目次

  1. 1.認知症の人が相続人になる問題点
    1. 1-1. 認知症の相続人がいると、遺産分割協議はできない
    2. 1-2. 勝手に代筆することは無効、罪に問われる恐れも
    3. 1-3. 認知症の相続人は相続放棄できない
  2. 2. 遺産分割協議を行うためには成年後見制度を利用するしかない
  3. 3. 成年後見制度には使いづらい面も
    1. 3-1. 後見人は親族以外が選ばれる可能性が高い
    2. 3-2. 後見人には報酬が発生する
    3. 3-3. ほかの相続人の意図通りになるとは限らない
  4. 4. 遺産分割協議せず「法定相続分で分ける」ことの問題点
    1. 4-1. 共有状態の不動産は売却や賃貸ができない
    2. 4-2. 一定額を超える預貯金は払戻できない
    3. 4-3. 相続税を抑える特例が利用できない
  5. 5. 認知症の家族がいるときの生前対策
    1. 5-1. 遺言書を作成する
    2. 5-2. 家族信託をする
    3. 5-3. 生前贈与をしておく
  6. 6. 亡くなった方が認知症だった場合の注意点
  7. 7. 相続人が認知症の場合に関して、よくある質問
  8. 8. まとめ 元気なうちに遺言の準備を

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お父さんが亡くなり、相続人はお母さんと子どもという場合、お母さんが認知症の診断を受けているというケースもあるでしょう。相続人に認知症の方がいる場合、相続手続きにどのような支障が起こりうるのでしょうか。

認知症の人が相続人になったケースを考えます

相続が起こると、亡くなった方の財産は凍結されます。原則として、銀行預金などは下ろせなくなり、不動産も処分できなくなります。

凍結解除は、遺産分割協議で「誰が相続するか」を確定させればできます。しかし、遺産分割協議は、相続人全員で合意する必要があります。

そのときに、相続人であるお母さんが認知症などで判断能力が低下していると、遺産分割協議に参加して意思表示することはできません。そのため、遺産分割協議ができないため遺産の凍結解除ができず、亡くなったお父さんの口座からお金を下ろせなくなってしまいます。お父さん名義の不動産についても賃貸も売却もできません。

認知症になった相続人がいるからといって、遺産分割協議書などへの署名をほかの相続人が代筆しても、無効です。私文書偽造の罪に問われる恐れもあり、絶対にやめましょう。

認知症となって判断能力が低下すると、法律行為ができなくなります。そのため認知症の相続人が相続放棄をすることはできません。他の相続人が本人に代わって相続放棄の申し立てをしようとしても、家庭裁判所から受理されません。

では、相続人に認知症の人がいると遺産分割協議は全くできなくなるのでしょうか?実は1つだけ方法があります。それが、成年後見制度を利用することです。

成年後見制度は、先ほどの例でいうと認知症になったお母さんの代わりに後見人が財産を管理する制度です。すでに認知症などで自身の財産管理が難しくなった方の代わりに後見人という役割の人を置き、後見人が財産管理や重要な契約などを行います。

預貯金は、原則として「成年被後見人 ○○△△、成年後見人 ●●■■」というように、後見人と被後見人の連名にして管理します。介護の契約や施設・病院との契約などの法律行為も後見人が本人の代理人となって行います。そして後見人が本人の代理人として参加することで遺産分割協議をすることができます。また相続放棄についても、後見人が手続きすることができます。

お父さんが亡くなる前から、お母さんの後見人が選任されている場合には相続発生後に後見人と遺産分割協議を行います。一方、お父さんの死後、遺産分割協議を進めるために、慌ててお母さんの後見人の選任を家庭裁判所に申し立てた場合、手続きには1~3カ月ほどかかってしまいます。相続税申告の期限は10カ月ですので、なるべく早く申立てをしたほうがいいでしょう。

