目次

  1. 1. 不当利得とは|法的に正当な理由がない利益
  2. 2. 不当利得返還請求とは|不当利得の返還を求めること
    1. 2-1. 不当利得返還請求の要件
  3. 3. 不当利得として返還を求められる利益はどこまでか
    1. 3-1. 「現存利益」が返還の限度
    2. 3-2. 悪意があった場合は、利息を付け全額返還の義務
  4. 4. 不当利得返還請求権の時効
  5. 5. 相続で不当利得返還請求が問題となる「使い込み」事例
  6. 6. 遺産の使い込みに関する不当利得返還請求のやり方
    1. 6-1. 不当利得の証拠収集と金額計算
    2. 6-2. 内容証明郵便による請求
    3. 6-3. 相手方との協議や合意書の締結
    4. 6-4. 合意できなければ不当利得返還請求訴訟を提起
  7. 7. 不当利得返還請求を行う際の注意点
    1. 7-1. 使い込みの調査が大変
    2. 7-2. 相手方の悪意を立証することがポイント
    3. 7-3. 長期化する場合は相続税申告に要注意
    4. 7-4. 消滅時効にも注意が必要
  8. 8. 遺産の使い込みを疑われ、不当利得の返還請求をされた場合の対処法
  9. 9. 不当利得返還請求についてよくある質問
  10. 10. まとめ|使い込みの調査は困難、早めに弁護士へご相談を

不当利得とは、法律上の原因(権利)がないにもかかわらず、他人に財産などの損失を与えることによって得た利益を言います。つまり、法的に正当な理由がなく得た利益です。たとえば、お店で商品を購入した際に、お釣りを本来よりも多くもらった場合、余分にもらったお釣りは不当利得に該当します。

「不当利得返還請求」とは、不当利得を得た人に対して、それによって損失を被った人が利益の返還を求めることを言います。相続の場面においては、一部の相続人が他の相続人に無断で被相続人(亡くなった人)の遺産を使い込んだ場合が不当利得の典型例です。この場合、他の相続人は使い込みをした相続人に対して、不当利得に基づき遺産の返還を請求できます。

不当利得返還請求を行うには、以下の4つの要件をすべて満たすことが必要です。

  • 請求された側が利益を得ていること
    例:相続人が、遺産の預貯金を自分の口座に移した
  • 請求者が損失を被ったこと
    例:遺産の預貯金が減った
  • 損失と利益との間に因果関係があること
    例:相続人が遺産の預貯金を自分の口座に移したことにより、遺産の預貯金が減った
  • 請求された側の利益に法律上の原因(権利)がないこと
    例:遺産の預貯金を引き出す権限がないのに、相続人が遺産の預貯金を自分の口座に移した

不当利得のある人は、それによって損失を被った人に対して、現存利益の限度で不当利得を返還しなければならないのが原則です(民法703条)。「現存利益」とは、不当利得のうち、利得者のところに現在も残っている利益を言います。

たとえば相続人が、遺産の預貯金を自分の口座に移したとします。この場合、移された預貯金がまだ使われずに残っていれば、不当利得全額が返還の対象となります。

これに対して、相続人が預貯金を浪費し、すでに使い切ってしまっている場合には現存利益がなく、不当利得の返還は不要となるのが原則です。

ただし、不当利得を保持する法律上の原因がないことにつき、利得者が利得当時に悪意であった(=知っていた)場合には、現存利益に限らず、不当利得全額に法定利率(年3%)に従った利息を付して返還する義務を負います(民法704条)。

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不当利得返還請求権は、以下のいずれかの期間が経過すると時効消滅します(民法166条1項)。

