「うまく使えればいい制度ですが、必ずしもバラ色の未来が待っているわけではありません。注意も必要です」

こう教えてくれたのは、「あさひ法律事務所」(東京都千代田区)の弁護士・藤原道子さんです。日本弁護士連合会で 、家庭裁判所で取り扱う分野の制度や改善点を研究する活動をしています。

まずは、配偶者居住権ができた背景からひもといてもらいました。

大きなきっかけは、2013年9月に最高裁大法廷が示した判断だったそうです。この時は、遺産分割の在り方が争われました。結婚していない男女間に生まれた「婚外子」と、結婚した男女間に生まれた「婚内子」で、取り分が違うのは「法の下の平等を定めた憲法に反する」としたものでした。

つまり、婚外子にも婚内子と平等に相続する権利があると認めたということです。これを受け、婚外子が婚内子と同じ割合で財産を相続することになると、夫に先立たれた妻が、場合によっては遺産を分けるために住んでいる家を手放さないといけなくなるかもしれず、配偶者を保護する必要がある、という考えがスタート地点になったようです。

藤原さんは「高齢化や家族の多様化など、社会の変化が背景の一つにありますが、同性婚や事実婚については、配偶者居住権などの適用が見送られました。この点は課題として残っています」と話します。

自宅に住み続けても生活費にも困らない

次に、制度の内容を簡単に説明していきます。

法務省の資料では、配偶者居住権を「配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、終身又は一定期間、配偶者に建物の使用を認めることを内容とする法定の権利」としています。

たとえば、一戸建て住宅に暮らしていた夫婦で考えていきます。一人息子は、結婚して両親とは違う場所に住んでいます。

財産の価値は自宅が2000万円。預貯金は2000万円あります。夫が亡くなり遺言書がない場合、妻と子の相続分は法律にしたがって半分ずつ、つまりそれぞれ2000万円ずつになります。

自宅を妻が相続すると、預貯金はすべて息子に渡ります。これでは、妻に生活費が全く残りません。逆に自宅を息子に渡すと、預貯金は妻に渡ります。しかし、妻は、住む家に困ってしまいます。

こんなケースを打開する一つの方法が、配偶者居住権です。この制度を活用すると、夫を亡くした妻は自宅に住み続ける権利を手に入れ、息子は配偶者居住権の負担のついた自宅の所有権を得ます。そうすることで、妻は住む場所を確保できるのです。

配偶者居住権の価値が1000万円だとすると、妻は、預貯金2000万円のうち1000万円を得ることができますので、当面、生活に困ることもなさそうです。

その後、妻が亡くなると、配偶者居住権はなくなるので、自宅の所有権を持っていた息子は、自宅の完全な所有者になります。この場合に、妻(母親)にほかの財産がある場合は別ですが、自宅に関しては、息子に相続税が課税されることはないとされています。

配偶者居住権を活用する上では注意が必要です
配偶者居住権を活用する上では注意が必要です

配偶者居住権を設定するには

次は、実際に配偶者居住権を設定する方法について説明します。

被相続人が遺言書などで配偶者に取得させることを記しておいたり、相続人同士の遺産分割協議で決めたりすることができます。その後、配偶者居住権の登記を済ませると、手続きは終了です。住み続ける期間を「終身」とすると、権利は亡くなるまで続きます。

設定する上では注意が必要です。藤原さんは、こう教えてくれました。「遺言で配偶者居住権を配偶者に取得させる場合は『相続させる』ではなく『遺贈する』という表現を使わないといけません」

「配偶者居住権は相続させるもの」と思って、「相続させる」と書いてしまうと、思わぬ事態を招きかねません。遺言によって配偶者居住権と一定の財産を配偶者に取得させる場合に、配偶者がこの配偶者居住権だけは欲しくないと考えた時に、「遺贈」と書かれていれば、遺贈の一部(配偶者居住権のみ)を放棄することができます。

しかし、「相続させる」と書いてしまうと、一部放棄はできず、相続放棄するしかありませんが、相続放棄をすると、プラスとマイナス問わず、すべての財産を取得できなくなってしまいます。

配偶者居住権が利用できるようになって、遺言を書こう、または書き直そうと思っている人は気を付けて下さい。

配偶者居住権は譲渡・売却できない

配偶者居住権にも価値があります。建物の耐用年数や厚生労働省が公表している平均余命などをもとに計算します。

ただ、相続が発生した時に自宅に住んでいた配偶者にだけ認められる権利のため、家族を含む第三者に売却できません。

このため、一度設定してしまうと、配偶者は、配偶者居住権を売ることができず、住み続けるしかありません。病気を患って自宅に住み続けるのが難しくなり、老人ホームなどに移ろうと考えても、自宅を売却して入居費用を捻出することはできないのです。

