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誰もがなりうる「認知症」が遺産相続に与える影響とは? 弁護士に聞く
団塊ジュニア世代が65歳以上の高齢者になる2040年には、認知症または軽度認知障害(MCI)の人の数が合計1200万人に達すると推計されています。遺産相続の関係者の中に認知症の人がいた場合、手続きがスムーズに行かなくなってしまうことがあります。誰もが認知症になりうる時代、遺産相続の問題に備えるにはどうすればいいのでしょうか。相続の事案を多数取り扱う日暮里中央法律会計事務所(東京都荒川区)の弁護士、三上貴規さんに話を伺いました。
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相続手続きが難しく、長引く事態に
――認知症または軽度認知障害の人は2040年には高齢者のおよそ3人に1人を占めると推計されています。現在も認知症が関係する相談は多いのでしょうか。
遺産相続の問題で、関係者の中に認知症の人が含まれているケースは多くあります。被相続人(遺産を残す人)が生前に認知症だったというケースだけでなく、相続人の中に認知症の方がいるというケースも少なくありません。
実際に認知症と診断されている人だけでなく、認知症の疑いがある人も含めると、認知症が関わってくる相談は非常に多くなっているという印象です。
――財産を残す人が認知症であった場合や認知症の疑いがある人であった場合、遺産相続の問題にどのような影響を与えるのでしょうか。
「認知症=意思能力がない=遺言能力がない」、ということには必ずしもなりません。しかし、認知症の程度によっては遺言能力がないと判断される可能性があります。生前は遺言書を作成するのが難しくなりますし、死後は遺言の有効性が争われる可能性があります。
遺言無効確認請求訴訟で遺言の有効性が問われて「遺言能力がなかった」と認定されれば遺言は無効となり、「ないもの」として取り扱われます。場合によってはそこから遺産分割をする必要も出てくるなど、かなり長期間の紛争となってしまうことになるのです。
認知症の人やその可能性のある人が遺言書を作成したいということであれば、死後に無効とされてしまうリスクをできる限り低くする方法を検討する必要があるでしょう。
――相続人の中に認知症の人や認知症の可能性のある人が含まれている場合、どのような問題が起こりうるのでしょうか。
相続人の中に認知症の人がいる場合には、遺産分割協議で遺産分割をする能力=意思能力があるのかが問題になるでしょう。意思能力がないような場合には、その相続人のために成年後見人の選任が必要となることがあります。
成年後見人を選任する手続きが必要か否かの判断や、選任の手続きなどに時間がかかってしまうこともあります。遺産分割協議が成立するまでに時間がかかると、その間に相続争いが根深いものとなってしまうことも少なくありません。
争われるリスクの少ない遺言書を残す方法
――被相続人に認知症の疑いがあって遺言書の正当性(効力)が問われた場合、遺言能力はどのような観点から判断されるのでしょうか。
遺言能力とは、有効に遺言をするための精神的な能力を言います。遺言能力があるかについては、医学的な判断を尊重しつつ、最終的には裁判所が法的な判断を行います。判断の要素としてはさまざまなものがありますが、遺言者の認知症の態様や程度が最も重要です。裁判例では、認知症の程度が中程度から重度である場合には遺言能力がないと判断したものが多くあります。
遺言書の内容も重要な判断要素の1つです。難しい内容の遺言書を作成してしまうと、その複雑な内容を理解するに足る程度の遺言能力はなかったと判断されるリスクが高まってしまいます。認知症の疑いがある場合には、できる限り自然でわかりやすい内容の遺言書を作成することが重要です。
最終的に、遺言能力の有無は、遺言者の認知症の程度や遺言書の内容などの要素を総合考慮して判断されます。
――認知症の可能性のある人が遺言書を作成する際は、どのような点に注意すべきでしょうか。
死後に遺言書の有効性が争われるリスクを下げるには、遺言書を作成するタイミングで医師の診断を受けておくことが重要です。その際は、長谷川式簡易知能評価スケールなどの検査を受けて点数を記録し、診断書に遺言書を作成できる状態であることを記載してもらえるとよいでしょう。遺言書を作成しているときの様子を動画で撮影するなどして証拠化する、といった方法もあります。
遺言書の内容をできる限りシンプルで合理的なものにしておくことも重要です。依頼者には、「なるべく相続人全員に公平な内容のほうがよいでしょう」とアドバイスしています。
――遺言能力の判断は実務上、難しいものなのでしょうか。
