目次

  1. 1. 巨額の遺産争いの中、相続放棄した長男
  2. 2. 遺産分割協議の結果と違う登記ができた?
  3. 3. 佐々木一夫弁護士弁護士のコメント
  4. 4. 遺産分割協議に基づく登記を変更することができるのか?
  5. 5. 登記が変更されてしまうと「共有持分権」も移転してしまう?
  6. 6. Aさんはビルを出ていかなければならないのか?
  7. 7. 登記名義を取り返したい場合、どうすればいいのか
  8. 8. 次女の夫の会社が共有持分権を取得することはありうるのか?
  9. 9. 共有状態は避けることが肝心

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平成16年のことです。夫が現在暮らしている5階建てのビルを15階建ての投資型ワンルームマンションに建て替えたいと言い出し、銀行から10億円の融資を受けマンションを建てることになりました。ところが15階建てのワンルームマンションが建った後に夫が亡くなってしまいました。長女は実子なので、私と子どもたち3人で法定相続分に基づいた相続をしようとしたのですが、「お姉ちゃんはおじいちゃんからいっぱいもらったのにずるい」と長女と次女が大げんか。姉や妹たちのお金をめぐる争いを見て、長男は夫の遺産の相続を一切放棄することになりました。

そこで15階マンションと12台の駐車場の財産は、私が2分の1、長女と次女でそれぞれ4分の1の登記とし、マンションと駐車場の家賃は長女と次女で折半、私はマンションの最上階に住むことになりました。私は自分の実家が経営する薬局のほか、5階建ての貸しビルの運営をしていましたが、知り合いから薬局の共同経営を持ちかけられました。

古くからの知り合いの頼みでしたので引き受けたところ、なんと共同経営者が借金苦で行方がわからなくなってしまいました。共同経営で生じた負債の返却と、店舗の閉鎖を機に、これまでの商売をすべてやめて年金暮らしをしようと平成18年に改めて財務整理をしたところ、登記簿を見てびっくり。私が2分の1保有していた15階建てのマンションの所有権が、長女と次女だけになっていたのです。

これでは私が亡くなった場合、夫の相続を放棄した長男が相続する分がなくなってしまいます。登記簿に変更の理由は「母親(私)の錯誤により遺産分割をし直した」と記されていました。どうやら長男が夫の遺産相続を放棄したことをきっかけに、長男に母の遺産の相続権が発生しないように次女が工作をしていたことがわかりました。長女は専業主婦で実務が不得手。マンションの家賃の管理や確定申告、文章作成は、すべて次女の夫に依頼していたことも次女のやりたい放題に拍車をかけたかもしれません。

調べてみると、夫が亡くなった翌年の夏にマンションが完成していますが、その年の秋に登記変更。7年後に次女がマンションの持ち分を次女の夫(本業は別の仕事)が社長を務める会社に売却していることがわかりました。

しかし、不思議なことは夫の遺産分割協議書に基づいて登記しているのに、なぜ、こんなことが起こったのでしょうか? 調べると、夫の遺産分割協議書の最後の押印のページは文章がなく、署名と印鑑だけのA4サイズの紙でした。

思い当たるのは、次女のすすめで銀行融資を借り換えたことがあります。そのときに大量の書類に押印した記憶があるのですが、どうやらそこにこの用紙が紛れこんでいたとしか考えられません。

困惑していた矢先、私は次女にマンションから退去してほしいと告げられました。私は商売で生じた負債を返却し、預貯金もほとんどなくなってしまい、収入は年金しかありません。私がこれまで通りの生活を続けるにはどうすればいいでしょうか?

このケースはかなりひどい事案ですが、本来、Aさんの了解なく登記を移すことはできません。ですが、一度成立した遺産分割協議も相続人全員の合意があればやり直すことができるというのが最高裁判所の判例であり、次女が何らかの方法で書類さえ整えてしまえばこのようなことが起こらないとも限りません。

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一度成立した遺産分割協議も、相続人全員の合意があれば、これを解除してやり直すことができるというのが最高裁判所の判例です(最高裁平成2年9月27日判決)。当初の遺産分割協議に基づいてなされた相続登記も、遺産分割協議のやり直しがあった場合には、一度抹消登記をしてから再度やり直された遺産分割協議に基づいて登記をし直すことが可能です。

ただし、もちろんこれは相続人全員の合意があることが前提で、新たな相続人全員の署名押印のある遺産分割協議書が必要ですから、相続人のうち一人が勝手に遺産分割協議の内容を変更して一度なされた登記を変更することは通常できません。また、登記を依頼する際に司法書士に依頼をしたのであれば、司法書士による本人確認、印鑑証明書の提出なども何とかクリアする必要がありますから、次女は悪意をもって相当な準備の上で今回の計画を実行したのでしょう。

Aさんによれば、銀行の融資を借り換えた際に相当な書面に判子を押したということですから、この際に遺産分割協議を合意解除して新たな遺産分割協議をした旨の書類や、司法書士への委任状等をだまし取られたのかもしれません。

