「配偶者居住権」は長年連れ添った法律婚の夫婦を想定

――改正された民法の相続に関連する条文で、渡邉先生が特に注目している内容はどのような点でしょうか?

改正された項目は多岐にわたりますが、相続に関する内容で私が注目したいのは、「配偶者居住権」と「特別寄与料制度」、「遺留分制度の見直し」です。まず、「配偶者居住権」ですが、これは残された配偶者が被相続人の死亡時に住んでいた建物を所有しなくても、亡くなるまで、または一定の期間、無償で使用することができる権利です。特に高齢者の方にとって、長年住み慣れた家の退去は大きな負担となるので、これは高齢化社会の時代に合致した内容だと考えます。

配偶者の居住の権利には、「配偶者短期居住権」と「配偶者居住権(長期居住権)」があります。この2つは、まったく別のものです。ここで注目したいのは、終身にわたって自宅に住むことができる「配偶者居住権(長期居住権)」です。

――残された配偶者の安定した生活が確保されるという点で、とてもよい内容だと思われますが、この権利が活用できる人はどんな人なのでしょうか。

「配偶者居住権」の権利者は、以下の人が該当します。

  1. 亡くなった人の配偶者であること
  2. 該当する配偶者が、亡くなった人が所有していた建物に亡くなったときに居住していたこと
  3. 遺産分割、遺贈、死因贈与、家庭裁判所の審判によって取得したこと

今回の法改正で「配偶者居住権」を活用する対象として想定しているのは、長年連れ添った法律婚に基づく夫婦です。たとえば、再婚した家庭の場合はどうなるか。ご主人が亡くなった場合、残された妻が配偶者居住権を遺産分割で求めても、先妻の子供が認めたくないと考えるケースがあるかもしれません。今後の動きに注目したいです。

相続人以外も請求できる「特別寄与料」は事実婚や同性婚にも認めるべきだ

――新たに相続人ではない人が、介護などで被相続人に対して特別な寄与をしてきたと認められる場合に、「特別寄与料」を請求できるようになりました。請求できる人はどんな人だと考えられますか。

従来「寄与分」という制度がありましたが、これを請求できるのは、相続人に限定されていました。今回の改正された「特別寄与料」は、相続人ではない親族も請求できるようになりました。被相続人の老後の世話や介護などを子の配偶者がするケースがありますが、子の配偶者というのは法定相続人ではありません。改正前は、例えば、介護などにあたった子の配偶者はその苦労を評価されず、不公平であるとの指摘がされていました。

今回の改正では、このような不公平を解消するために、相続人ではない親族が無償で被相続人の介護や看病に貢献し、被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をした場合には、相続人に対し、金銭の請求をすることができるようになりました。ただし、この請求ができるのは親族である人に限られています。

――不公平感はかなり軽減されると感じますが、遺産の一部をもらうには請求が必要なのですか?

今回の改正を検討した段階では、親族に限る場合と親族以外も含まれるという二つの案がありました。しかし、請求者の対象を広げすぎると争いが生じやすいという理由で、親族に限るという案になったのです。これは法律婚をしていて、親世代と同居しているような家庭をベースに想定されたものです。事実婚や同性婚など近年の家族の多様化には対応していません。私は事実婚や同性婚のケースも考慮し、親族以外にも認めるべきだと思いますね。

そもそも特別寄与料は、遺産分割には含まれません。過去の判例では、被相続人の長男の妻の寄与ではなく、まとめて長男の寄与であるということにして、長男の遺産分割の割合を増やした例がありました。しかし、これは実際に長男が介護していない点でも、妻がした介護を、夫のものとして評価する点でも無理があるのですが、結論としてそうでもしないと介護した妻の労力の評価を遺産分割には取り込めなかったのです。「妻の労力」は「夫のもの」ではないので、今回の改正では明確にしようという背景があるのです。

「特別寄与料制度」は、介護をした被相続人の子供の妻は、自分の権利として、「特別寄与料」を相続人全員に対して請求するものです。つまり、特別寄与料は相続人全員が負担するわけです。これは、下手すると相続の争いの場外戦になる危険があるかもしれません。

――場外戦とは新たな争いが生じるということでしょうか?

