目次

  1. 1. 「3つの見える化」とは?
    1. 1-1. 財産の見える化
    2. 1-2. 財産管理の見える化
    3. 1-3. 資産承継の見える化
    4. 1-4. 財産の棚卸しを
  2. 2. 思いの見える化も重要
    1. 2-1. トラブルは生前贈与で起こりがち
    2. 2-2. 遺産の分配は家族円満に
  3. 3. 充実した人生を送るための「3つのコミュニケーション」
    1. 3-1. 家族とのコミュニケーション
    2. 3-2. 近隣とのコミュニケーションとは
    3. 3-3. 専門家とのコミュニケーションとは

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相続と一口に言っても、相続税の申告や遺言の作成など、その手続きは多岐にわたります。そんな相続を取り扱う研究所はいったい、どんな活動をされているのでしょうか。私の問いに、小谷さんは、こう教えてくれました。
「三菱UFJ信託銀行では、資産管理・資産承継など相続に関する相談を年間、約2000件ほど受けています。これまで培った知見を元に、『高齢社会における資産管理』、『次世代への円滑な資産承継』という社会的課題の解決に向け、2020年の2月に発足した組織です」
研究所と言っても、学問として追究していくわけではありません。これまで相続に携わる実務で得たノウハウをもとに調査研究をしているのだそうです。
「相続に関する不安解消のニーズ・方法などに関する調査研究と、その結果を踏まえた商品開発に取り組んでいます。また、アンケートなど、調査研究レポートを公表するとともに、シンポジウムやセミナーの開催、書籍発刊などを通じ、実践的な情報提供を中立的な立場で広く行っています」
そんな小谷さんは、2020年3月に『教科書には書いていない相続のイロハ』という書籍を執筆しました。著書の中で強調している大切なことの一つが「3つの見える化」です。うちわけは、「財産の見える化」と「財産管理の見える化」、そして最後に「資産承継の見える化」です。わかりやすく言うと、次の三つになります。

どんな財産をどこに保有しているかを明確にしましょう。そのために、まず自分の財産を整理し、使用していない口座は解約し、不要なキャッシュカードや古い保険証券などは処分し、財産の断捨離を行います。最終的に自分が財産をコントロールしやすくすることで、周囲にもわかりやすくなります。

万一、認知症になった場合、第三者に資金の管理を任せる必要が出てきます。後見人や代理人など、本人以外が財産を管理するようになった場合、親族と揉め事を起こさないためにも、関係者全員がお金の動きを把握できるようにしておくことが大切です。

自分が「誰に」「何を」「どうしたいのか」を明確にします。たとえば、苦労して手に入れた自宅は、売らずに同居している長男に残したい、次男には預貯金を譲る、といった自分の“思い”を明文化し、意思をはっきりとさせます。なぜ継承したいのかが明確になると、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。

小谷さんは、こう強調しました。「財産を明確化するだけではなく、自分が相続に関してどのような考え方をしているか、家族に対して抱いている思いや希望をなども見える化することが大切です。高齢化とともに、認知、身体共に機能が低下していきます。いざ手続きをしようとして、『通帳はどこだ?』『判子は?』というケースも少なくありません。その前に自分の財産の棚卸しをしておくことが重要。自分しか知らないこと、わからないことを明確にすることが目的です」

長年かけて多くの相続に携わってきたからこそ小谷さんの言葉には説得力があります。しかし、その一方で気になるのが、「見える化」を怠った際に発生するかもしれないトラブルです。小谷さんによると、よくあるトラブルが生前贈与に関するもの。きょうだい同士は、お互いに親から受けた資金援助のことはしっかり覚えていることも多く、相続時には、こんな会話が始まることもあるのです。
「兄は家を購入するときに資金援助を受けた」
「弟は学生時代に車を買ってもらった」
「妹は4年間も留学させてもらった」
などなど。
「皆さん、昔のことでもよく覚えているんです。そこで不平等感が生まれて揉め事が起こる。相続時に法定相続分に基づいて分けるにせよ、差をつけるにせよ、『なぜ、誰に、それを渡したいのか』という思いをはっきりさせないと、トラブルに至らずとも、残された家族のモヤモヤとした気持ちが残ってしまうのです」と小谷さんは話します。資産に関する「見える化」が大事な一方、子どもたちに遺産を遺す際には、その結論に至った「思い」も見える化することが大切です。

