家族信託の契約で最近、増えているのが、親が亡くなった後の実家の不動産についての相談です。「今は、親が住んでいるから売るつもりはないが、もしも親が施設に行った場合には、誰も住まなくなるから、売却して施設費用を捻出したい。誰も住んでいない空き家はいたむのが早いと聞くし。私は持ち家で暮らしているから実家に住むことはないだろうし」といった声が寄せられます。

しかし、もしも何も準備しないまま、所有者である親の認知症が悪化してしまうと、実家を売ることはとても難しくなります。なぜなら、ご本人の判断能力が無くなると、売買契約を結べなくなるためです。

家は、所有しているだけでも手間とコストがかかります。空き家の老朽化を遅らせるために定期的に通って通気・換気する、庭を手入れする、雨漏りの点検・修理をする、などの管理が必要です。住まないのに、固定資産税も毎年かかってきます。そういった中でも、皆さんが最も心配することは、空き家となった実家に火災が起きて、近所に迷惑をかけてしまわないか、ということです。

親が対応できない場合には、この負担は一気に子どもにきます。その結果、子どもに迷惑をかけることになります。そうならないよう、対策をしておくことを強くおすすめします。

1.家族信託とは何か

(1)親が元気なうちに親族が財産管理する方法

家族信託は、所有者である親が元気なうちに、信頼できる子どもや親族と契約を結び、親に代わって、子どもなどが財産を管理できるようにする契約です。
家族信託することで、子どもは不動産の修繕等だけではなく、売却することや、人に貸すこともできます。

仕組みについて、家族信託は不動産などの所有権を「財産権」と「名義」とに分け、「名義」のみを子どもなどに変えることで、不動産の管理処分などの権限だけを先に渡すことができる制度です。「名義」を変えるけれど、「財産権」は所有者である親のもとに残るため、贈与税や不動産取得税などを課税されることなく利用できます。

不動産を任せる人を「委託者」、任される子ども等を「受託者」、不動産から利益を受ける者を「受益者」と呼びます。

(2)家族信託では財産の管理を契約で自由に決定できる

信託された財産の管理方法については、契約書の必須事項です。

受託者である子どもに広い権限を持たせることも、権限を狭めることも可能です。

例えば不動産の売却について、信託契約書の中で「処分」の権限を受託者である子どもに与えていれば、子どもは親の認知症などの影響を受けずに、子どもの裁量で不動産の売却ができます。
一方で、受託者である子どもに「処分」の権限を与えないこともできます。日頃の修繕などをすることは認めるけれど、売却はしてほしくない場合などが考えられます。ただし、この場合に親の認知症が悪化してしまうと、不動産を売却すること自体が家族信託ではできなくなるため、制限をかけすぎることも問題になります。

家族信託をする目的を明確にし、目的に沿った財産管理権限を契約書に盛り込んでいく必要があります。

また、不動産の場合の注意点として、家族信託契約を結んでも、不動産登記に反映していないと意味がありません。不動産について家族信託の手続きをすると、所有者であった親から受託者である子どもに名義が変わります。不動産を売るときや貸すときなど、この不動産登記簿の名義人が契約の主体者になります。

そのため、家族信託契約をしても名義が親のままだと、親の認知症が悪化してしまうと不動産の売却などはできなくなります。なので、不動産を家族信託契約したら、登記の名義も変更する手続きが必要です。自分ですることが難しければ登記の専門家である司法書士に相談することをオススメします。

不動産登記の手続きをすると、名義が子どもに変わるだけでなく、信託契約書の内容も登記事項に記載されます。この内容の記録を「信託目録」といいます。信託目録には、名義は子どもであるが財産権は親が持っていること、当該信託の目的、当該信託には「不動産の処分」の権限も含まれているかどうか、信託が終了する条件なども記載されます。

(3)受益者が信託財産から得る「信託受益権」について

家族信託の特徴は、所有権を「財産権」と「名義」とに分け、「名義」のみを子どもに移し、「財産権」は所有者であった親のもとに残ることです。親のもとに残る「財産権」を「信託受益権」といいます。「信託受益権」は信託財産の管理運用処分から利益を受ける権利です。
例えば、収益アパートを信託した場合にアパート経営は受託者である子どもが行います。一方で、入ってきた賃料などは信託受益権を持つ親のものです。売上から経費を除いて、得た利益は親の生活費や医療費、趣味娯楽のために使うことができます。

