目次

  1. 1. 被相続人と認知症
  2. 2. 被相続人が遺言書作成時に認知症等であった場合の問題
    1. 2-1. 遺言能力
    2. 2-2. 遺言無効確認の訴え
  3. 3. 遺言書作成時に留意すべきこと
    1. 3-1. 元気なうちに遺言書を作成する
    2. 3-2. 希望に合った遺言の方式・種類を選択する
  4. 4. 相続人等が遺言執行時に認知症であった場合の問題
    1. 4-1. 遺産分割が発生しないように遺言書を作成する
    2. 4-2. 遺言執行者は専門家を指定しておく
    3. 4-3. 成年後見制度等の活用を検討する
  5. 5. 信託の活用

売買などの契約をするには判断能力(意思能力といいます)が必要です。認知症や加齢が原因となって必要な判断能力が認められない場合には、本当に本人の意思で契約がなされたのか否か問題となることがあります。例えば、被相続人の預金を生前に被相続人のカードで引き出された場合です。被相続人本人が自分の意思で引き出したものか、同居の親族が勝手に引き出したものか争いが発生します。相続に関しても同様に判断能力がないことによってトラブルが生じえます。遺言書の作成を前提とした認知症と相続トラブルという視点から関係者が認知症になってしまうとどういった問題があるか、その対処法を簡単にご紹介したいと思います。

15歳になると、遺言をすることができますが、遺言をする時には遺言をするのに必要な判断能力(遺言能力といいます)がなくてはなりません。この能力を欠如させうる典型の一つが認知症といえるでしょう。

成年被後見人による遺言書の作成は、判断能力が一時的に回復した時、医師2名の立ち合いの下でしなければならないなど厳格な手続が求められています。成年後見制度は、認知症等により判断能力が低下した方々を保護し、支援するための制度です。

重篤な認知症である場合、その方は遺言能力がない可能性が高く、認知症である方が有効な遺言書を作成することは難しくなります。

遺言無効確認の訴えは、遺言が無効であることの確認を求める裁判手続です。「遺言書作成時に被相続人は認知症であったので、遺言能力がなかった」というような争いは一つの典型例です。遺言が無効であると確認されれば、その遺言はなかったものとして扱われます。裁判となれば、遺言能力の有無については、諸般の要素を総合考慮して裁判所が判断します。しかも、遺言書は被相続人がご存命の間には遺言無効確認の訴えをしても却下されてしまいます。

遺言書作成時に作成者の認知症等が疑われるような状況では、相続人等が遺言書の存在を知っていたとしても、不安な日々を過ごさなければならなくなるかもしれません。

以上のような心配を残さないように、遺言能力がある時点で、遺言書を作成することが必要です。その時点は、可能であれば誰からの異論もなく遺言能力が認められる時点であることが望ましく、基本的には認知症が疑われる兆候を示す前、年齢的には若いほど安心でしょう。

遺言書作成に当たっては、遺言書を作成する時点での遺言能力の立証活動を想定した証拠となるものを準備しておくことが望ましいです。

遺言書の作成に当たっては、方式・種類がいくつかありますので、それぞれの性格について知って、選択したら、その選択に応じて必要な対処をしましょう。よく利用される遺言の方式・種類は、次の公正証書遺言と自筆証書遺言です。

2-① 公正証書遺言を作成する場合

遺言能力があることの立証を担保するために、公正証書遺言により遺言書を作成することは一つの対処法です。公正証書遺言であればあらゆるケースで当然に遺言作成時に遺言能力があったと認められるわけではありません。もっとも一般論として、公正証書遺言は、自筆証書遺言よりも遺言能力等の立証のための証拠として証明力は高く、次の「自筆証書遺言」に比べてこれが無効とされることは少ないと言えます。一方、公正証書遺言の作成は所定の費用、手間、時間がかかります。

2-② 自筆証書遺言を作成する場合

内容を変更する可能性が高く暫定的な遺言を作っておきたい、死期が近いので至急で簡易な内容の遺言を作成したいなどの各々の理由から、まずは自筆証書遺言を作成したいというニーズがあります。それ自体は否定されるべきものではありません。しかし、自筆証書遺言である場合には、公正証書遺言よりも無効とされる危険性が高く、必要に応じて不足を補うための対処が必要になります。認知症等を理由として遺言能力に疑いがあるのであれば、遺言書作成直前の医師の診断書(認知症の疑いがない旨の)を用意するなどが対処の一つとして考えられます。

また、さほど費用はかかりませんので、法務局による自筆証書遺言保管制度の利用も検討しましょう。

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相続人等が認知症等の理由により判断能力を欠くような場合にも相続トラブルが生じえます。遺言書を作成するにあたってはそのような相続トラブルを想定し、なるべく遺言執行時の問題が生じないように配慮しましょう。また、相続人等には必要な成年後見等の手続きを利用してもらいましょう。

遺産分割協議をするには、認知症の方を含む相続人等全員の合意を要します。認知症等の方の判断能力が低下していて当該合意をするのに不十分である場合には、成年後見等の手続きが必要となります。遺産分割調停・審判手続きを利用する場合も同様です。したがって、相続人等に認知症等の方がいる場合には、もともと長期化しがちな遺産分割協議や同調停・審判をさらに長期化させてしまう可能性があります。

一方、遺産分割を要しない場合には、遺産分割協議や同調停・審判の手続きに煩わされることが回避でき、より円滑に相続財産全部の帰属が確定して遺言執行手続きを進めることができます。専門家を関与させて遺言書を作成するのであれば、なるべく遺産分割が生じない形とすることはできないか一度は検討することが望ましいでしょう。

遺言執行者を誰にするか、何名とするか、どのような権限を定めるかといった事項はいろいろな考え方がありますので、相談した弁護士ともよく協議してください。ただ、遺言執行者が専門家であれば、相続人等が認知症等であって遺言執行手続きが困難となる場面があったとしても成年後見人選任手続きなど必要となる職務を淡々と遂行していくはずです。

なお、指定された者が死亡その他の理由により、遺言執行者に就任できない可能性もありますので、そのような可能性の低い弁護士を指定しておくことや複数の弁護士を指定しておくのが望ましいでしょう。

遺贈に対しては、受遺者に承認または放棄の選択権があります。受遺者がこれらに必要な判断能力を欠く場合には、その行使に当たっても成年後見等の手続きが必要となります。相続人による相続放棄の手続きも同様です。相続人等に認知症等の方がいる場合には、事前に成年後見制度等の活用を検討しておくことで相続トラブルが回避できる可能性が高まります。

相続との関係ではなくとも、判断能力が著しく低下した状態の方には、ご本人の財産等を守るためにも各種後見制度を利用することについて早期にご検討いただくことが必要です。また、そのような状態になる前からの備えとして任意後見契約やホームロイヤー契約など、超高齢社会に対応した法支援システムが整備されてきていますので、希望に合ったサービスを早くからご自身で検討することが望ましいでしょう。

ほかに、死後にかかわるご希望を実現するために民事信託契約を活用するという方法があります。民事信託は、被相続人の生前かつ判断能力のあるうちに、主要な財産の帰属先を決めておく機能があります。さらに、例えば、遺言では無効と解されているいわゆる後継ぎ遺贈(次の次の遺産の帰属先を決めておく)が可能となるなど、信託には民法上の遺言にはないメリットもあります。どのような方法をとるのが一番ご希望に沿う結果となるか、双方に詳しい弁護士から説明を聞いて判断なさるのが良いでしょう。

(記事は2021年10月1日時点の情報に基づいています)