いわさきちひろ作品をデジタルアーカイブに

やわらかくはかなげでありながら生命力をたたえた、いわさきちひろの絵。ちひろは1974年に亡くなりましたが、作品はいまも多くの人に愛されています。ちひろの作品約9600点のほか、世界の絵本画家の作品約1万7800点を収蔵・展示する「ちひろ美術館」(東京都練馬区と長野県北安曇郡の2カ所)を運営する公益財団法人「いわさきちひろ記念事業団」(山田洋次理事長)はいま、作品のデジタル・アーカイブ化を進めています。

デジタル・アーカイブによって生まれる高精細の複製作品を、海外での展覧会のほか、重い病気の子どもと家族を支える医療短期入所施設「もみじの家」(東京都世田谷区)をはじめとする各地の病院で常設展示し、ワークショップも開いています。コロナ禍でちひろ美術館も一時、休館を余儀なくされるなど大きな影響を受けましたが、こうした事業は継続しています。それは、遺贈寄付されたお金を通常の運営費と切り離してアーカイブ事業などに充てているからです。

寄付担当の竹迫祐子さんはこう話します。

「子どもたちやご家族もですが、多くの看護師さんが『癒される』ととても喜んでくれています。ワークショップでは子どもたちの笑顔がいっぱいです。ちひろは子どもの幸せのために絵を描き続けましたので、おかげさまで意義ある活動を続けることができています」

実は、東京のちひろ美術館の庭には、ある女性からの遺贈への感謝を忘れないようにと、一本のライラックが植えられています。
2016年、一人の女性から遺贈が寄せられました。女性は時おり来館しては、カフェでしばらく庭を眺めていました。女性にはとても大切な時間で、「慰められ、励まされた」と遺言書に記されていたそうです。病気の父親を介護するなかでのひととき。父親を看取ったあと、自身もがんのため亡くなりました。

身寄りはなく、財産を遺贈するという司法書士からの突然の連絡に、竹迫さんたちは驚くと同時に、感謝の意を伝えることのできないもどかしさを感じました。せめてもと、女性が好きだったというライラックの苗木を1本、庭に植えることにしたのです。匿名を希望していたのでプレートもありませんが、毎年5月頃になると可憐な花をつけています。

今年も花を咲かせたライラック(ちひろ美術館提供)
今年も花を咲かせたライラック(ちひろ美術館提供)

「芸術や文化は不急かもしれませんが、不要ではありません。切羽詰まるほど見失ってしまう心の何かを思い出してもらい、希望につなげていく役割があります。美術館のような非日常の場は、人が困難を乗り越え、いろいろなものを創造していくうえでとても大切だと思っています」と竹迫さんは話します。

そもそも、ちひろ美術館自体も全遺作と著作権の一部などを遺族が寄贈してくれたことによってスタートしています。遺贈寄付のおかげでいまも私たちはちひろの作品に親しめるのです。少なからぬ美術館や文学館、博物館なども同じように、「後世の人のために」という思いが原点になっていることは忘れたくないと思います。

音楽を支える「西田房子記念基金」

音楽も人々の支えが不可欠な活動です。

毎年、夏休み最後の土曜日と日曜日に、大阪府豊中市の服部緑地野外音楽堂で公益財団法人「日本センチュリー交響楽団」(同市)が開いている「星空ファミリーコンサート」。演奏会だけでなく指揮者体験やクイズコーナーなど家族でクラシック音楽を楽しめる場として1996年以来、多くの市民に親しまれています。この運営資金の一部に充てられているのが「西田房子記念基金」です。西田さんから2009年、楽団に遺贈された2億円を基金として運用しています。

「星空ファミリーコンサート」の様子(公益財団法人日本センチュリー交響楽団提供)
「星空ファミリーコンサート」の様子(公益財団法人日本センチュリー交響楽団提供)

阪神タイガースと楽団が大好きだったという西田さんは夫に先立たれ、子どももおらず、遺産を楽団と夫の母校に遺贈すると遺言を作成していました。晩年、施設暮らしをしていた西田さんのために、楽団員が施設に出向いて「六甲おろし」を演奏したこともあるそうです。楽団長の望月正樹さんは、そんな西田さんの名前を残しながら、楽団が多くの人に支えられて活動していることを知ってほしいと考えた結果の活用方法だと説明します。

また、12年に亡くなった三浦弘宇さんの遺族から寄付された15万7660円は、楽譜の購入代金として使いました。楽譜には三浦さんからの寄付で購入と明記しているのも、基金と同じ考えからです。

遺贈寄付者の名前を記した楽譜(公益財団法人日本センチュリー楽団提供)
遺贈寄付者の名前を記した楽譜(公益財団法人日本センチュリー楽団提供)

望月さんは次のように言います。

「音楽はもともとパトロンが支えていた歴史もあり、収益活動だけでは楽団はなかなか維持できません。多くの方々に支えられることで音楽活動を続け、発展させられます。私たちはもともと大阪府の楽団としてスタートした経緯もあって、社会貢献活動をすることも大切な役割と考える楽団員が多く、そこにも力を入れたい。そのためにも多くの支えを必要としていますので、寄付の『見える化』は大事なのです」

コロナ禍で楽団の経営は厳しい状況ですが、病院や特別支援学校での出張コンサートなどを続けていきたいといいます。一定額以上の寄付を受けて楽団が作品をつくって演奏し、寄付者の名前を「パトロン」として音楽史に残す活動など、寄付募集に知恵を絞っています。

(記事は2021年5月1日時点の情報に基づいています)