その他にも、親の自宅を家族信託した場合には信託契約締結後も住み続けること、施設などに行く関係で自宅を売却した場合には、売却代金も親の施設費用として使うことができます。売却代金の管理は受託者である子どもが引き続き行うので、子どもがお金を出し入れでき、親の認知症の影響も受けません。

2.家族信託を利用して不動産を管理するメリット・デメリット

(1)不動産の共有回避

メリットの1つ目は、共有不動産の管理です。例えば相続によって、不動産がきょうだい3人の共有になっている場合です。この場合に、不動産を賃貸や処分する場合など、全てにおいて共有者全員の契約書への署名押印が求められます。

きょうだいの1人が遠方にいたりすると手間や時間がかかること。また、1人が認知症悪化や寝たきりになっていて契約能力がなくなっている場合には、他の2人だけだと不動産を動かすことが全くできなくなります。また、1人に相続が発生すると、共有持分も相続財産となり亡くなった人の配偶者や子どもに相続されます。共有者の人数がさらに増えることになります。

共有者の数だけリスクがありますが、家族信託を活用すれば、そのリスクをカバーすることができます。

下の図のように、不動産をきょうだいABCの3人で共有している場合、BCがAに家族信託することによって、Aのみで不動産の管理運用や処分が可能です。

そして、不動産から出た収益はABCがそれぞれの持ち分に応じて受け取れます。

たとえ、BまたはCが認知症悪化等により契約ができなくなったとしても、Aはその影響を受けずに引き続き共有不動産の管理運用処分を行うことができます。また、仮にBが亡くなった場合でも、Aは不動産の管理を引き続き1人で行うことができます。出た収益をBの権利を承継した方に渡します。

(2)不動産を塩漬けにすることなく売買が可能

メリットの2つ目は、受託者である子どもの裁量で不動産を売却することができる点です。家族信託をすると、不動産の名義は子どもに移り、親の認知症などの影響を受けずに不動産を売却することができます。

もしも家族信託などの準備をしていなかった場合には、所有者である親の認知症悪化により不動産は売れなくなります。不動産は持っているだけで、手入れをする手間やコストがかかってきます。空き家になって、子どもがどんなに「処分したい」と思っても、所有者である親に契約能力がないと売ることができません。

どうしても売却したい場合には、法定後見を利用することになります。その際に当該不動産が親の自宅である場合には、自宅の売却について家庭裁判所に許可を出してもらう必要があります。許可が出ない場合には、売却できません。実際に家庭裁判所の許可を得て後見人がする不動産の売却に関わったことがありますが、許可が出るかどうか不明な段階で売買契約を結ぶ必要があったため、個人の住居目的の買主を探すことが難しく、不動産業者さんが買主でした。個人の方に売却するよりも低い価格になった印象です。

そのため、家族信託などを準備し、面倒を見てくれる子どもに自宅を売却する権限を与えておくことで、塩漬けになることを回避し、金銭的な負担を和らげることに繋がります。

(3)委託者が不動産の継承を自由に設定できる

メリットの3つ目は、遺言効果です。親と子どもとで家族信託契約をした場合、当初の財産権(財産から利益を受ける権利、受益権)は不動産の所有権者であり委託者である親がそのまま持ち続けることが通常です。そして家族信託契約の中には、親の次に財産権(受益権)を渡す人を定めておくことができます。もしも親が死亡した場合には契約書に定めたとおりに財産権が移転します。これにより遺言を残すことと同様の効果が得られます。

また、次の後継者(2番目)だけでなく、次の次の後継者(3番目)以降を決めることもできます。これは遺言にはなく、家族信託でのみできることです。

(4)家族信託を結ぶにはコストがかかる

続いてデメリットです。デメリットの1つ目は、専門家などにかかるコストが低くはないことです。専門家にかかる報酬について、統一の報酬基準はありません。目的と財産の内容については、100万円を超えてくることもあります。