裁判で遺言能力が争われるケースでは、診療記録や介護認定の際の主治医意見書などを参照して、遺言書を作成した時点で遺言能力があったのかを判断します。医師の意見を聞く場合でも、目の前にいる人の診断をするわけではありません。結局、亡くなった人の記録を見たうえで遡っての判断となるので、医師としても判断は難しい点が多いと思います。
裁判所も、事後的な判断の難しさを考慮して、医師の意見だけを重視して遺言能力の有無を決めることはありません。遺言能力の有無について決定的な証拠がないことには、弁護士としても難しさを感じています。
生前に客観的な証拠を残すことが一番
――認知症と遺産相続の問題について、弁護士として感じることとは。
弁護士の立場としては「もっと早く、生前に対策してくれれば」と感じるケースは本当に多いです。
よくあるケースとしては、亡くなった人から「財産をあげる」と言われていたと主張するけれど、それに関する客観的な証拠が全くないというものがあります。こうしたケースでは相続人が「あげると言われたのに、なぜもらえないんだ」と主張して深刻な相続争いになることも少なくありません。
財産をあげるというやり取りがあるのなら、認知症になる前に遺言書を作成しておいたり、せめて何かしらの資料を残しておいたりすることが重要です。客観的な証拠が何も残っていなければ証明するのが難しくなるため、弁護士としてもともどかしさを感じてしまいます。
――遺言書などの客観的な証拠がない場合、どうなるのでしょうか。
客観的な証拠がない場合には、被相続人や相続人が作成した日記やメモ、介護施設での記録など、できる限りの証拠を集めて裁判所に提出します。ですが、客観的な証拠がないと、裁判では一蹴されてしまうことが多いというのが印象です。相続の分野では、すでに亡くなった人とのやり取りが問題となるため、客観性のない証拠を採用してもらうのはとても難しいと感じています。
これからの時代であれば、メールやラインなどのやり取りが客観的な記録として残されることも多くなるでしょう。ですが、いまの高齢者はそもそもあまりメールやラインを使わず電話や口頭でのやり取りが中心で、客観的な証拠が残っていないケースが多いのです。
自分の考える形で財産を残したいのであれば、認知症になる前に遺言書を作成しておくべきですし、遺言書とまではいかなくても、覚書でも契約書でも何かしら客観的な資料を意識的に残しておいてほしいと思います。
元気だからこそ、早めの相続対策が必要
――自分自身や子ども世代も含めて、どのような相続対策をしておくのがよいでしょうか。
何より重要なのは、判断能力が十分なうちから相続対策を始めることです。特に、財産が多い人は「自分はまだ大丈夫」と考えるのではなく、早めに遺言書を作成しておくのがよいでしょう。
相続対策をしないでいると、自分が亡くなった後に親族同士のもめ事が起こってしまう可能性があります。本人としても当然それは望まないと思いますので、早めの相続対策の重要性を認識していただく、あるいはそうした認識が社会に浸透していくというのが望ましいと思っています。
子ども世代としては、親に相続対策の重要性を認識してもらうことも重要です。子どもの言うことなら耳を傾ける、ということもあります。親が相続対策をしていないと結局、困るのは子ども世代になるので、親に対策の重要性を伝えておくのは自分のためにも必要なことと言えるでしょう。
――認知症は高齢者に限ったものではなく、若年性認知症の人も全国には3万5千人ほどいると言われています。自分の想定よりも早く意思能力の低下が進んでしまうような事態に備えて、どのような対策が必要でしょうか。
相続の問題は「まだ自分は元気だから」と先延ばしにしがちです。若い世代ならなおさらですが、相続は、「まだ元気だから」というのではなく、むしろ「元気だからこそ」対策しておかなければならない課題だと思います。
遺言書は、1度作成したとしても、後から撤回や変更ができます。早めに作成しておいて、気が変わったら変更することもできるので、特に財産が多いような場合はまず作成しておくのがよいでしょう。まずは「後で気が変わったら変更すればよいんだ」くらいの感覚から意識するようになってもらえればと思っています。
日暮里中央法律会計事務所
JR・京成電鉄・東京都交通局「日暮里駅」近くで開業。宅地建物取引士資格試験など不動産関係の国家資格試験に多数合格している代表の三上貴規弁護士のほか、公認会計士試験に合格した弁護士、四大監査法人出身の公認会計士兼税理士など、多様なバックグラウンドを持つ専門家が在籍している。遺産相続案件を多く取り扱い、株式評価や相続税申告についてもワンストップで対応。相続人の感情面にも配慮しながら、円滑・円満に相続問題を解決できるよう目指している。
(記事は2025年1月1日時点の情報に基づいています)
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