目次

  1. 1. 遺言能力の有無は、遺言の内容によって変わってくる
  2. 2. 医学的な要素が重要な判断材料に
  3. 3. 遺言能力に疑いがある場合の対処法
  4. 4. まとめ|遺言能力に疑いのない遺言を

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遺言に記載される内容にはさまざまなことがあります。中でも重要なのが、遺言者の財産にどのようなものがあり、それをどのように相続人に分けるのかということです。これをきちんと記載しておけば、相続において多くの争い事を避けることができるのです。もしあなたが仕事を引退する位の年齢になった場合には、遺言を書いておくべきです。親がかなりの高齢になっているのに、遺言を書いていないようならば、早めに書いておいてもらったほうが安心です。

しかし、遺言はいつでもどんな状態でも書けると言うわけではありません。遺言をする人に「遺言能力」がなければ遺言を残すことはできません。もし遺言能力がない人が遺言を書いたとしても、その遺言は無効になります。せっかく書いた遺言が無効になってしまっては、遺言者が亡くなった後に争いの種を残してしまうことになります。

では、遺言能力とは何でしょうか。簡単に言えば遺言を残す本人が、遺言の内容を理解して、その結果、自分の死後にどのようなことが起きるかを理解することができる能力のことです。これは、一般的に商売や高価な物の売買の有利不利を判断するような能力よりは低い程度のものを意味するといわれています。ですから、例えば成年被後見人や被保佐人、被補助人であったとしても、また認知症であったとしても、一定の状況、遺言内容であれば、遺言能力は肯定されることがあります。ただ、これだけでは、何を基準に遺言能力の有無を判断することはできないと思います。

実は、法律の専門家でも、どのような状態であれば、遺言能力を有すると言えるのかどうかについては、いまだに確たる見解はありません。裁判においては、基本的に、遺言をする内容の重要性や内容の難しさと、遺言者の能力を表すさまざまな要素を総合的に判断した上で、その遺言をしたときに、遺言者に当該遺言に関する遺言能力があるかどうかが判断されてきています。つまり、遺言能力の有無は、遺言の内容によって変わってくるのです。

遺言の内容が「小額の預金を相続人の誰にどのように配分するか」と言うような内容であれば、あまり難しいことを判断する遺言能力は要求されません。しかし、多くの社員の命運を左右する会社の株式や、収益不動産を含む高額かつ高度な財産を、誰に相続させるかと言うような難しいものであれば、それなりの判断能力が要求されます。

その判断能力を判断するための基準としては、まずは医学的な要素が重要になります。最も客観的な要素としては、遺言者の年齢です。高齢であれば、遺言能力を疑わせる要素のひとつになるでしょう。しかし、年齢だけで判断されることはなく、あくまでも、高齢であれば、総合的な判断を後押しする形で遺言能力を否定する方向に傾きやすいという程度のものです。

もっと影響力が大きいのは、遺言者の診断書や、要介護認定の資料、長谷川式スケールの点数などです。医師が客観的に遺言者を観察して診断した精神上の疾患や認知症など重症度の医学的判断は、遺言能力の有無の判断において、とても重要視されます。ただ、要介護度の数値については、単純に数値が高ければ判断能力が高い、低いと言うことにはなりません。要介護認定は、身体的な状況と認知的な状況の総合的な判断で決まりますが、遺言能力の判断においては、あくまでも判断能力に関する能力が重要になるからです。

また、遺言者が遺言をした当時に、異常行動や通常の人には理解できないような言動がなかったかも重要な要素になります。遺言をした時の前後に、遺言者に異常な行動や言動が目立っていれば、遺言者には遺言能力がなかったと判断する重要な要素になるでしょう。また、精神疾患の場合は、以前の遺言者の行動や遺言に関する言動と、実際の遺言との間に、齟齬がないかと言う点も遺言能力の有無には影響与えます。

これに付随することですが、親族ではないまったくの見ず知らずの人や関係の薄い人に対して、全財産を譲るような遺言の内容になっている場合には、そのこと自体が遺言能力を疑わせる事情になります。このような事情をもとに、まずは遺言者の客観的な判断能力の高さ、低さを判断していきます。

次に、遺言者の判断能力に対して、遺言の内容自体の、難しさが考慮されます。上にも書きましたが、大きな企業の経営方針を左右するような、財産に関しての遺言を残す場合には、高度な判断能力が必要とされます。一方で、小額の預金だけを相続人に分配するような遺言であれば、あまり高い判断能力は必要とされません。これに関しては、上に述べたような、遺言者の判断能力それ自体と、遺言の内容の難しさの相関的な関係性によって、当該遺言をした当時、遺言者が当時、遺言能力を有していたかどうかが判断されます。

遺言能力に疑義がありそうなときに、遺言者やその家族としては、遺言能力があったことを後々証明するためにどのような対応策がありうるのでしょうか。

ひとつは、公正証書遺言にしておくという対応策があります。公正証書遺言は、公証人が遺言者を面前に呼んで、言動や行動を確認していますから、遺言者に遺言能力があることの一応の担保になります。もっとも、公正証書遺言だからといって、必ず遺言能力が認められると言うわけではありません。

もうひとつは、遺言を書く前後に、医師の診察を受けて、認知症でないこと(認知症であるとしてもその程度)をカルテに残しておくことも考えられます。その際に、医師に積極的にお願いして改定長谷川式などの認知症検査を受けておくことも有用です。しかし、カルテは5〜10年くらいで廃棄されてしまいますから、診断を受けたら診断書を発行してもらい、カルテの写しを保存しておきましょう。

そして、一番の対策は、とにかく判断能力に疑義のないうちに遺言を書いておくことです。遺言は(遺言能力がある限り)いつでも何度でも書き直すことが可能です。65歳くらいになったら一度遺言を書いて、毎年見直しておくのが安心です。このようなことは、遺言者だけでなく、遺言者のお子様など親族の方も気をつけてみていただければと思います。

遺言は重要ですが、遺言能力がなければ遺言を残すことができません。遺言能力は、遺言者の判断能力の程度と、遺言の内容の難しさによって、その有無が決まってきます。ですから、できるだけ遺言能力に疑いがないうちに遺言を書いておくことをおすすめします。遺言をするときに高齢である、認知症の症状があるなど、遺言能力に疑いを抱かせるような事情がある場合には、医師の診察を受けて、遺言者のその時の状態を後で証明しておけるようにしておきましょう。遺言能力に疑いのないしっかりした遺言を書いて、相続が「争続」にならないように気をつけていただければと思います。

(記事は2021年5月1日時点の情報に基づいています)

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