ただ、個人的には、決して高いとは思っていません。
何も準備をしていない場合には、自宅を売るために成年後見制度を利用する必要があります。最高裁判所事務総局家庭局の出す「成年後見関係事件の概況 ―平成31年1月~令和元年12月-」のデータによれば、昨年の統計に置いて成年後見人等と本人との関係について全体の約78.2%が 親族以外が成年後見人等に選任されています。専門家が成年後見人に選任された場合には最低年間24万円~の報酬が発生します。成年後見制度は一度利用し始めると、原則として途中で止めることはできません。10年間生き続けたとすると、最低でも240万円以上の報酬が発生する計算になります。

また、家族信託契約は終わりではなく、スタートになります。関わった専門家としては、自分が設計した家族信託の利用者と関係を維持できるよう連絡を取り合い、予想外の事態が生じた時にも連絡をもらい対応していくことが求められます。しかも何年も続く可能性があります。

その手続き後のサポートも元の報酬に含んでいると考えているからこそ報酬は高くないと考えています。目の前の専門家が契約後もサポートしてくれるのかを確認して選んでいく必要があります。

(5)関係者を長期にわたり拘束してしまう

デメリットの2つ目は、家族信託は長期間に渡り影響を及ぼすものであることです。

先にもお伝えしたとおり、家族信託契約は契約してからがスタートとなり、場合によっては長期間にわたって続いていくものになります。

その間、受託者である子どもは家族信託契約の内容に拘束されます。毎年、受益者である父親に向けて信託された財産の収支を作成報告し、報告書類を保管する手間も発生していきます。

(6)家族信託に強い専門家が少ない

デメリットの3つ目は、精通した専門家が多くないことです。

先述の通り、家族信託は契約をしてからスタートです。しかし、入り口の契約書作成のサポートを経験した専門家は増えてきていますが、契約後の対応や信託の終了までを一貫して経験している専門家はまだまだ少ないです。悲しいことに、契約書作成のサポートをした専門家がその後のフォローを対応してくれず、私たちのところに相談に来られた利用者もいらっしゃいました。

目の前の専門家が本当に家族信託に強い専門家であるかは、ご自身で見極めていく必要があります。

3.家族信託した不動産の売却について

メリット、デメリットに続いて、家族信託した不動産を売却する場合の注意点も見てきます。

(1)信託契約で売買に関する項目を含んでいる場合は売却OK

家族信託契約に基づいて受託者である子どもが不動産を売却するためには、権限の中に「不動産を処分」する権限が必要になります。
さらに、不動産登記にも家族信託契約の内容を反映しておかないといけません。

言い換えれば、家族信託契約の中に「不動産を処分」する権限が盛り込まれており、不動産登記にも反映がされていたら、受託者である子どもが親に代わって不動産を売却することができます。売却に伴う、土地の境界確定の手続きなども親に代わってすることができます。

もう一つ注意する点があります。それは不動産に抵当権がついている場合です。売却するためには、抵当権を外してもらい、買主に引き渡す必要があります。そのためには①融資銀行へのローンの返済手続き②返済に伴い抵当権を外す手続きの2段階に分けて進めることになります。

②の手続きについては受託者である子どもが行えますが、①の融資銀行への返済の手続きについては債務者が行う必要があるため、債務者が誰であるかを確認しておく必要があります。もしも、債務者が親であった場合には、認知症が悪化していた場合に繰り上げ返済の申込みができないという可能性もでてきてしまい、不動産の売却に支障がでる可能性もあります。

ただし、個人的な印象としては、大家業をやっている方は別として、70歳代、80歳代の親の場合には住宅ローンなどは返し終わっていて、抵当権は残っていないことのほうが多いです。

(2)売買の項目が信託契約にない場合の売却

「不動産の処分」の項目が信託契約書になかった場合には、原則として家族信託で不動産を売却することはできません。

売却するためには、信託契約書の内容に「不動産の処分」権限を追加する契約内容の変更を行う必要があります。

しかし、契約内容の変更のためには、受託者である子どもだけでなく、委託者兼受益者である親にも関わってもらう必要があります。このときに、親がすでに認知症が悪化していて判断能力がない場合には、契約変更をすることもできなくなります。

そのため、もしも受託者である子どもに与える権限に制限を設ける場合には、契約書をつくる段階で専門家としっかりと調整していく必要があります。

(3)家族信託の不動産を売却する方法

家族信託で不動産を売却することにも、2つ方法があります。

1つ目は、不動産自体を売却する方法、
2つ目は、不動産にかかる財産権(受益権)を売却する方法です。

それぞれ当事者と法律効果が変わってきます。

1つ目の不動産自体を売却する方法は、売主は「受託者である子ども」になります。子どもは不動産を処分した対価として売却代金を得て、財産権を持つ親のために売却代金を生活費や医療費に使っていくことができます。

