そのため、認知症になった人の自宅を売却する必要性が生じたときに「売りたいのに、本人が認知症だから売買契約が締結できない」という困った事態になりがちです。

また認知症になった人は、自分の銀行口座からお金をおろせません。息子や娘が代理人として銀行口座からお金をおろすこともできません。介護保険の解約、契約などの手続きも一通りできなくなります。認知症になった人は、さまざまな場面での契約行為に制限を課されてしまうのです。
そのため、認知症になってからでは財産管理の対策はほとんどできません。だからこそ、認知症になる前に家族信託で備えておくことが重要なのです。
認知症などによる判断能力の低下に備えた家族信託のことを「後見代用信託」といいます。
親の認知症対策を例にしてみましょう。例えば、親は自分が認知症になったら、親名義の不動産を売却し、その資金で施設に入所しようと考えています。その希望を叶えるため、親を委託者兼受益者、子どもを受託者として不動産を信託しておきます。信託以降は、子どもが不動産を維持、管理していきますが、信託した不動産から生じる利益(第三者に貸している場合の賃料など)は受益者である親のものです。

そして親が認知症になったら、親の希望通り不動産を売却します。不動産が親名義のままだったとしたら、売却は困難だったでしょう。しかし、不動産の名義は信託によって子どもにうつっています。そのため、受託者である子どもだけで売買契約を締結し、売却金を親の施設費用に充てることができるのです。

親が亡くなったあとの遺産はどうなるのでしょうか。実は、亡くなった後のことも、信託契約に定めておくことができます。「亡くなった後は不動産を子どもに相続させる」でも良いですし「亡くなった後は、委託者の配偶者を受益者として、不動産の運用から発生するお金を受け取らせる」としておくのも良いでしょう。自分が死んだあとの財産管理についても、身近な信頼できる人に任せておける点で、家族信託は優れた方法であるといえます。

ただし、家族信託には成年後見制度でいう「身上監護権」がありません。「身上監護権」は、家庭裁判所に選ばれた成年後見人が、被後見人(判断能力が低下した人)の生活や療養、介護に関する法律行為を被後見人に代わっておこなうことができます。具体的には、施設への入退所の手続きや入院の手続きなどの、身のまわりの手続きを代行します。
受託者は、成年後見人と違って、契約に定めて置かない限りは身上監護権を行使できません。

家族信託は、自分が亡き後の財産承継について指定しておきたい場合にも有効です。ここでは、例を使って説明していきましょう。

〈登場人物〉
A男さん・・・委託者。両親、祖父母は既に他界。
B子さん・・・A男さんの妻。両親、祖父母は既に他界。
弟C  ・・・A男さんの弟。
義理妹D・・・B子さんの妹。A男さんとは非常に仲が悪い。

A男とB子さん夫婦に子どもはおらず、A男さんの弟Cがひとり遠方に住んでいるのみです。A男さんとB子さんはA男さんが所有する土地建物に居住しています。A男さんは自分が亡くなったら、B子さんに土地建物を相続させるつもりです。

A男さんの相続人は、法律上、妻のB子さんと弟Cなので、なにも準備せずにいると土地建物はB子さんと弟Cの共有になってしまいます。もし共有になったとしても、B子さんと弟Cの間で遺産を分割する話し合い「遺産分割協議」をおこない、土地と建物をB子さんの単独所有にすることは可能です。

しかし、もっとシンプルな方法があります。それが「遺言」です。B子さんに土地と建物を相続させたいなら、その旨の遺言書をA男さんが作成しておけばいいのです。そうしておけば、A男さんの死亡により土地建物をB子さんが単独で相続できます。

遺言書を作成する時、A男さんは考えました。「B子さんが土地建物を相続するのはいいが、その後B子さんが亡くなったら、土地建物はどうなるのだろうか」。B子さんが亡くなると土地建物はB子さんの相続人に相続されます。B子さんの相続人はA男さんと仲が悪い義理の妹Dのみなので、土地建物はB子さんの死亡によって妹Dのものになるでしょう。

A男さんにとって、愛着のある土地建物が仲の悪い妹Dに渡るのはなんとしても避けたい事態です。だからといって、遺言書に「土地建物はB子に相続させ、B子が亡くなったら弟Cに相続させる」と定めらることはできません。なぜなら、B子さんに相続されたあとの土地建物のゆくえを、A男さんが遺言書で決めておくことはできないからです。

しかし、家族信託ならA男さんの希望を叶えられます。方法はA男さんを委託者兼受益者、弟Cを受託者として土地建物を信託します。信託契約の中で「Aが亡くなったあとはBを受益者とし、Bが亡くなったら弟Cに受益権が移る」と決めておけば、最終的に土地建物は弟Cのものにできるのです。