いったん始まると、解決がなかなか難しいのが相続トラブルの特徴です。遺産分割の配分が遺言で示されていたとしても、「不平等」と感じた相続人が、最低限の遺産を取得できる割合として位置づけられる「遺留分」を求めることができます。この権利が「遺留分侵害額請求権」です。しかし、この権利は諸刃の剣でもあります。小谷さんは、こう指摘します。「遺留分侵害額請求権の行使は、多くの場合、相続人の間に大きなしこりが残ります」。遺言で親が遺した意思に反発する形になるので、どうしても、ぎくしゃくしてしまうのかもしれません。

こういった事態を未然に防ぐよう、被相続人になる人から相談を受ける時、小谷さんは「財産を渡すことが目的ですか? 家族が仲良くするのが目的ですか?」と聴くのだそうです。もちろん、ほとんどの方が「家族が仲良くするのが目的です」と答えます。このスタート地点に立てば、おのずと大切なことが決まります。被相続人は原則として、遺言書で自分の好きなように遺産を分配できますが、誰もが納得できる内容にすることも大切なのです。

長寿時代に充実した生活を送るのに大切なこととして、小谷さんは「3つのコミュニケーション」を提唱しています。(写真撮影用にマスクを外してもらいました)
長寿時代に充実した生活を送るのに大切なこととして、小谷さんは「3つのコミュニケーション」を提唱しています。(写真撮影用にマスクを外してもらいました)

長寿時代で大切なこととして、小谷さんは「加齢との共生」を挙げます。つまり、「加齢とうまく付き合うこと」です。そのためのポイントに「家族とのコミュニケーション」「地域コミュニティを活用したコミュニケーション」「専門家とのコミュニケーション」という「3つのコミュニケーション」を提唱しています。3つを守ることで、相続でのトラブルの芽を摘むことにもつながります。

まずは、家族とのコミュニケーションについて。地方都市から大都市に出て就職するなど、家族が離れて暮らすほど、お互いの状況はわかりにくくなっていきます。さらに、離れて暮らす子どもがいる一方で、親と同居する子どももいる場合、きょうだい間で持っている親の情報に差が生じます。さらに、きょうだい間の相続になると、親子より関係性が疎遠になりやすく、しかも双方が高齢。そうなると、さらに情報が共有しにくくなります。
「私の経験でも、家族間のコミュニケーションが少ない家族ほど、相続でトラブルが生じやすくなります。また、子どもの側としても、密なコミュニケーションを取っておくと、親の変化にいち早く気がついて、素早い対処が可能になります」と小谷さんは指摘します。

家族とのコミュニケーション同様に大事なのが、近隣の人とのコミュニケーションです。昔は町内会や互助会など、地域における交流が盛んでしたが、現在では地域コミュニティがかつてほど機能していません。「そこで頼りになるのが、地域のケアマネジャーです」(小谷さん)。しかし、親世代は自分の老いを認めたくなかったり、子どもに弱みを見せたくなかったりと、なかなか自分からアプローチしにくいもの。その打開策として小谷さんがおすすめするのが、子どもから提案する方法です。「子どもから『こんな便利なサービスがあるよ』とアドバイスしてあげると、スムーズに話が進むでしょう。本人も周囲も楽になるような選択が理想です」

最後に「専門家とのコミュニケーション」です。
専門家とは、かかりつけ医や介護職、さらに相続に関してサポートが得られる司法書士や金融機関のスペシャリストを指します。「子どもがアドバイスしても、親が納得しないこともあります。またその逆もあるので、何かを決めるときは、できれば親子同席して専門家から説明を受けるようにするといいでしょう」と話す小谷さん。ご自身の経験も交えながら、大切さを教えてくれました。「私の場合は、きれい好きな母が風呂掃除を怠っていたことで、体の機能低下に気が付きました。そこで掃除サービスを受けることにしました。最初は難色を示していた母も、便利だということがわかると喜んでくれました。誰しも年齢とともに、さまざまな機能が低下していくことは避けられません。いざというときに慌てないためにも、自分しかわからないことは、『3つの見える化』と『3つのコミュニケーション』で、明確にしておくことが大切です。自分も周囲も幸せになれる継承こそが家族への最高の贈り物です」

次回は「親から見た相続と子どもから見た相続」。「三つの見える化」にスムーズに取り組む方法をお届けします。

(記事は2021年7月1日時点の情報に基づいています)

小谷 亨一さんの プロフィール

(こたに こういち) MUFG相続研究所所長。三菱UFJ信託銀行トラストファイナンシャルプランナー。1級ファイナンシャル・プランニング技能士、宅地建物取引士。2012年にリテール受託業務部部長に就任し、遺言の企画・審査・執行業務などに従事。現在、相続・不動産のエキスパートとしてセミナー講師を務める傍らメディアでも活躍。

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