9歳で祖父が亡くなり、初めて葬儀に出席しました。そのころ、大人は自分とは異なる存在と認識していて、いずれ自分が高齢者になって死ぬとは思っていませんでした。

最初に自らの死を意識したのは、大学の卒業旅行でインドに行ったときです。死が身近にあり、「いつか自分も死ぬ」と自然に思うようになりました。

強く意識するようになったのは、社会人2年目のとき。
日差しがまぶしい、初夏の午前中でした。当時、埼玉県で新聞記者をしていた私は、市長選に出馬する候補者の取材をしていました。その途中、マナーモードにしていた携帯電話が何度も震えます。話を聞き洩らしてはいけないので取材に集中していたのですが、あまりに着信とメールが多いので、「重大事件発生の緊急連絡かもしれない」と思い、携帯の画面に目を落としました。

確認すると、「田中君(仮名)が亡くなったらしいよ」という文字が飛び込んできました。共通の友人からでした。
「本当なのか、間違いじゃないのか」と取材中にも関わらずメールを返しました。友人は私と同い年。私はその前日に、メールで仕事の愚痴をやり取りしたばかりでした。時間をおかず、他の友人からも彼の死が知らせるメールが届きます。
その後の話は耳に入りませんでした。

翌日、火葬に立ち会うため、仕事を休んで新幹線で山形へ行きました。棺で眠る友人の姿を見て、人生が有限であること、そして自分の死を強く意識しました。初夏の匂いを感じると、「国会議員になって苦しむ人の力になりたい」と、安酒を手に熱く語っていた彼を思い出します。

今年も夏が近づいてきました。
相続の相談を日常的に受けるようになっても、思うことは変わりません。あのとき感じた死のイメージに、少しずつ近づいているような気がします。悔いのない日々を送りたいという思いが、年々強くなります。

「もっと話しておけばよかった」にならないために

以前の記事でも書いたように、私が死んだ後のことは妻とよく相談しています。そうはいっても、話しているのは財産の処理方法や、相談先の専門家のことが多いです。妻や子に伝えたいことや、葬祭の希望などについては、あまり話してきませんでした。良い機会なので、エンディングノートを書いてみることにしました。

購入したのは、『エンディングノート「もしもの時に役立つノート」』(コクヨ)です。
主な記載内容は、銀行口座、保険、クレジットカード、電子マネー、口座自動引き落とし、重要な連絡先、ペット、医療・介護、葬儀、相続、有価証券、不動産、借入金、年金など。自由に記述できるページもたくさんあります。どの商品も、亡くなった場合に使う情報を記載する欄があるでしょうから、必要に応じて欄を追加するとよいでしょう。

ノートを書く前に、家族と死後のことについて話してみることをお勧めします。相続の相談で、「突然亡くなったので何も準備していない」という声をよく聞きます。
銀行口座や不動産など、財産に関することは残された資料から調べられますが、故人の意思は遺言などが残されていなければわかりません。「もっと話しておけばよかった」という言葉を聞くと、私も少し悲しい気持ちになります。

自らの死について家族と話すことは、互いに感謝を伝える機会にもなるでしょう。
私も妻とじっくり話をしてみました。
妻は2人の子を育てながら、私の事務所を手伝ってくれています。私は新しいことにチャレンジするのが好きで、子ども食堂の運営を手伝ったり、ワイン店の経営を共同で行ったり、ラーメン店を出すための研究をしたりしています。そのたびに妻を振り回していて、妻は「またなの?」とほんの少しだけ嫌な顔をしますが、献身的に手伝ってくれます。
公私にわたって支えられることが多く、感謝しかありません。

気恥ずかしい思いもありましたが、改めて気持ちを伝えると妻も嬉しそうでした。もし私がもうすぐ死んだとしても、きっと妻は話したことを覚えていてくれるでしょう。
そう思うと、私も少し嬉しくなりました。

(記事は2020年6月1日現在の情報に基づきます)