(1)権利を行使できることを知ったときから5年
例:遺産の使い込みを知ったときから5年

(2)権利を行使できるときから10年
例:遺産が使い込まれたときから10年

遺産相続の場面において、不当利得返還請求が問題となるのは、主に遺産を管理していた相続人が、自分のために勝手に遺産を使ってしまう「使い込み」のケースです。

たとえば、以下に挙げるケースが「使い込み」の典型例といえます。

  • 被相続人(以下「亡くなった人」)の預貯金を勝手に出金する
  • 亡くなった人の自宅金庫にあるお金を勝手に使う
  • 亡くなった人の有価証券(株式など)を勝手に売却する
  • 亡くなった人の生命保険を勝手に解約する
  • 亡くなった人のゴルフ会員権を勝手に売却、解約する
  • 亡くなった人所有の不動産の賃料を使い込む
不当利得返還請求が問題となる「使い込み」事例
不当利得返還請求が問題となる「使い込み」事例の一覧図。亡くなった人の預貯金を勝手に出金する、亡くなった人の自宅金庫にあるお金を勝手に使うなどが「使い込み」でよく見られるケースです

遺産を使い込んだことが疑われる相続人に対する不当利得返還請求は、以下の図で示した流れで進めることになります。

不当利得返還請求のフローチャート図。不当利得返還請求の流れにおいては、対応の仕方によって最終的な結果が大きく左右されるため、弁護士などのアドバイスを求めることが得策です
不当利得返還請求のフローチャート図。不当利得返還請求の流れにおいては、対応の仕方によって最終的な結果が大きく左右されるため、弁護士などのアドバイスを求めることが得策です

請求を行う際の事前準備として、まずは使い込みによる不当利得を証明できる証拠を集めることが必要です。

預貯金の使い込みであれば、亡くなった人の口座の入出金履歴や、使い込みが疑われる相続人の口座の入出金履歴などが有力な証拠となるでしょう。

ほかの遺産の使い込みであれば、遺産の種類に応じた証拠をできる限り集めることが大切です。たとえば株式の無断売却が問題となる場合は、取引明細書などを集める必要があります。

不当利得の証拠が揃ったら、その内容を踏まえて不当利得の金額を集計します。不当利得の証拠を個人で集めることは大変です。遺産の使い込みがなされた可能性がある場合、なるべく早い段階で弁護士に相談しましょう。特に使い込みが多額に及ぶケースでは、早急に不当利得返還請求へ着手することをお勧めします。

証拠の確保と金額計算などの準備が整ったら、実際に遺産を使い込んだと疑われる相続人に対して、不当利得返還請求を行います。

不当利得返還請求は、まず内容証明郵便を送付して行うのが一般的です。相手方に対して「正式な請求である」というメッセージを伝えられるほか、消滅時効の完成を6カ月間猶予する効果もあります(民法150条1項)。

なお、内容証明郵便を送付する際には、原本と併せて謄本2通を作成し、提出しなければなりません。謄本については、郵便局による「内容証明 ご利用の条件等」に記されているとおり、書式のルールが定められている点に注意してください。

内容証明郵便による請求に対して、相手方から返信があれば、協議による解決を試みるケースが多いです。

返還すべき金額や支払い方法などについて協議した結果、双方の間で合意に至れば、その内容をまとめた合意書を締結します。合意書の締結後、その内容に従って、使い込まれた遺産を返してもらいます。

遺産が返されたら、あらためて相続人全員の間で遺産分割協議を行いましょう。

相手方が使い込んだ遺産の返還を拒否した場合や、返還すべき金額、支払い方法などについて折り合わなかった場合には、協議を打ち切って民事訴訟を提起しましょう。

不当利得返還請求訴訟は、裁判所の公開法廷で行われます。

請求する側としては、不当利得の返還を命ずる判決を得ることをめざします。そのためには、不当利得返還請求権の存在を、証拠に基づいて立証しなければなりません。

遺産の使い込みを理由とする不当利得返還請求の場合、使い込みの事実を立証し得る証拠を十分に集められるかどうかがポイントです。弁護士のサポートを受けながら、しっかり準備を整えたうえで訴訟を提起しましょう。

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遺産を使い込んだと疑われる相続人に対して、不当利得返還請求を行う場合、以下のポイントに注意しながら対応すべきです。

対応の仕方によって、最終的な結果が大きく左右されるため、弁護士などのアドバイスを求めることをお勧めします。

遺産の使い込みを疑われる相続人は、実際に遺産を管理している人と同じであるケースが多いです。この場合、遺産に関する資料の開示を拒否され、使い込みの調査は困難を強いられることがよくあります。

遺産に関する資料が開示されない場合は、弁護士会照会といって、弁護士会を通じた調査の手続き(弁護士法23条の2)などを活用して、根気強く調査を行わなければなりません。

