目次

  1. 1. 今回の仮定事例:兄が弟に無断で遺産分割協議書を作成
  2. 2. 相続と遺産分割
  3. 3. 遺産分割協議書の作成
  4. 4. 遺産分割協議書が偽造されたら……
  5. 5. 遺産分割協議書の作成で悩んだら弁護士に相談を

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ここでは、亡父Aの預貯金1000万円の相続に際して(母親Bは既に亡くなっているものとします。)、2人兄弟の弟Xが兄Yから「500万円ずつに分けるから印鑑証明書と実印を持ってきてほしい」と言われ、印鑑証明書・実印を預けたところ、兄Yが「Xは相続分を放棄する」という内容の遺産分割協議書を無断で作成し、口座を解約して預貯金1000万円を受領したというケースを想定して解説していきます。

■相続の開始
父Aの死亡により相続が開始し、Aが遺言者を作成していた場合、基本的に遺言書に基づいて具体的な相続分が確定されます。その場合、遺産分割協議は不要です。

一方、亡父Aの遺言書がない場合には、X・Yは民法に基づいて父の遺産を2分の1ずつ相続します。2分の1ずつといっても共有状態(遺産共有)になりますから、個々の財産についてどれをX・Yのものにするのかを確定する必要があります。これが遺産分割(民法909条)です。

■遺産分割協議 話し合いは口頭でも書面でも
遺産分割協議は、口頭や書面などで話し合い(協議)することで行います(民法907条1項)。相続人の1人が認知症などで協議に参加できない場合でも、遺産分割という手続きを経る必要がありますので、後見開始の審判(民法7条以下、家事事件手続法117条以下)を申し立て、選任された成年後見人と協議をします。

■遺産分割協議書とは
遺産分割協議が話し合いにより円満にまとまった場合、その内容で遺産分割協議書を作成します。遺産分割協議は口頭でも成立しますが、金融機関は一定の形式を備えた遺産分割協議書がないと被相続人Aの預貯金口座を解約させてくれません。いずれにせよ、後の紛争予防を考えると、遺産分割協議書の作成は必須と言えるでしょう。

■遺産分割協議書の作成方法・必要書類
遺産分割協議書の書式に法律上の決まりはありませんが、金融機関等に受理してもらうためには、最低限、以下の内容を記載する必要があります。

  • 当事者(被相続人、相続人)の表示
  • 相続財産の表示(財産目録等)
  • 分割内容の表示
  • 相続人全員による署名押印(記名押印も可。実印による押印が必要)

さらに、以下の添付書類が最低限必要となります。

  • 被相続人が生まれてから死亡するまでの全ての戸籍謄本
  • 相続人の戸籍謄本・住民票(又は戸籍の附票)
  • ※上記は法定相続情報一覧図でも可
  • 印鑑証明書

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■遺産分割協議書が偽造されるケース
親族とはいえ、安易に実印や印鑑証明書等を預けないためか、身内同士での争いを避けたいという心情からか、実務上、遺産分割協議書が偽造されるケースはそう多くありません。

しかし、今回のケースのように、兄弟同士という近い関係だからこそ、「まさかそんなことはしないだろう」と考えて必要書類を渡してしまったり、書類が多く、気づかないうちに遺産分割協議書に署名押印してしまったりして、虚偽の内容の遺産分割協議書が出来てしまうことがあります。

さらに、同居しているが故に勝手に必要書類を持ち出すことが可能な場合や、認知症などで意思をはっきりと示すことができない相続人がいる場合にも、偽造されることがあるようです。

私利私欲のために偽造がなされるケースもありますが、そうでない場合もあり得ます。たとえば、法定相続分に従って分割したいが、認知症で意思を示せない相続人がいるという場合、そのままでは遺産分割協議ができず、協議に先立って後見開始の審判を申し立てるのが民法上の基本的なルールになります。

しかし、この基本ルールに沿うと、費用や時間がかかります。相続税申告期限(被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月(相続税法27条))が刻一刻と迫ってくることもあり、偽造をしてしまうという場合もあるようです。

