夫の預金をおろすのにも夫のきょうだいとの協議が必要

夫を亡くして相談にいらしたE子さん(50歳)にはお子さんがいませんでした。夫の父母はすでに他界しており、相続人はE子さんと夫のきょうだいでした。

「夫が亡くなったので、銀行に手続きに行ったら、夫のきょうだいと財産の分け方について決めてもらわないと、預金が動かせないと言われました。夫のきょうだいは九州に住んでいて、顔を合わせたのも数えるくらいしかないんです。義兄と義姉に頼まなくても預金を下ろす方法はありませんか?」

E子さんはすっかり困っていらっしゃいます。が、残念ながら義理のきょうだいに黙って口座を動かすことはできません。ちなみに、不動産の名義変更だって、他の相続人の同意なしにはできません。

この話だけ聞くと「え!? そんなことってあるの?」と思われるかもしれませんが、本当にあることなのです。

銀行としては、誰がもらうかはっきりしていない口座をうっかり動かしてしまった結果、後から他の相続人に「なんであいつに金を渡したんだ!」なんて怒鳴り込まれでもしたら困ってしまいますよね。

ですから基本的には、誰がその預金を相続するのか決まってからでないと預金を動かすことは認められないわけです。遺産分割が決まらない場合でも、相続人全員の同意を得ることで口座を動かすことができる可能性もあります。ただし、あくまでも相続人全員の同意があった上でのこと。「他の相続人にはナイショで」ということはできないのです。令和2年の民法改正で、一定額以内であれば遺産分割協議前でも、他の相続人の同意なしで預金をおろせる「預貯金の払い戻し制度」が創設されましたが、金融機関ごとの残高のうち、おろせるのはその相続人の法定相続分の1/3まで(最大150万円)とされていて、すべての預金を下ろすことはできません。

それにしても、酷な話ですよね。私も結婚後、長らく子どもがいなかったので経験がありますが、子どものいないご家庭というのは、往々にして実家との付き合いが疎遠になりがちです。「子はかすがい」とはよく言いますが、「孫は実家とのかすがい」なのです。しかも、ご相談者のE子さんの夫のように、実家が遠方にある場合はなおさらです。
そんな状態で、夫の財産について、疎遠な義理の兄弟姉妹と話をしなくてはならないなんて、想像もしたくない状況だと思いませんか?

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きょうだいたちは「自分たちももらう権利がある」と主張

結局 、E子さんは、九州の義兄と義姉に電話をして銀行の手続きのお願いをしたのですが、ここでまたE子さんにとって驚きの展開が待っていました。

「弟の財産は、きょうだいである自分たちにももらう権利があるんだから、ちゃんと遺産分けをしてほしい」と言われてしまったのです。

確かに法律的には、相続人が配偶者と故人のきょうだいの場合、法定相続分は配偶者が4分の3、きょうだいが4分の1になるため、夫の残した財産(マンション3000万円、預金1000万円の計4000万円)の4分の 1(1000万円)は兄弟姉妹に法定相続分として認められています。

ただ、さすがに義兄や義姉も、専業主婦で残されたE子さんを不憫に思う気持ちがあったのでしょう。法定相続分通りきっちりもらうという話にはならなかったそうです。現預金のうち300万円ずつ(計600万円)を相続して、他はすべてE子さんが相続するということで、話がつきました。

ちなみに、E子さんの夫は現役の会社員でしたので、退職金(1000万円)が出ました。退職金は受取人をE子さんに指定してあったといいます。また、E子さんを受取人にしていた生命保険(2000万円)もあるとのこと。

退職金や生命保険金は民法上は相続財産とはならず、受取人固有の財産に位置づけられます。(ただし、相続税法上は相続財産とみなされ、相続税の対象になります。)

ですから、これらは無事E子さんが全額受け取ることができました。

余談ですが、実はこの生命保険は、もともとはご主人が結婚前に加入していた古い契約だったそうです。当時は、受取人を「法定相続人」と指定していたそうで、亡くなる少し前にたまたま保険を見直す機会があり、受取人を「E子さん」に変えたところだったといいます。

もし、この保険金の受取人を「法定相続人」のままにしていたら、2000万円の保険金も、義兄姉と分けなければいけなかったわけです……。

皆さんも、保険金の受取人が誰になっているか確認しておいたほうがいいかもしれません。

この話を聞いて、皆さんどう思いますか? E子さんは、マンションは何とか確保できました。このマンションもローンが残っていましたが、団体信用生命保険に加入していたため、ご主人が亡くなるとローンがなくなる仕組みになっていました。

そして、これから生きていくための現預金は、義兄姉が相続した分を差し引き、退職金と生命保険を合わせて3400万円。E子さんは現在50歳ですから、平均余命(女性)は38.49年です(厚生労働省 令和1年調べ)。

3400万円で約38年間を過ごさなければならないなんて……。年金があったとしても心もとないですよね。せめて夫が残した財産がすべて相続できていれば……。

きょうだいにない遺留分 遺言書で全財産を配偶者に残せる

だいたい、夫の財産は、E子さんと力を合わせて築き上げたものです。それをめったに顔を合わせたこともない人たちに渡さなければいけないなんて……。もしも夫が遺言書を残してくれていれば、夫の財産はすべてE子さんが相続することができました。兄弟姉妹には遺留分がありませんので、夫が「全財産をE子さんに相続させる」という遺言書を残してくれてさえいれ、財産はすべてE子さんのものになったのです。その場合はもちろん、銀行の手続きや不動産の登記もE子さん1人で行うことができます。

仮に相続人がE子さんと義理の父母だった場合、「全財産をE子さんに」という遺書が残っていたとしても、父母には遺留分があります。父母の遺留分は、法定相続分の3分の1の2分の1で、全体の6分の1です。

義理の父母が「遺留分を渡してほしい」と言ってきたときに備えて、ご主人の生命保険などで遺留分相当額を用意しておくと安心です。とはいえ、ご主人の遺言書が残されていたら「我が子の遺志に従おう」と思ってもらえる可能性も高いのではないかと思います。

遺言書は相続対策としてとても有効なツールですが、特に子どものいないご夫婦は、愛する伴侶のためにも是非残しておいていただきたいと思います。

(記事は2021年5月1日現在の情報に基づきます)