寄付は寄付先と「キャッチボール」を続けること

寄付とは「未来を信じる力」です。未来は不確実で、リスクだとよくいわれます。ですが、不確実性はプラスにもなるしマイナスにもなりえます。将来は決まっていません。現在の歩みで決まっていく。それが未来です。

私は投資信託会社を経営し、長期的な資産形成のお手伝いをしています。私たちの会社の存在意義は、単にお金を増やすのではなく、一人一人のみえない未来を信じる力だと思っています。次の時代を共に作っていくというスタンスです。社会が「こうなったらいい」という期待を持っているからこそ投資をするのだと考えています。

私は募金と寄付を使い分けています。募金は「いってらっしゃい、バイバイ」というお金の使い方です。寄付は寄付先とのキャッチボールがあります。お金が使われることで何かインパクトがあると感じれば、継続していく。寄付がどのように使われているかを、寄付を受けた側が示すことでキャッチボールは始まります。いわばポジティブな連鎖。そういう意味で、寄付は長期投資だと思います。自分に金銭的に還元があるわけではないですが、現在もしくは次の世代によりよい社会を残します。その期待に対して投資するのです。

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「ありがとう」の連鎖でお金の価値を高める

子ども向けに、お金の使い方には4つの方法があると教えています。一つは、お菓子を買うなど自分のために使うこと。次は、ゲームなど高価なものを買うために貯金すること。ここまではすぐ理解してくれます。
3番目が寄付です。困っている人の姿をみせると子どもたちは悲しそうな顔をします。自分では何もしてあげられないと思うのです。でも、困っている人を助ける人たちのためにお金を使う、つまり寄付することで助けることができると知ると、パッと顔が明るくなります。自分のお金だけでは少なくても家族や友達、みんなで一緒に寄付するともっといろいろなことができるというとわかってくれます。渋沢栄一の言い方ですと、一人では大河にはなれなくても一滴のしずくにはなれます。そのしずくが集まれば大河になるのです。

ここまで話した上で、投資という4番目の使い方を教えます。みんなが「この商品は便利。売ってくれてありがとう」と買うと、会社は「買ってくれてありがとう」。それで会社で働くお父さんやお母さんに「ありがとう」とお金を払える。そういういい会社を応援するために投資という方法があると話します。つまり、「ありがとう」の連鎖でお金をまわしていく。それが増えれば増えるほどお金の価値が高まるのです。渋沢栄一は「能(よ)く集め、能(よく)く散ぜよ」と言いましたが、こういうことだと思います。

「ME」から「WE」のためのお金を考える

1番目と2番目は自分のため、つまり「ME」のお金の使い方ですが、ほかは「WE」のための使い方。MEからWEに、さらにMEにまた還ってくる。今回のコロナ禍で自分や家族、MEの大切さはもちろんですが、WEがなければ、けっきょく自分たちMEも生きていけないことが強く意識されたと思います。社会がよくなってこそ、自分たちの生活もよくなることを再認識したのではないでしょうか。

遺贈寄付は亡くなった後に実行されますから、まさにみえない未来を信じる力が問われます。自分が死んだら世の中は終わりという考え方もあるでしょうが、思いや存在感はちゃんと残っていくという考え方もあります。家族や社会にバトンをつないでいく。見えづらいけれども可能性を信じる。それは将来へのワクワク感と言い換えてもいいと思います。遺産は自身が築いた生きた証です。それを社会に投資することで、自分の思いがつながり形になっていく。それを想像してワクワクするのです。

どうしたらワクワク感を引き出せるでしょう。現状はこうだけれども寄付が集まることによってこういう社会が作れることを提示するのが、NPOなど寄付を受ける側の役割だと思います。もちろん、約束はできません。投資も同じです。でも、目指す世界を提示することはできます。そこにワクワクしてもらえないだろうか、と。

遺贈寄付は親として子どもにのこす最後の教育

よく利己と利他は真反対だといわれます。でも、利己に時間軸を通すと違います。子育てはある意味、利己的です。親にとれば子どもが一番大切。でも、子どもはいつか自立して社会に出ます。社会の一員となれば、まさに社会への貢献、利他になります。

「いま」しか考えなければ、利己でもOKかもしれません。でも、明日、1か月後、1年後と私たちには未来があります。いま手にしたものは失われるかもしれません。でも、与えると、与えられる可能性があります。利他が利己になるかもしれません。

幸福学を研究する慶應義塾大学の前野隆司先生によれば、長続きする幸せというのがあるそうです。長続きしない幸せとは、社会的地位やお金です。一瞬は幸せを感じますが、他者と比べてしまい長続きはしない。長続きする幸せとは、心の幸せだといいます。自己実現と成長です。

寄付することは、自己実現でもあるし成長でもあります。スキルや地位や才能など一切関係なく、だれでもできることです。遺贈寄付についていえば、財産を子どもに遺したいと思うのは当然ですが、全てを遺す必要はないと思うのです。遺贈によって、お金は世の中で循環させて働かせるものだと伝えることは、親として子どもに残す大切な最後の教育、メッセージではないでしょうか。

日本社会の寄付には問題点があります。寄付はすぐに使われてなくなってしまうというイメージがあるのです。多くのNPOも、あればあるだけ使い、残すことが悪だというような感覚を持っています。しかし、これからはストックを作っていく必要があると思います。
アメリカには5%ルールというものがあります。公益のために基金の5%以上を使えば非営利の扱いを受け、税が優遇されます。ですから最大95%近くを資産運用に回すことができます。年5%以上の運用を行えば、理論上、この基金は永久に続きます。もし、自分が寄付した基金が永続的で、社会に還元し続けられるのであれば、生きていたのは100年かもしれませんが、何百年も社会につながっていることができます。ワクワクしませんか。

個別のNPOなどで難しければ、中間支援組織がこうした運用をしていくことを考えてもいいでしょう。民主主義社会ですから、本来、私たちが求めれば必要なものができるはずです。特にいまは「シルバー・デモクラシー」といわれます。高齢者の皆さんがもし声を上げて、こうした形で永続可能な基金が欲しいと声をあげれば、制度的にできるようになるはずなんです。ストック型の寄付が増えていけばいいと願っています。

(記事は2021年7月1日時点の情報に基づいています)