亡き父親名義の家屋と認知症の母親名義の土地 子が売却する方法とは
相続にまつわる相談に弁護士が応じる「相続相談室」。今回の悩みは、認知症と診断された母親が入院中に父親が急死し、無人になった一軒家の実家は土地が母親、家屋が父親の名義だったことがわかった池澤さん(仮名)の話です。弁護士法人アクロピースの佐々木一夫弁護士がアドバイスします。
相続にまつわる相談に弁護士が応じる「相続相談室」。今回の悩みは、認知症と診断された母親が入院中に父親が急死し、無人になった一軒家の実家は土地が母親、家屋が父親の名義だったことがわかった池澤さん(仮名)の話です。弁護士法人アクロピースの佐々木一夫弁護士がアドバイスします。
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実家の土地と家屋の相続についてご相談いただきました。池澤さんは、東京都在住の54歳独身女性。熊本県にご両親の住む実家がありますが、先日、その家が無人になりました。理由は84歳の父親の急死。半年前に82歳の母親が熱中症で倒れて入院し、そのままひとり暮らしをしていたのですが、ある日、自宅で息絶えていたそうです。
「コロナ禍で周囲の目もあり、1年近く実家に帰省することができませんでした。母にも倒れた時から今まで一度も会えていません。父親は元気にしていたので、まさか急に亡くなってしまうとは思いもよらず、相続に関して何の話し合いもできていませんでした」
また、誰とも面会することが許されぬまま長引く入院で、母親は認知症を発症。電話で話してもぼんやりとした回答しか得られなくなっていきました。診断はレビー小体型認知症と老人性鬱。近日中に老人施設に転出することが決まっており、今後、実家で暮らせる見込みはありません。
実家の名義は当然、父親だろうと思っていた池澤さんが、何とか探し出した登記権利証を見ると、驚いたことに、土地は母親の名義、家屋は父親の名義になっていました。土地は母が若い頃に祖父から贈与されたものだったのです。結婚後、家を建て、建物のみ父親名義としたようです。
池澤さんには現在、2つの悩みがあります。1つ目は家屋の名義のことです。
「幸いにして子ひとりなので、将来、土地と家屋を相続するのは私だけなのですが、現在の状況で、家屋の名義を母親と私のどちらに変更すればいいのか迷っています。」
もうひとつの悩みは、空き家になってしまった実家の維持について。将来的には独身で子どももいない池澤さんが、土地と家屋のどちらも相続することになりますが、現在は土地が認知症と診断された母親の名義になっている以上、売却を検討することもできません。
「約100坪の広い土地と古い一軒家なので、維持管理にかかる手間と費用が軽視できないレベルなのです。私自身は東京で仕事をしていることもあり、実家に戻って生活することは現実的ではありません。母が戻ることもない実家をいつまで費用をかけて維持し続けなければならないのか、処分できる方法はないのか、税金はどうなるのかと悩んでいます」
できれば土地も自分の名義にして実家の売却を検討したいという池澤さん。何か良い方法はないのでしょうか。
池澤さんのように、両親所有の住居の土地と家屋の所有者が異なっているのはよくあることです。ご希望は、最終的には熊本の土地も家屋も売却等の処分をしてしまいたいということですね。
その希望を実現するためには、土地と家屋の双方を処分する権限を取得する必要があります。どのようにしていけば良いかを検討してみましょう。
状況を整理してみましょう。本件では家屋は父所有、土地は母所有です。しかし、父はすでに亡くなっていますので、父が所有していた家屋は母と池澤さんに法定相続分2分の1ずつ相続されています。ということは、土地はすべて母所有、家屋は母と池澤さんの2分の1ずつの共有状態になっているということです。
ただし、家屋の相続については遺産分割協議がまだですから、遺産分割協議を行えば家屋については母の所有とすることも、池澤さんの所有とすることもできる状態です。また、母は認知症の状態ですから、母の代わりに土地や家屋の処分を行えるようにしなくてはなりません。
結論から言うと、すべきことは成年後見人の選任と遺産分割協議、そして具体的な売却に対する家庭裁判所の許可を得ることになります。
認知症の母は、その程度にもよりますが、おそらく土地や家屋の処分について判断できる状態ではないでしょう。こういった場合には、母の代わりに土地家屋の処分について判断をしてくれる人、すなわち成年後見人をつけてくれるように家庭裁判所に申し出ることができます。
成年後見人には池澤さん自身がなることもできますが、決定するのは家庭裁判所なので、判断次第では、司法書士や弁護士などの専門家が選任される場合もあります。誰を成年後見人にするかは、母の財産の多さや、紛争状態にあるかどうかによって判断されます。現金、預金などの流動資産が多い場合には、専門家を後見人として選任される可能性が高くなります。
