「争続」防ぐ心づかい② 父の死後放置していた貸金庫の中にあったメモ
公認会計士、税理士、司法書士の資格を持つ筆者が、相続の現場で見聞きした事例から、解決策を探ります。筆者はある時、5年前に亡くなった男性が残した貸金庫を、子どもらと開ける場面に立ち会うことになりました。
公認会計士、税理士、司法書士の資格を持つ筆者が、相続の現場で見聞きした事例から、解決策を探ります。筆者はある時、5年前に亡くなった男性が残した貸金庫を、子どもらと開ける場面に立ち会うことになりました。
遺言は「家族への最後のメッセージ」と呼ばれることもあります。どのような関係でも、表現しなければ気持ちは伝わりません。家族のような近い距離では、相手への期待感を持ちやすいでしょう。期待が裏切られると、わだかまりが生まれることもあります。
家族間のトラブルは、気持ちのすれ違いを原因とすることも多いです。
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以前、このような依頼がありました。
「貸金庫の解約に立ち会ってほしい」
電話口の男性は焦った様子です。
亡くなった父親が契約していた貸金庫を解約したいと早口で主張します。
長男だという電話口の男性は45歳。
母親も3年前に亡くなり、ほかの相続人は3歳下の次男、4歳下の長女です。
状況を確認すると、被相続人である父親が死亡したのは5年前だといいます。
仕事が忙しく、手続きを放置してしまったそうです。
貸金庫以外の財産は約2000万円の預金があるだけで、財産を均等に分けることで話はまとまっているものの、長期間放置したことで互いに不信感が生まれていました。
きょうだいから非難されることが増えているそうです。
そのような状況でトラブルを防ぐため、何が入っているかわからない貸金庫を解約する際に立ち会ってほしい、というのが依頼の趣旨でした。
数日後、予定を合わせて貸金庫のある銀行に集まりました。
手続きを待っている間、きょうだいは長男を責めました。
長女は、子どもの学費を払ったところ預貯金が少なくなったそうです。
遺産分割の条件に不満はないものの、「兄が早く手続きをしないから生活が苦しくなった」と長男への不満を口にしました。
次男も、「兄のせいで金を受け取れていない」と怒った様子でした。
長男は反論することなく、じっとうつむいていました。
三十分ほど過ぎ会話もなくなったころ、銀行員が金庫の中身を持ってきました。
入っていたのは小さいセカンドバッグ。
中には、すでに把握していた口座の通帳が数冊あるだけで、新しい財産はありません。
解散しよう、という雰囲気が漂ったとき、バッグの横ポケットからメモ帳が見つかりました。
日々の雑多な内容を記録するために使っていたようです。
大半は会合の予定やテレビ番組の感想など、今となっては意味の薄いものです。
その中に一つだけ、目を引く記載がありました。
「知人は子どもたち同士の仲が悪く悩んでいる。ウチはそうでなくてよかったので、これからも仲良くしてほしい」。そんな内容でした。
これを目にしたきょうだいはお互いの態度を反省し、その後はスムーズに手続きを終えることができました。
この事例はフィクションです。
しかし、最後のメッセージは家族の心に強く響くはずです。
大切な人を亡くすと、残された人は自然に在りし日の姿を思い出す機会が訪れます。
表現しているつもりでも、本当の気持ちは相手に届かないものです。
思いが文章になっていれば、感謝や愛情を誤解なく伝えられるでしょう。
死ぬ前に準備ができていればいいのですが、急な病気や、事故に遭う可能性もあります。
人はいつ死ぬかわかりませんから、早いうちに準備をしたほうが良いでしょう。
遺言には法的拘束力のない「付言事項」を添えることができます。
付言事項は、法定事項以外の強制力を生じない部分です。家族に伝えたいメッセージや、葬儀に関する希望などを記載することができます。
気持ちを文章にしても、残された家族に読まれなければ意味がありません。
その点、遺言ならば目に触れる可能性は高いでしょう。
”争続”を起こさないためにも、付言事項も含めて、元気なうちに遺言の内容を検討してもよいと思います。
(記事は2020年2月1日時点の情報に基づいています)
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