苦労して開示させた口座残高が700円

――森永さんの相続は、大変なご苦労があったとか。

2000年を過ぎてすぐに母親が亡くなり、父が1人になったので、うちで一緒に暮らすようになり、妻が面倒を見ていました。でも父が脳出血で倒れて、自宅で介護していましたが、最後は介護施設に入りました。

介護施設利用料などの生活費が父の口座から引き落とされていきましたが、底を突きそうになりました。意思疎通は出来たので、「どうするの?」と聞いたら、「預金も株もあるから大丈夫」と言うんです。でも、通帳のありかを聞いたら、「分からねえな」と言われてしまい、どこにどれだけの資産があるか全然把握できない。最後は全部私が払っていました。

――どうやって相続手続きを進めたのでしょうか。

父が亡くなったのは2011年3月の東日本大震災直後で、テレビや講演など私の仕事がほぼキャンセルになったタイミングと重なりました。時間が空いたので深夜まで実家にこもり、銀行や証券会社、父の勤め先からの郵便物を確認していきました。

父は10件以上の口座を持っていました。当時は、口座を確認する際に、父が生まれてから死ぬまでの戸籍謄本を全部取ってくるように、銀行から言われました。理由を聞くと、「すべての戸籍を洗わないと、お父さんに愛人やその子どもがいるかもしれないから」と言われました。「うちの父にはそんなのいません」と主張しても、聞く耳を持たなかった。

新聞記者だった父は、異動であちこちに住んでいたので、調べるのはとてつもなく大変でした。戦時中に空襲で焼けて戸籍が見つからない役所もありました。そんなトラブル1個で延々と時間がかかってしまうんです。手続きを踏まないと口座残高も教えてくれないのに、苦労して開示してもらった残高が700円と分かった時は、頭にきて「放棄します」と言ってしまいました。

相続のルール「複雑でおかしい」

インタビューに答える森永卓郎さん=岡田晃奈撮影

――しかし、相続税の納付期限は10カ月以内と決まっています。

万が一、財産が相続税の非課税枠を超えていたら、問題になってしまう。相続財産は早く確定させないといけないわけです。10カ月はあっという間。金額は不明でも、どこの銀行や証券会社に持っている口座かをあらかじめリスト化しておくだけで、天と地の差があります。

父の介護費用なども立て替えていましたが、整理が悪くて、関係する領収書も一切取っていなかった。結果的に、余分に相続税を納税する羽目になりました。10カ月という期限があるから、とにかく手を打たないと先に進めない。2019年の民法改正で、(介護などで相続人以外の貢献度を反映する)寄与分が認められています。介護に関わる費用と介護時間の記録は、きちんと残しておかないといけません。

――相続について、生前にお父様と話したことは無かったのですか。

介護に使うお金がどこにあるのかも教えてくれなかったから、相続どころではありませんでした。ただ、父親は自宅だったマンションくらいしか不動産を持っておらず、金融資産の方が多かったのは幸いしました。不動産の割合が多い人は注意しなければいけない。何しろ相続税は原則として物納では無く、10カ月以内にキャッシュで納めなければいけない。準備しないと痛い目に遭います。

――相続を振り返って、ここが変だなと感じたことはありますか。

相続に関して、初めて知ることがたくさんありました。父から相続した株は自分の証券口座に入れて、ほったらかしにしていました。その株を売ろうとすると、所得税を算出する際に控除される取得原価は、相続時の株価ではなく、父が昔に買った安い時代の株価になるんです。

株を相続したときに相続税を払っているので、これは二重課税だと思います。でも、実は相続人が亡くなってから3年以内に株を売れば、相続税を払った分は取得原価に加算できる特例を後から知りました。複雑でおかしなルールですよね。

父が亡くなる前に売ってキャッシュにしてくれれば楽だったと思いますが、死期が迫っている人にそんなことは求められません。

土地の評価方法もとてつもなく複雑。図面を取って測定するのも大変で、素人にはできません。大金持ちしか相続税を払っていなかった時代の制度を引きずっている気がします。

「B宝館」の扱いはどうなる?

毎週末農業に取り組む森永卓郎さんは「自然の中で土に親しみながら、ゆったりと暮らしたい」と話す=岡田晃奈撮影

――ご自身の相続については、どんな準備をしていますか。

父親の時の教訓を踏まえて、銀行口座や所有株など、金融資産のリストは作りました。あとは不動産の比率をできるだけ高めないようにはしています。

問題は、ミニカーや空き缶、お菓子のおまけなど、私のコレクション12万点を展示している「B宝館」(埼玉県所沢市)の扱いですね。この間、テレビ番組が来て、専門の鑑定士と弁護士が展示品を査定しましたが、経済的な価値はつかないと判定されました。弁護士からは「よかったですね。相続税は1円もかかりませんよ」と言われて、「ばかやろう」と(笑)。

B宝館は、たぶん次男が引き継ぐとは思いますが、もうからないビジネスなので、10~20年は維持できるだけの運営費は残そうと思っています。

――これからのライフスタイルで意識していることはありますか。

3年前は糖尿病で死ぬ寸前でした。一日中、吐き気がして、胸が苦しくなって、足を少しかいただけで、象のように膨らんでしまった。それが、糖質制限と筋トレで体調がめちゃめちゃ良くなりました。

2年前から、週末は群馬県に通って農業をしています。首都直下地震が起きれば、東京は火の海になってしまう。自分と家族が食べる分の食料は自給自足しようと思ったのです。農業はすごくいい運動です。田植え1回で、ライザップ3回分になる。水不足や害虫、作物の病気など、あらゆる障害に知恵を巡らして、瞬時に対応するクリエーティブな仕事です。

余計な不動産は持たずキャッシュに

――相続を控えるわたしたちは、どんな備えをすればいいのでしょうか。

一般の方は、年金や老後の暮らしに関心が集中していて、相続まで頭が回らないのが現状だと思います。それでも、市販の遺言書キットを利用するだけでも違います。あとは、親世代が率先して銀行や証券口座のリストを作って、余計な不動産を持たない。お葬式にもキャッシュは必要になりますから。

実際には、税理士などに相続を頼まざるを得ない人が大多数です。技量や料金にものすごい差があるので、相続を専門に手がけていて良心的な料金設定をしている人を、ネットなどを使って調べた方がいい。

私にとって相続は、二度とやりたくない地獄の作業でした。税制はシンプルじゃ無いといけないのに、あまりにも複雑にし過ぎです。本当は会社に通っている市民が普通に働いた後に、自宅で相続手続きができるくらいの簡単な仕組みにしなければいけないですよね。

【森永卓郎さんプロフィル】

1957年生まれ、東京都出身。日本専売公社(現JT)、民間シンクタンクなどに勤務。2003年に出版した「年収300万円時代を生き抜く経済学」がベストセラーになった。現在は独協大学教授の傍ら、経済番組などへの出演多数。近著は経済アナリストの長男・康平さんとの共著「親子ゼニ問答」(角川新書)