今回は知らないうちにAさんの共有持分権が次女に移転し、その後次女の夫の会社にさらに移転登記がなされているとのことです。このような場合には、登記が移転したことによって、真実の共有持分権者は権利を失うことになるのでしょうか。
実は、法律では、登記が移転しただけでは共有持分権は移転しないということになっています。登記はあくまでもただの登記で、Aさんが遺産分割をやり直したのでなければ、Aさんから次女やその夫の会社に共有持分権が移転することはありません。登記上はビルの共有持分権者は次女やその夫のものと表示されているかもしれませんが、それは登記上そうなっているだけのことであり、真実の共有持分権を正しく表しているわけではありません。

したがって、今でもAさんは15階建てのビルの真実の共有持分権者である、ということになります。これは仮にAさんが今亡くなっても同じことで、あくまでもAさんの共有持分権2分の1はAさんの遺産であり、長男及びその他の相続人が法定相続分に従い相続することになります。

次女からビルの退去を求められたAさんは、本件のビルを出ていかなければならないのでしょうか。これに関しては、真実の共有持分権者といえども、登記名義がないことによって難しい理論上の問題がありますが、結論としては出ていかなくてよいでしょう。
なぜなら、Aさんは一度はAさん、長女、次女の合意でビルに住んでいたのであり、その状態がもう長年続いています。そうすると、Aさんは少なくとも共有持分権者全員から、本件ビルに住む権利を与えられていると言えます(使用貸借権)。おそらく裁判所もこの権利の存在を認める可能性は高いでしょう。ですから、権利に基づいて住んでいる以上、ここから出て行ってくれといわれても出ていく必要がありません。
さらに進んで、この問題には、長女と次女の夫の会社が結託して使用貸借契約を解除して退去を請求してきた場合の発展形があり、この場合の防御は実はかなり難しい対応を迫られますが、次女とその夫の会社は結託している可能性もかなり高いですし、対応をきちんとすれば出ていかずともすむと思われます。

登記名義が次女やその夫の会社のものになっているのであれば、そのまま放置しておくことはできません。登記は真実の権利関係を表しているとは限らず、本当はAさんが共有持分権者だとしても、登記によってAさんが共有持分権者であると表示されていなければ誰もAさんが共有持分権者だと認めません。登記名義が他人のままでは事実上売ったりすることはできませんし、そのまま長期間放置すれば過去に何があったかなど立証することができなくなって、誰かに共有持分権を取得されたりして本当に権利を失うことだってあり得ます。

しかし、返してもらうにしても次女とその夫の会社の同意がなければ、登記を元に戻すことはできません。彼女たちが返すことに同意してくれないのであれば、共有持分権に基づいて、次女の夫の会社に対して(場合により次女に対しても)Aさんに登記を戻してくださいという裁判を迅速に起こさなければなりません。
裁判によって、登記をAさんに返しなさいという判決をもらうことができれば、無事Aさんの共有持分権は、登記名義も自分のものにすることができ、安心してビルの共有持分権者としてふるまうことができます。

ここで、次女の夫の会社としては、「自分たちは善意の第三者だ!」などと主張するかもしれません。これに関しては、ちょっと難しいのですが、二つの意味に分けて考える必要があります。
一つ目は、自分たちは「善意の第三者」であって、次女が無権利者だとは知らなかった。だから次女から共有持分権を有効に取得できるはずだ、という意味の場合です。
しかし、彼らはAさんの共有持分権に関しては完全に無権利者である次女から買い受けた会社です。今回Aさんには真実と異なる登記をするのに何らかの協力をしたとか、大きな過失があるようにも思えません。こういう場合には善意の第三者であろうが何だろうが有効に権利を取得することはできません。これは無権利の法理といって、法律の基本です。

二つ目は、私たちは「善意の第三者」で、次女が無権利者だと知らず、正当な取引だと信じて、購入して長期間自分のものとして扱ってきた。今さら本当の権利者が出てきたとしても、「時効」によって私たちが正当な権利者になるはずだ、という主張です。これは一つ目の主張と似ているように思いますが、法律的には全く異なる主張です。

実は、この主張は成り立つ可能性があります。長期間他人の物を占有し続けると、「取得時効」というものによって、その物が本当に自分のものになることがあるのです。長期間というのは、次女から会社に共有持分権を売買されたときから10年を経過しているか否かです。10年経ってしまうと次女の夫の会社がこの物件を時効によって取得した、という主張を許す可能性が出てきてしまいます。もちろん、本件では次女と会社が共謀している可能性も高く、簡単に認められることはないでしょうが、こういった主張をされること自体が嫌なものですから、早く訴訟を起こして登記名義を取り戻した方が良いでしょう。

相続によって生じた共有状態は、はっきり言ってトラブルのもとです。私のもとにご相談に来られる相続問題のうち2分の1程度は共有が絡んでおり、共有でさえなければ問題は起きなかっただろうと思われるようなご相談が多数あります。
今回の事例のトラブルは、次女の犯罪的な手法によって引き起こされていますが、合法的な手法によっても共有者間のうち、誰がその家に住むのかや、賃料の分配や売却問題などでトラブルが起こることが多いです。
実は民法自体ができるだけ共有を避けるように作られているとも言われており、共有状態での争いは理論的にも難解で、裁判の結論が予想しにくくなります。
ですから、遺産分割協議をする際には、できる限り共有状態にしないようにするのが良いでしょう。

(個人情報に配慮し、内容の一部を脚色しています。記事は2020年8月1日現在の情報に基づいています)

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