遺産を処分する権限がないことについて、使い込みをした相続人が悪意であったこと(=知っていたこと)を立証できなければ、不当利得の返還は現存利益に限定されてしまいます。

使い込みをした相続人がよく使う反論は、「亡くなった人から代理権を与えられていると思っていた」「自分の財産だと勘違いして使ってしまった」といった内容です。

このような反論がされた場合に備えて、効果的な再反論を事前に検討しておきましょう。

使い込み問題が解決してからでなければ、正しい遺産分割はできません。

しかし、相続税申告が必要な場合には、相続の開始を知った日の翌日から10カ月以内に申告や納付を済ませる必要があります。具体的には、以下の場合などに相続税申告が必要です。

  • 相続財産等の総額が、基礎控除額(3000万円+600万円×法定相続人の数)を上回っている場合
  • 配偶者の税額の軽減の適用を受ける場合
  • 小規模宅地等の特例の適用を受ける場合

申告期限までに遺産分割が間に合わなければ、法定相続分による相続を前提として、暫定的に申告を行いましょう。相続税申告については、税理士のアドバイスを受けることをお勧めします。

遺産分割の完了後、時間が経ってから使い込みが判明した場合は、不当利得返還請求権の消滅時効にも注意が必要です。以下のいずれかの期間が経過した場合、時効完成によって不当利得返還請求ができなくなってしまいます(民法166条1項)。

  • 遺産の使い込みを知ったときから5年
  • 遺産が使い込まれたときから10年

さらに、錯誤や詐欺に基づく遺産分割の取消権についても、以下のいずれかの期間が経過した場合は時効消滅します(民法126条)。

  • 遺産の使い込みを知ったときから5年
  • 遺産分割のときから20年

消滅時効の完成は、内容証明郵便の送付や訴訟の提起などによって阻止できます。ほかの相続人による遺産の使い込みが判明したら、早めに対応してください。

自身が亡くなった人の遺産を管理している場合、ほかの相続人から使い込みを疑われるケースも想定されます。

もし使い込みが事実であれば、ほかの相続人との間で協議を行い、使い込んだお金を遺産に返す内容の和解を目指しましょう。これに対して、使い込みに心当たりがなければ、弁護士を代理人として反論を行うのが得策です。

不当利得返還請求が認められると、数十万円から数百万円の大きな支出を強いられる可能性が高いです。事実に反する請求が認められることのないように、弁護士と協力して反論を準備してください。

【関連】相続人から「財産の使い込み」を疑われた 無実の罪を晴らす方法は?

Q. 不当利得返還請求において、立証責任はどちら側にありますか。

すべての要件について、不当利得の返還を請求する側に立証責任があります。遺産を使い込んだ相続人の悪意を立証できるかどうかによって返還額が変わる場合がありますが、その立証は容易ではありません。早めに弁護士に相談することをおすすめします。

Q. 不当利得を得た者は、刑事罰の対象になりますか?

不当利得を得た方法が刑罰法規に抵触する場合は、刑事罰の対象となります。たとえば他人の物を盗んだ場合(=窃盗罪、10年以下の懲役または50万円以下の罰金)、他人を騙して財物を交付させた場合(=詐欺罪、10年以下の懲役)、他人から預かっているものを勝手に売った場合(=横領罪、5年以下の懲役。業務上横領罪については10年以下の懲役)などが刑事罰の対象です。これらの犯罪の被害を受けた方は、警察官または検察官に対して刑事告訴をすることができます。

ただし、被害者の配偶者・直系血族・同居の親族が上記の各罪を犯した場合は、親族間の犯罪に関する特例によって刑が免除されます(刑法244条1項)。そのため遺産の使い込みについては、犯罪捜査の対象にならないことが多いです。遺産の使い込みが発覚した場合は、不当利得返還請求など民事上の手段で解決を図りましょう。

遺産の使い込みは調査が難航するケースが多く、また相続人間で激しい対立が生じるケースもよくあります。使い込み問題を適切な形で早期に解決するためには、早い段階で弁護士へ相談しましょう。

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(記事は2023年8月1日時点の情報に基づいています)