請求する側と、される側で考えている特別寄与料の額に大きな違いがあれば、争いの原因となります。遺産分割で相続人の間に深刻な争いがあれば、特別寄与料をめぐっても同じように争うことは想像できます。

例えば、介護していたのが被相続人の長男の妻とします。妻が夫のきょうだいに対して金額まで決めて請求をするのはなかなか勇気がいるかもしれません。それでも、介護した妻は、「なんで自分だけ負担しなければならないのか。負担した分は補償してほしい」と思うでしょう。特別寄与料を請求するとして、特に介護の場合は、相続財産の額との関係などで、その労力を数値化しにくい面があります。

一方、介護していた長男夫婦が被相続人の財産を管理していた場合には、請求されるきょうだいが、「親の財産を介護費用や自分たちのものとして使っていたのでは?」と疑ったり、「遺産分割で長男が遺産をもらったのに、その妻がまた請求するなんて厚かましい」というような感情をもつかもしれません。

これを未然に防ぐには、相続が始まる前から、親族間でどのように親を介護し、扶養していくのかを話し合っておくことが大切です。誰が引き取って介護をするのか、そして他のきょうだいは、介護をしない分、経済的に負担するなど、役割分担をしておくことも考えられます。

遺留分はモノからお金で請求するように変化

――「遺留分制度の見直し」のポイントを教えてください。

「モノ」から「お金」になったこと。つまり、遺留分侵害額に相当する金銭の請求となったことが大きな特徴です。改正前は、遺留分を侵害された相続人は「遺留分減殺請求権」を使って、「相続財産そのもの」に対する侵害額相当の物的権利を請求できました。

相続する財産が土地の場合は、土地の所有権の持分を請求することになります。しかし、この場合、土地の共有関係という問題が発生します。共有持分があると心理的にも気持ちのいいものではありませんし、財産価値が下がります。また、遺留分権利者が「共有持分を解消してほしかったらお金を払え」などという圧力をかけることもできました。今回の改正では、すべて金銭で解決するようになりました。

「ふた」の役割だった親が亡くなり、潜んでいた問題が吹き出すのが相続

――円満に相続を迎えるために、財産を引き継ぐ親の世代と、受け継ぐ子の世代がそれぞれ相続に対して備えておくべきことはどんなことでしょうか?

相続だから争いがおこるのではなく、相続で争いが吹き出すのです。いわば炭酸飲料の缶を振って置いてある状態と例えるとわかりやすいかと思います。外から見たら普通の缶にしか見えませんが、「ふた」になっていた親が亡くなったとたんに、潜んでいた問題が吹き出すわけです。過去に先渡ししていた財産はあるのか、将来の介護の問題をどうするのかなど、過去と未来の自分の財産すべてを見渡して、相続人にどのように振り分けるのがベストであるかを考える必要があります。

法律というものは基本的にニュートラルなものですので、法定相続ですと先渡しの財産である特別受益や介護などの寄与分を考慮して、客観的に公平な分割ができます。しかし、何が遺産の先渡しで、何が寄与にあたるのかについて意見が食い違い、遺産分割で争う可能性もあります。相続が始まる前に、争いにつながるような問題を親族間で話し合い、解決しておくことをおすすめします。

――今後の民法の改正についての動きで、先生が注目されている案件はどのようなことがあるでしょうか?

親子に関する条文の改正です。例えば、「離婚後300日問題」があります。離婚から6カ月以上経ち、別の男性と再婚しても、離婚後300日以内に生まれた子は、法律上、前夫の子どもであると見なされます。たとえば、前夫のDVが原因で長らく別居し、その間、生まれてくる子供の父親である男性と暮らして妊娠したとします。前夫と離婚して、子供の父親と再婚しても、離婚から300日以内に子供が生まれた場合には、生物学的に親子関係がある男性を父親とする出生届を提出しても、受理されないのです。離婚した前夫の戸籍に入れたくないがために、出生届を出さないでいると、戸籍のない子供、いわゆる無戸籍児になります。この問題に関しては、再婚後の夫を父とする方向で見直されるでしょう。

「離婚後の共同親権」の導入についての検討も始まっています。これは、離婚後においても父母の双方が子に対する親権を持つという内容です。また、養育費の履行の促進も大きな問題です。離婚後に母親が親権者となるのが8割ですが、養育費の支払いを受けている家庭は、その4分の1程度です。現在、日本の貧困家庭のほとんどが母子家庭です。養育費がきちんと支払われる、支払を求める手続が使いやすいというのが、有効な対策の一つとなるでしょう。それなのに、生活保護を受けている人が養育費をもらうと生活保護が打ち切られるので、確実に受け取れる生活保護を優先し、養育費をもらわない方向にシフトしていく人もいます。いずれの場合も、多様化・複雑化する昨今の家庭事情のなかで、子供が心身ともに健やかに育つ環境を整えていくことが大切だと思います。

渡邉教授のプロフィール
渡邉泰彦 (わたなべ やすひこ)
京都産業大学法学部教授 博士(法学)
同志社大学大学院法学研究科私法学専攻博士後期課程修了。東北学院大学大学院法務研究科准教授、京都産業大学大学院法務研究科准教授、教授などを経て現職。専門は、民法・家族法。研究テーマは、同性カップル、性別違和などSOGI/LGBTと家族法。

(記事は2021年4月1日時点の情報に基づいています)