今回は、仮に専門家が成年後見人に選任されたとしておきましょう。成年後見人が選任されたら、自宅を売却したいことの説明をして了解を取り付ける必要があります。よく説明して、自宅売却の必要性を納得してもらいましょう。
成年後見人が納得したら自宅を売却することが可能になります。まず、家屋は父の遺産ですから、母と池澤さんで遺産分割協議を行えば、家屋を母に相続させることも、池澤さんに相続させることも可能です。
しかし、自宅を売却するに当たって、家屋の名義を母にするのか池澤さんにするのか、はたまた2人の共有にするのかは、少し考える必要があります。なぜなら、この問題には手間と税金の問題が関わってくるからです。今回のケースでは、2つの税金が予想されます。ひとつは家屋の相続税、もうひとつは自宅を売却した所得に対してかかる譲渡所得税です。
遺産分割をする場合、父の遺産の相続税という観点からは、配偶者である母が相続する場合、1億6000万円までは非課税という多額の控除が認められますので、相続税がかからない可能性が増えます。また、自宅を売却した時の不動産譲渡所得税の観点から言えば、譲渡所得が3000万円までの控除が認められますので、税金の免除または軽減が期待できます。
上記からすると、家屋の名義をどちらかに寄せるのであれば、母が単独で相続する方がメリットを受けられる可能性が増すことになります。
ただし、遺産分割協議を行う場合、その分の手間が増えますし、そもそも父の遺産の総額や譲渡所得が大きくならない場合には、税金がかからないこともあり得ます。こういった、税務上のメリットについては税理士へ事前相談を行うべきでしょう。
今回は遺産分割協議を行い、家屋は母名義にしたとして先に進みます。
成年後見人の選任と遺産分割協議によって、土地も家屋も母名義になりましたので、今後は土地と家屋を売却することが可能です。このタイミングで売却先を探しにかかることになるでしょう。
ただし、この土地と家屋は、将来お母さんが施設から帰って来ないとも限らない重要な土地と家屋ですから、成年後見人といえども家庭裁判所の許可を得ておかなくては売却することができません。
そこで、母が家に帰ってくる可能性が小さいことや、その他の事情を家庭裁判所に説明して売却の許可を得ましょう。成年後見人が家庭裁判所に申し出て許可を得ることになりますので、池澤さんとしては、後見人に対して売却許可を得てもらうようにお願いをしておけば良いでしょう。
認知症の親の自宅を売却するとなると、上記のようにかなり大変なステップを踏むことになります。両親が認知症になったり施設に入るなどの場合に備えて、親が元気なうち、子供が自宅の処分等を簡単にできる準備をしておくことはできないでしょうか。
それにはいくつか方法が考えられますが、良さそうなのは、家族信託契約か任意後見契約をあらかじめ締結しておくことではないかと思います。
家族信託とは、親の財産の名義を子供に変えてしまい、その上で家に住み続ける権利は親が持ち続けることができるようにする契約です。この方法が良い点は、子供に不動産をどこまで残すのかについて、柔軟に契約の中に組み入れることが可能なところです。きちんと設計しさえすれば、認知症になったり施設に入った際には、子供が不動産の売却まで行うことが可能です。
また、家族信託によって不動産の名義が子供に移ってしまっても、不動産から利益を受ける人は親のままになっていることから、贈与税は課税されません。ただし、親の財産に関し包括的な財産管理権を得るわけではないので、事前に予想して契約に盛り込んだことしかできないというのがデメリットと言えます。
任意後見契約とは、あらかじめ親が元気なうちに、もしも認知症になってしまった時のために結んでおく契約のことです。認知症になった場合には、契約の際に指定した人が後見人に就任できます。指定する後見人は、一般的には子供が多いと思います。
任意後見契約は、認知症の親の財産を子供が管理・売却等できるという点では家族信託と同じですが、より包括的に親の財産全てを管理することが可能になります。ただ、その分、家庭裁判所や後見監督人への財産管理報告をしなければならないことや、行為の種類によっては家庭裁判所の許可が必要なことなど、事務処理が煩雑な点がデメリットといえます。
どちらの手段もそれなりに複雑な契約ですし、契約をしたら登記をしなければなりません。どちらの手段を選ぶか、また具体的な契約の方法は、弁護士などの専門家に相談されるのが良いでしょう。
(個人情報に配慮し、内容の一部を脚色しています。記事は2021年5月1日時点の情報に基づいています)
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