家族信託なら、不動産を共有することで生じがちなトラブルも予防できます。「不動産の共有」とは、2人以上で一つの不動産を所有することです。売買で不動産を購入するケースでは、基本的には、出したお金の割合が持分の割合になります。たとえば、1000万円の土地をEさんとFさんが500万円ずつお金を出して購入した場合、EさんもFさんも2分の1ずつ持分を取得します。これが不動産の共有です。

共有によるトラブルは、主に不動産を売却するシーンで生じます。
不動産まるごとを売却するにはEさんとFさんの「売ります」という意思が合致していなければなりません。Eさんは「売ります」と言っていても、Fさんが「売りません」と言っているなら、不動産全体の売買契約は結べないのです。

たとえ2分の1だけを売り出したとしても、不動産の持分2分の1だけを買って、見ず知らずの人と共有状態になりたいという人はそうそういませんし、現実的ではありません。。従って、EさんとFさんの意思が合致しないままだと、売却の機会を逃し続けることになります。

また、共有は相続によっても発生します。親が所有していた不動産を、子どものG・H・Iが3分の1ずつ相続したような場合です。相続時にG・H・Iの仲が良かったとしても、ささいなきっかけで険悪になってしまい、土地の管理や処分についてもめてしまうかもしれません。何が起こるか予測できないからこそ、不動産の共有は最初から避けるべきといえます。

しかし、どうしても共有を避けられないケースもあるでしょう。そんなときに、将来のトラブル予防策として活用できるのが家族信託です。
3人が3分の1ずつ土地を共有している例を使って説明しましょう。まずは、HとIを委託者兼受益者、Gを受託者として、HとIの共有持分をGに信託します。土地の名義はGの単独所有になり、Gは契約に定めた範囲内で、自由に土地を管理、処分できるようになります。

たとえば、信託財産である土地を第三者に賃貸するとしましょう。このとき、第三者である借主(かりぬし)と賃貸借契約を結んだり、各種手続きをおこなったりはG一人でできるので、非常にシンプルです。GがHとIの分の賃料を受け取り、受益者であるHとIに配分すると定めておけば、お金の面で諍いが生じることもないでしょう。信託した土地の売却時も同様です。売却行為はGが一人でおこない、売却金は持分で分配すると信託契約に定めておけば、スマートな売却が実現できます。

遺言をためらう理由の一つに、厳格な手続きがあります。手軽に思える遺言ですが、実は、法律で定められたルールを守って作成しなければ無効になるデメリットがあります。

その点、家族信託なら遺言のような厳格なルールはありません。ただし委託者と受託者の二者が関わらなければならないので手間は増えますが、遺言では不可能とされることを実現できる点で大きなメリットがあります。遺言では解決できない財産承継の悩みを抱えているなら、家族信託を検討してはいかがでしょうか。

なお、家族信託を遺言によっておこなうことも可能です。その場合は、受託者や受益者、信託の内容を遺言書に記載しておく必要があります。しかし遺言による信託であっても、受託者の意思も尊重されます。委託者が亡くなってから、受託者が信託を拒否することもできるのです。一方で、ルールから外れた遺言書は、信託契約を定めていても、遺言書自体が無効になってしまうリスクもあります。

家族信託には倒産隔離機能が備わっています。倒産隔離機能について、具体例を挙げて説明しましょう。

〈登場人物〉
Aさん・・・委託者兼受益者。息子であるB男に土地を信託する。
B男 ・・・受託者。Aさんの息子。

Aさんが自分を委託者兼受益者、息子のB男を受託者と定めて土地を信託しました。しかし、信託契約後、B男は思いがけず借金を重ねてしまいます。借金は膨らみつづけ、B男はとうとう自己破産してしまいました。自己破産すると、一定額以上のB男名義の財産は、裁判所に没収されてしまいます。

ここで問題になるのが、Aさんが信託した土地の存在です。信託によって土地はB男の名義になっているため、外形上は、B男の財産にみえます。では、信託した土地はB男の財産として没収されてしまうのか?というと、そんなことはありません。
なぜなら、信託した財産は、受託者個人の財産とは区別されるからです。受託者が自己破産しても信託財産は影響を受けず、裁判所から没収されることはありません。これを「信託の倒産隔離機能」といいます。

信託の倒産隔離機能は、万が一のときの生活費を確保しておく手段としても利用できます。それが「自己信託」という方法です。たとえばAさんが、自分を委託者兼受託者兼受益者としてお金を信託します。委託者が受託者を兼ねるのは不思議に思えるかもしれませんが、問題はありません。

このとき、信託したお金は「受託者としてのAさん」の信託口座に入金され、Aさんの他の財産とは区別されます。こうしておくと、将来的にAさんが自己破産したとしても、信託口座のお金が没収されることを防げます。信託口座のお金は、Aさんの個人財産とは区別されるからです。

自己信託は、事業者が倒産後の生活費を確保する手段として利用される傾向にあります。しかし、事業者が財産をあえて隠すために自己信託した場合、倒産隔離機能は認められません。

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良いことばかりに見える家族信託ですが、リスクもあります。ここからは、家族信託のリスクについて説明していきましょう。