また、売却できないので担保価値が落ちて、お金の借り入れも難しくなります。ただ、自宅の所有者である子どもの了解を得ることができれば、賃貸用住宅として使い、賃料を得ることはできます。

配偶者がめちゃくちゃな使い方をしたケースなどでは、所有者である子どもが配偶者居住権の「消滅請求」をすることができます。分かりやすく言うと、所有者という立場から、「この家に住む権利を消滅させる」ということです。

また、所有者との合意があれば、配偶者居住権を消滅させることはできます。ただ、この場合、説明したように、配偶者居住権には価値があります。もしも、所有者である息子が配偶者居住権に相当する価値を無償で得て、完全な所有者になるような事態があると、実質的に贈与税の支払いを免れることにつながります。

このため、所有者が配偶者に配偶者居住権の価値分のお金を支払わなかったり、お金を支払っても評価に比べて著しく低かったりすると、「贈与」とみなされて、所有者には「みなし贈与税」が課税されます。反対に、配偶者が所有者から対価を得た場合には、配偶者に譲渡所得税がかかる可能性があります。

藤原さんは「人間は、いつ、どうなるか分かりません。お年寄りですと、体調を崩してライフスタイルが変わることがあるかもしれません。自宅を売却する必要性が高まっても、配偶者居住権を放棄して自宅の所有者と一緒に自宅を売る場合は別ですが、配偶者居住権のみを売ろうとしても、その価値をお金に換えることができないのです。誰かに貸そうと思っても、所有者の承諾が必要です」と注意を促します。

再婚の場合は注意

次に挙げるのは、前の妻との間に子どもがいる男性が再婚し、後妻との間に子どもがいない例です。

夫は、後妻の生活を考えて、遺言で、後妻に配偶者居住権を遺贈し、自宅の所有権は前妻との間の子どもにゆだねることにしました。特に、その子どもと後妻が養子縁組をしていない場合には、仮に、後妻に自宅そのものを相続させると、後妻が亡くなった後の自宅は、後妻の相続人の方に相続されてしまい、前妻との間の子どもは自宅を相続できなくなります。

そのようにならないためにも、男性は、後妻に配偶者居住権を遺贈し、前妻との間の子どもに自宅の所有権を相続させることにしました。しかし、その子どもと後妻の仲が良くない場合には、後妻の配偶者居住権の利用に支障が出てくる可能性があります。

また、仮に、後妻に連れ子がいて、その子に配偶者居住権の負担のついた自宅の所有権を遺贈する場合には、後妻とその連れ子との間に問題は生じないでしょうが、前妻との間の子どもとの関係次第では、相続トラブルに発展する可能性もあります。

再婚した夫婦が配偶者居住権を考える場合、先々のことをよく考える必要がありそうです。

所有権を誰にゆだねるか

このほかにも注意点はあります。配偶者居住権は建物に設定され、土地には及びません。このため、自宅の所有者である子どもが土地のみを売却してしまうこともできます。そうなると、配偶者は泣く泣く自宅を出ざるを得なくなる場合もあります。

また、子どもが複数いた場合、所有権を誰にゆだねるのか、きちんと考える必要があります。なぜなのでしょうか。

たとえば、父親が亡くなった際に、現金などを母親、長男、 二男で法定相続分の割合で 分割したケースで考えます。母親は配偶者居住権で実家に住み続け、その所有権は長男が持つとします。その後、母親が亡くなると、長男は、何の負担もなく、完全な実家の権利を取得することになります。そういった場合、二男からは遺産分割が不平等に見えてしまいます。

制度が複雑なので専門家に相談を

最後に、藤原さんが教えてくれた注意点を箇条書きにまとめました。

・配偶者居住権は譲渡できないので、ライフステージが変わった際にも売却できない
・遺言の書き方は「相続させる」ではなく「遺贈する」
・自宅の所有者と合意して配偶者居住権を消滅させた場合、所有者に「みなし贈与税」がかかる可能性がある
・自宅の「所有権」を誰にゆだねるのかは慎重に考える

藤原さんも「制度が複雑なので、法律に詳しくない一般の人が完璧に利用しようとすると難しいと思います。弁護士や税理士といった専門家に相談して決めたほうがいいように思います」と話していました。

当たり前かもしれませんが、仲の良い家族だともめることはなさそうです。しかし、そうではない場合、慎重に考えないとトラブルを招くかもしれません。二次相続で相続税が軽減されるなど、節税対策と注目されて期待度も高いですが、利用する際には少し立ち止まって考える必要性を感じました。

(記事は2020年3月1日時点の情報に基づいています)