死ぬまで捨てるもんか!

みうらさんは2019年2月、新聞連載をまとめた『マイ遺品セレクション』を出版しました。これまでに収集してきた品々を「マイ遺品」と定義し、「『死ぬまで捨てるもんか!』と強い意志を持って収集し続けているモノ」と宣言しています。なぜ「遺品」という言葉にたどりついたのか、話を聞いていくと、みうらさんが人生を通じて大切にしてきた価値観が見えてきました。

Q タイトルの「遺品」という言葉は、「死」を連想させるため、世間ではネガティブに受けとられてしまいがちな言葉だと思います。どういう考えから、このタイトルにしたのですか。

A  あくまで僕のコレクションのこと。「マイ」遺品というネーミングで呼ぶことにしただけです。

「マイ遺品という言葉だと、自分は捨てずにすむな」と思ったんですよね。僕は自分のものを基本的に捨てたりはしないんです。でも遺品だけは、自分が死んだ後に、親族が整理するじゃないですか。僕の集めているものって、本当に価値のないものばかりだから、骨董品とかを鑑定するテレビ番組とかに出して値がつくものは一切ないんですよ。

いってみれば「マイ遺品」という造語を作って「これ遺品になるんだから」と言って、ごまかすやり口なんですよ。まわりから「また、こんなもの買ってきて」と言われるのを、「いや、これマイ遺品だから」って堂々と言えるようにね(笑)。家族に「また、しょーもないもの買ってきて」と言われたオジサンが、口をとがらせて「マイ遺品だもん」とかわいい振りを見せる効果もあるんじゃないかと。

でもね、そのマイ遺品がどういう意味があるのかということも、一応説明しておかないといけない。遺品のトリセツですね。燃やされたり、捨てられたりする宿命でしょうが、そこは、せめてもの抵抗として「こういうことで、集めていたんだよ」と説明を加えておこうと。

インタビューにこたえる、みうらじゅんさん。(撮影:伊ケ崎忍)
インタビューにこたえる、みうらじゅんさん。(撮影:伊ケ崎忍)

コレクションの始まりは小1の「怪獣スクラップブック」

Q みうらさんは「マイブーム」という言葉の生みの親として知られています。個性的なコレクションで知られ、そのうちの一部は『マイ遺品セレクション』でも取り上げています。そもそも、いつから収集を始めたのですか。

A 最初は、小学校1年から始めた怪獣のスクラップですね。一人っ子だったということも大きいと思うんですが、両親はずっと僕の味方でね。

だけど、小学生の頃、親の「これ、もういらんやろ」という軽い一言に、魔が差してのってしまったことが何度かあったんですよ。後悔しました。そこで、作品として成立させれば、そのモノが捨てられることはないだろう、って思ったんですね。切り貼りしてスクラップにして世界でたった一つの本にすれば、親は捨てにくいんでしょう。

ただ単に、雑誌とかプロモデルの箱を残していても、捨てられる危険度はかなり高いですからね。
当時は6歳。それから58年間、いかにすればモノは残るかばっかり考えて生きてきました。趣味じゃなく遺すことを意識してやってきたんです。「ミセゼン」、見せる前提でやってきたもんで。これは趣味じゃなく仕事意識でした。

みうらじゅんさんが子どもの頃に制作した「怪獣スクラップブック」。(本人提供)
みうらじゅんさんが子どもの頃に制作した「怪獣スクラップブック」。(本人提供)

Q 自分のため、というよりも、コレクションを見る周囲の目を意識されてきたというのは興味深いです。

A 僕、小さい頃から、日記を書いていたんですけどね。中学のあるとき、母親がこっそり日記を読んでいることが分かったんですよね。日記を隠していた位置が違っていたから分かってね。だったら、喜ばせてやろうと考えた。中学の時は本当にモテなくて、お袋が心配していたから、たまに日記の終わりに「彼女と映画を見に行く」なんてうそを書いたんですよ(笑)。以降、母親はあまり「彼女はできた?」とか聞かなくなったんですね。これで一人の読者を喜ばせることができたと思って。

みうらじゅんさんが集めてきた「ワニ」の数々。(本人提供)
みうらじゅんさんが集めてきた「ワニ」の数々。(本人提供)

還暦を迎えて、目指すのは「寅さん」

Q みうらさんは『マイ遺品セレクション』のもとになった新聞連載中に還暦を迎えられました。年を重ねて、モノの見方は変わってきましたか。

A 寅さんみたいに「仕方ないわね、あの人」って。周りも半ばあきれて、諦めてもらうことがやりたいんです。根が真面目なもんで、そこは頑張って不真面目にならなきゃと思ってます。やっぱり、真面目でだけいると「どうすんの?」ってまわりも思いますからね。でも、僕は最近、あまり「どうすんですか?」とは聞かれなくなりました。
ということは、すでに、車寅次郎化が始まっているんじゃないかと思いますね。「この人は本当、バカだな」というのは、年をとってからのほうが迫力が出ますからね。

本当は僕の「マイ遺品」は、死んだら一瞬にして全部捨ててもらっても構わない。だけど、生きているうちは遺さないと。それこそこれがライフワークですから。デッドワークなんてないですからね(笑)。死ぬ前提でモノを集める。その矛盾がいいんですよね。

インタビューに応えるみうらじゅんさん。(撮影:伊ケ崎忍)

人が決めた価値観には興味がなかった

Q 相続や終活の重要性は分かっているんですが、お金のことばかりが強調されてしまうと、ちょっと息苦しさも覚えてしまいますね。

A 僕は小さい頃からあまり「価値があるモノ」に興味がなかったんです。人の決めた価値観に興味がないと言ってもいい。お金の評価とか、人が決めた価値で生きていると、いずれ価値のない世界に自分が置かれた時、大変困ると思うんですよね。
ほら、年をとって「趣味がなくて困っています」という人っているでしょ。それは元々、価値のないモノを見つける癖がない人でね。集めても価値がないから捨てる、というのは、あまりにもモノがかわいそうですよ。価値判断の自己基準は、たくさんあったほうが楽しいですよ。

小学校の時、デパートの催事で、放浪しながら行く先々で仏像を彫って去っていった江戸時代の仏師・円空の企画展を見たことがあるんですよ。お寺の軒下に捨てられたものが、再評価されて急に価値が出るようになりましたけど。そういうのを見ていたからかな。

ブームとか価値とかも、急に上がったり下がったりして騒がれたり、忘れられたりするんだから、人が決めた価値なんかいい加減なもんだな、って思っています。それよりも、「自分がグッときたもの」を信用したい。多くの人は「これはウン百万円の壺です!」って鑑定されたら大喜びするけど、「500円」と言われたら途端にがっかりする。
でもいいじゃないですか、そんなこと。自分が好きで買ったんだから。そこじゃないでしょ。まずは「マイ価値判断」を持つことです。それは、グッときたかこないか、だけなんだけどね。

みうらじゅんさんが収集した「海女さん」人形の数々。(本人提供)
みうらじゅんさんが収集した「海女さん」人形の数々。(本人提供)

(後編もあわせてお読みください。)

(記事は2020年9月1日現在の情報に基づきます)

みうらじゅんプロフィール
1958年生まれ、京都府出身。イラストレーター、小説家、コラムニストなど幅広く活躍。97年「マイブーム」で新語・流行語大賞を受賞。著作は『色即ぜねれいしょん』(光文社)『マイ仏教』(新潮社)など多数。『マイ遺品セレクション』(文藝春秋)は2019年に発売された。