家族信託による節税効果は、正直にいうとそれほど期待できません。
例を挙げると、Aさんが息子Bさんを受託者として土地を信託し、受益者を姪のCさんと決めたとします。Cさんは土地の運用で生じるお金を受け取る権利を与えられますが、同時に、「税金」の負担も背負わなければなりません。
なぜならAさんからCさんへの「受益権の贈与」とみなされ、贈与税が課されるからです。

受益権を相続で取得した場合は、相続税がかかります。さらに家族信託では「信託計算書」などの書類を作成して税務署に提出するという税務申告の手間もかかります。

単純に節税だけを目的とするなら、家族信託よりも有効な制度は他にもあるので、税理士に相談してみましょう。手間をかけてまで家族信託をおこなう必要があるのか、事前に検討しておきしょう。

家族信託で揉めやすいのが、「受託者を誰にするか」です。
委託者からすれば、受託者は自分の大事な財産を信頼して託す人なので、家族のなかでもとりわけ信用のおける人を選ばなくてはいけません。

しかし受託者自身が「受託者になりたくない」と拒絶することもあります。信託契約の内容によっては、受託者は長期間にわたって契約に拘束されるからです。

信託の仕組みは理解していても、大事な財産の名義が受託者に移る事実に委託者がどうしても抵抗を感じてしまい、家族信託の手続きが前に進まないケースもあります。
さらには、信頼して選んだ受託者による財産管理が適当だったことが後から発覚すると、他の家族から不満が生じて家族間の争いに発展しかねません。家族の合意をできる限りとりつけながら、契約内容や受託者を決定するのが、家族信託によるトラブルを予防するためのポイントです。

柔軟な財産管理を可能にする家族信託ですが、万能ではなく、「成年後見制度」や「遺言」にしかできないこともあります。

たとえば、家族信託の効力が及ぶのは、信託した財産だけです。土地、建物、預金のうち土地についてだけ家族信託したとすると、委託者が亡き後に、土地の管理処分については委託者の意思が反映されるでしょう。最終的に誰に相続、承継させたいかという希望を叶えることもできます。

しかし、信託されていなかった建物や預金は通常通りに相続されます。すると、相続人同士の話し合いによっては、委託者が相続させたくない人に建物や預金が渡ってしまうかもしれません。このような場合に備えるなら、家族信託する信託財産に建物や預金も含めておくか、遺言書で建物や預金について指定しておく必要があります。

また、家族信託ではできないことが、成年後見制度なら可能になるケースもあります。一つ例を挙げると、上で説明した「身上監護権」は、基本的に家族信託の受託者には認められていません。信託は、あくまでも財産の管理、処分を目的としており、委託者の療養や介護は契約に含まれない限りノータッチになってしまうからです。

家族信託の終わらせ方によっては、遺留分侵害の問題が発生するかもしれません。ここでも、例を使って説明します。

〈登場人物〉
Aさん・・・委託者兼受益者。最終的には土地をDさんに渡したい。
Bさん・・・Aさんの妻
Cさん・・・AさんとBさんの息子
Dさん・・・Aさんの姪

Aさんを委託者兼受益者、姪であるDさんを受託者としてAさん所有の土地を信託しました。信託契約のなかでは「Aさんが亡くなったらDさんに受益権を相続させる」と定めています。この家族信託によって「Dさんに土地を渡したい」というAさんの最終的な希望は叶うでしょう。

しかしもう少し視野を広げてみると、問題の芽があることに気付きます。それは、Aさんの妻Bさんや、Aさんの息子Cさんの存在です。実は、妻Bさんと息子Dさんには、Aさんの財産を一定額以上を相続できる権利が法律上認められています。その一定額を「遺留分」といいます。今回のケースで、もし、Aさんの相続財産が姪Dさんに信託した土地だけだったとすると、妻Bさんと息子Cさんは何も相続できません。

このような場合には、妻Bさんと息子Cさんは、姪Dさんに対して「私たちにも少し分けてよ」と請求することができます。これが「遺留分侵害額請求」です。遺留分侵害額請求を受けた姪Dは何らかの形で、遺留分に相当する財産を妻Bさんと息子Cさんに渡さなければなりません。
ただし、家族信託による財産の移転が遺留分侵害額請求の対象になるかどうかは、意見が分かれています。なぜなら、遺留分侵害額請求権は、遺言や遺産分割協議のために、配偶者や子どもの相続分が侵害されたときに認められる権利だからです。

なにぶん、家族信託は比較的新しい財産管理処分方法なので、参考にできる判例等が限られます。そのために法曹界では「家族信託は遺言でも遺産分割協議でもないのに、遺留分侵害額請求の対象にしてもよいのか」という議論が絶えません。家族信託と遺留分侵害額請求の関係は、今後の判例などの動向を逐一チェックしながら見定めるのがよいでしょう。

(記事は2020年7月1日時点の情報に基づいています)

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