成年後見制度も使いづらい点があります

まず、親族は後見人に選ばれず、専門家が選ばれてしまう可能性が高いことです。

成年後見人を誰にするかの決定権は、家庭裁判所が持っています。ここ数年間の傾向では、成年後見人の属性で、親族の割合は下がり、弁護士や司法書士といった専門家などの割合が増えています。

裁判所が毎年出している「成年後見関係事件の概況」によると、令和4年の実績では、親族が後見人に選ばれた割合は19.1%、親族以外が選ばれた割合は80.9%でした。前年の令和3年は親族が選ばれた割合は19.8%だったので、親族の割合は下がっています。この点は、親族が申立てを行う件数が減っていること、候補者として親族を記載していない申立てが多いことも影響しています。いずれにしても、誰が後見人に選ばれるかは申立てをしてみないと分かりません。

後見人に専門家が選ばれた場合、先ほどの例でいうとお母さんの財産管理は後見人が行い、またお母さんの介護に関する決定(どこの施設に入れるか)などについても専門家の後見人と話し合って決めていくことになります。

ただ、後見人に親族が絶対になれないわけではありません。可能性は低いかもしれませんが、専門家の中には家族が後見人に選ばれるように、申し立ての仕方などを一緒に考えてくれる人もいます。

成年後見制度が使いづらい点のもう一つは、専門家が後見人になると報酬が発生することです。目安は最低月2万円、財産額によっては月5~6万円になることもあります。後見制度は原則として途中で止めることができないので、認知症のお母さんが亡くなるまで後見人が就き、報酬も発生します。

認知症のお母さんに後見人をつけることで遺産分割協議ができますが、子どもの意図通りになるとは限りません。後見人の使命は「お母さんの財産を守ること」です。後見人として法定相続分を死守します。

「お母さんは既に十分な財産を持っているから、子どもが多くもらう」や「子どもがお母さんの面倒を見ていくから、子どもが多くもらう」などの理由で、子どもの取り分を多くし、お母さんの取り分を法定相続分よりも少なくする内容の遺産分割協議を子ども側が希望しても、後見人が認めるのは難しいでしょう。

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遺産の分け方の目安である「法定相続分」どおりに遺産分割を行う場合、不動産の相続登記などの相続手続きを行う際に、遺産分割協議書を提出する必要はありません。従って、認知症の相続人がいても、法定相続分で分ければ問題ないようにみえますが、実際には多くの問題があります。

不動産については「法定相続分」に分ける旨の登記は相続人の1人からすることができます。この場合には遺産分割協議もなく後見制度を利用せずに進めることも可能です。ただし、相続した後のことを考えるとあまり意味がない手段です。

「法定相続分で登記する」ということは、不動産が子どもと認知症の母親との共有状態となります。共有状態の不動産は共有者全員が合意しないと動かすことができないため、売却や賃貸に出せません。そのため、結局は認知症のお母さんに後見人をつけることが必要になってきます。

また、預貯金については預貯金については、遺産分割協議ができなければ、「自分の法定相続分だけを請求する」ことはできません。

なお、「150万円」または「当該銀行にある預貯金額×3分の1×法定相続分」のどちらか少ない額まであれば、払戻しできます。これは、「預貯金の仮払い制度」と呼ばれ、葬儀費用などの負担を軽減することを目的としています。

「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額の軽減」といった相続税を抑える特例も、遺産分割協議ができなければ利用できません。

前述の通り、相続人の1人が認知症などにより判断能力が無い場合は、遺産分割協議をすることができません。長寿化が進む中、お父さんの相続で、お母さんが認知症の診断を受けているというケースは今後増えると思います。相続発生後のトラブルを回避するため、お父さんが生前にできる対策を解説します。

対策の1つは、お父さんが生前に「遺言」を作っておくことです。遺言で「誰に何を相続させるか」を決めていれば、遺産分割協議をせずとも不動産や預貯金について、凍結を解除し相続手続きをすることができます。