■遺産分割協議書が偽造されたら……
偽造を知った弟Xとしては、まずは兄Yが話し合いによる解決に応じるかどうかを探り、話し合いの余地がない場合には、以下の方法を検討すべきです。

  1. 証書真否確認請求訴訟(民事訴訟法134条)
  2. 遺産分割不存在確認請求訴訟
  3. 法定相続分500万円について不法行為(民法709条)に基づく損害賠償請求訴訟又は不当利得(民法704条)に基づく返還請求訴訟

なお、有効な遺産分割協議書が存在しないことを前提に、遺産分割調停や審判を家庭裁判所に申し立てることも考えられます。

しかし、本件では、兄Yが上記の形式を具備する遺産分割協議書を金融機関に提出しているはずですから、兄Yが遺産分割協議書を家庭裁判所に提出して、「弟Yとは遺産分割協議書を作成済みですから、調停・審判に応じる余地はありません」などと主張してくることも十分あり得ます。こうなると、弟Xは、家庭裁判所から調停・審判の取下げを促されることになってしまいます。

■偽造されないための工夫
上記のとおり、遺産分割協議書には少なくとも実印による押印と、印鑑証明書の添付が必要です。逆に、実印や印鑑証明書を自ら管理していれば、偽造されることは考えにくいでしょう。今回のケースでは、安易に兄Yを信じて重要な書類を預けてしまったことが原因となりました。

ただし、自分で管理しているからといって、油断は禁物です。実際にあったケースとして、相続におけるさまざまな書類に紛れた遺産分割協議書に気が付かず、内容を見ないで実印を押してしまい、それを利用されることもあります。

こうした事態を防ぐ工夫の一つとして、ほかの相続人とのやり取りをメールや書面など、客観的な記録に残る形で行うことが考えられます。記録に残っていれば、それと矛盾する内容の遺産分割協議書が作成されたとしても、後々裁判所が偽造であることを認定しやすくなります。

特に、やり取りの中で、「兄さんは〇〇と言っているけれども、私としては〇〇と考えています。」などと、自分自身の主張と相手方の主張を明白にしておけば、対立点が明らかになり、相手方にとって一方的に有利な内容の偽造書面が作られにくくなるでしょう。

また、専門家に相談することも有益です。親族関係ともなると、客観的な視点を保つことが難しくなりがちです。専門家に依頼すれば、いかなるリスクがあるのか、客観的な視点からアドバイスをもらうことができるでしょう。

■偽造しないために
自分を信頼しきって実印等を預けてくれる相続人がいる場合や、認知症の相続人がいる場合で、後見人が選任されていない時には、偽造のハードルが低くなりがちです。しかし、遺産分割協議書を偽造したり、偽造した遺産分割協議書を使って預貯金口座を解約したり、不動産所有権移転登記を申請したりすれば、以下の犯罪が成立し得ます。

  • 私文書偽造罪(刑法159条)
  • 詐欺罪(刑法246条)
  • 偽造文書行使罪(刑法161条)
  • 公正証書原本不実記載罪(刑法157条)

偽造のハードルが低くなっている場合、自らハードルを上げるための工夫が重要です。上記のように、ほかの相続人とのやり取りを記録の残る形で行ったり、専門家に相談したりするというのは、この場面でも有益です。

また、相続人となり得る親族の中に認知症の方がいることがあらかじめ判明している場合には、四親等内の親族であれば後見開始の審判の申し立てが可能ですから(民法7条)、先手を打って申し立てをしておくことも重要です。

遺産分割協議書が偽造された場合に、どのような方法で争っていくのかという選択肢は複数あります。この記事では単純なケースを紹介しましたが、そのバリエーションもさまざまです。偽造されやすいケースや、偽造に手を出してしまいそうなケースと考えられるのであれば、1人で悩まず、お早めに専門家である弁護士にご相談ください。

(記事は2022年3月1日現在の情報に基づいています)

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