2つ目の方法では、売主は「受益者である親」になります。親は、財産権(受益権)の対価として不動産の売買代金に相当する金銭を得ます。この場合に、受託者である子どもが引き続き管理して、信託不動産から得た収益を財産権(受益権)の買主に渡していくことになります。

親の認知症対策が目的の信託では、2つ目の方法はあまり使われておりません。1つ目の方法がほとんどです。
2つ目の方法はどちらかというと、大家業などビジネス目的で利用する場合に使われていることが多い手法です。

(4)節税対策をするなら信託受益権を売買するべき

先述の2つ目の財産権(受益権)で売却をするメリットは、不動産の流通にかかる税金を節約できることです。不動産登記の書き換えにかかる登録免許税や不動産取得税など主に買主側にかかる税金を節約することに繋がります。

家族ではなく、不動産経営を生業とする不動産信託会社に信託して不動産の管理運用を任せている場合に、そこから収益をもらう権利を譲渡するときなどに利用されるイメージです。
ただし、受益権の譲渡は、譲渡人(売主、旧受益者)が受託者に通知し、又は受託者が承諾しなければ、受託者その他の第三者に受益権が移ったことを主張できず、その通知および承諾は公証役場などで行う確定日付のある証書によってしなければ、受託者以外の第三者に対抗できないと規定されています。

(5)家族信託の不動産を売却する手順

ここでは、先程の中での1つ目の不動産自体を売却する方法について解説します。

手順については、大まかになりますが家族信託に関係のあることでいえば、以下のような流れになります。すべて受託者である子どもが進めていけます。

  1. 不動産の買い手を探すため不動産仲介会社に媒介契約の申込み
  2. 買い手が見つかったら、売買契約を締結する
  3. 不動産の引き渡しのために、土地の境界線や権利関係などを整理する
  4. 不動産の引き渡し当日、買主から売買代金を受領する。同日に不動産の名義を買主に変える登記手続きを行う(大抵は司法書士に任せることになります)
  5. 4の名義を変える手続きと同時に不動産を信託状態から普通の不動産に戻し買主に引き渡すための信託抹消の手続きも行う
  6. 4で売主である子どもが受け取る売買代金は、子ども名義の新たに開設した信託用の口座に入金してもらい、親の生活費や医療費のために使っていく。子ども自身の生活費と混ぜないようにする必要があります

売却をしようと考えたときには、一度、信託契約を組んでくれた専門家に連絡することもおすすめです。手続きの進め方や不明な点なども相談にのってくれるはずです。

4.家族信託した財産で不動産を購入するときは

購入資金が不足しないよう、あらかじめ契約書に「追加信託」を記載

信託不動産の買い替えについて、当初信託財産であった不動産を売却して得たお金であらたに不動産を購入する場合に、購入した不動産も信託財産になります。

不動産を売却する手続きも、不動産を購入する手続きも受託者である子どもが行うことができます。もちろん、財産権を持つ親のためであるということが前提です。

一方で、不動産を購入するときにお金が不足する場合があります。このようなケースに備えて既存の家族信託契約書に追加信託をできる旨を盛り込んでおくこともオススメしています。委託者である親が受託者である子どもとの合意で、親の持っている信託していない財産を信託財産に追加できます。

5.不動産こそ家族信託の検討を

最近、各信託銀行から認知症対策向けの商品が販売されています。所有者である親が認知症になっても、あらかじめ指定した者が親に代わって預金を引き出せるものです。引き出しに制限があるものの、一つの有効な方法だと感じています。
一方で、不動産については、金銭と異なり認知症対策のサービスや対策などはそう多くはありません。不動産は価値が高い財産である一方で、処分がとてもしづらい財産です。
前述の「成年後見関係事件の概況 ―平成31年1月~令和元年12月-」を確認しても、成年後見の申立ての動機のうち1割近くが不動産の処分がきっかけになっています。
面倒を見てくれる子どもに迷惑をかけないように、親の方でもしっかりと対策をしていくことが必要なのではないでしょうか。

(記事は2020年7月1日現在の情報に基づきます)