【関連】遺言書作成を司法書士に依頼するメリット 費用、完成までの流れ、司法書士の選び方も解説

お父さんと子どもが家族信託をしておき、承継先を定めておくことでも、同様に遺産分割協議を回避することができます。父親の死後、子どもは事前にした契約通り、信託財産を管理、運用、処分できます。

【関連】家族信託とは? 仕組みやメリット・デメリットを司法書士がわかりやすく解説

不動産や預貯金などの財産を生前贈与するのはひとつの方法です。しかし、控除額以上の贈与は贈与税がかかるので注意しましょう。

最後に、亡くなった方が認知症などの診断をうけていた場合の注意点も解説します。

父親の遺言が残っており、財産の大半を長男に相続させる、という内容だったとします。

財産をもらえなかった次男が納得いかない場合に、「父は遺言を作成する時には、認知症と診断されていて、遺言を作成する判断能力がなかった。よって、その遺言は無効である」という主張をしてくるかもしれません。

遺言が無効になってしまうと、相続人全員で遺産分割協議が必要です。合意できなければ裁判所での調停に進み、泥沼化していく危険性があります。

そのため、「遺言を作るときも元気なときに」がキーワードになります。「高齢になってきた」「物忘れが出てきた」といったときに遺言を作る場合は、公証役場を利用したり、遺言などを作る意思能力があることを証明する診断書を医師からもらったりしておけば、安心材料が増えます。

遺言が効力を生じるのは、本人が亡くなった後なので、トラブルになると相続人が立証していかなければいけません。そのため遺言作成時には注意が必要なのです。

また、成年後見制度を利用している人でも、判断能力が回復し、医師2人以上の立会いがあれば遺言を作ることができます。

Q. 認知症と診断された相続人は、遺産分割協議への参加は不可能ですか?

相続人が認知症と診断されていても、判断能力が無いかどうかは必ずしも一致しません。認知症は軽度なものから重度なものまで、濃淡があります。認知症と診断されていても、レベルが軽度で、自身で遺産分割協議に参加する能力があるのであれば、有効な遺産分割協議ができます。後見人の利用も不要です。

その判断は、相続手続きに関わる金融機関や司法書士などが行います。この時、医者から判断能力がある旨の診断書をもらっておくと、スムーズに進みやすくなります。

Q.認知症の相続人の特別代理人とは何ですか?

認知症の方の成年後見人を務めている人が、同じ相続人の立場になった場合は利益相反となるため、遺産分割協議についてだけ特別代理人が選任されます。

たとえば認知症の母の後見人を長男がしていた場合、父が亡くなると、長男と母親ともに相続人になります。この場合、母親の代理人である長男が母親の利益を考慮せず、自分に有利な協議内容とすることも可能となってしまうため、特別代理人を選任する必要があります。

なお、特別代理人も弁護士や司法書士が家庭裁判所によって選任される場合が多いです。遺産分割協議のためだけの代理人のため、報酬の支払いが一度で済みます。

Q.認知症の相続人がいるときにどの専門家に相談すればよいですか?

生前対策として、遺言書を作成するのであれば、司法書士や弁護士、行政書士に依頼することができます。また成年後見人についても、司法書士や弁護士に相談するとよいでしょう。相続人同士で法律上のトラブルが発生しそうな場合、相談先は弁護士です。相続税の申告が必要であれば税理士にも相談しましょう。

近年は「とりあえず遺言」をおすすめしています。遺言があることで、残された相続人は遺産分割協議をせずに、相続手続きを進めることができるからです。考えが変わったときには、変更すればいいだけ。だから「とりあえず遺言」と呼んでいます。特に子どもに自分やパートナーの面倒をみてもらうことを考えている場合には、子どもが面倒をみやすいような状況にできるよう準備しておきましょう。

(記事は2023年6月1日現在の情報に基づいています)

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