戦前には、「戸主(こしゅ)」という制度が存在しました。戸主とは、いわば父親を殿様として、家族を家臣と見立てるようなイメージのものです。戸主以外の人が結婚するためには戸主の承諾が必要でしたし、逆に戸主は家族の扶養義務を負っていました。そして、戸主が「隠居」や「死亡」をした際には、戸主の長男が戸主の財産をすべて相続します。戦前には、法律にこのような定めがあり、「家督相続」と呼んでいたのです。

ちなみに、「隠居」という言葉は時代劇などで見たことがあると思います。これは、戸主がまだ死亡していなくても、戸主自身の意思で「隠居」をすることにより家督相続人に戸主の財産を家督相続させることができる制度です。このように、戦前の「戸主」制度の元では、江戸時代までの封建制度をそのまま民法に取り込んだような制度が様々に残されており、その一つが家督相続でした。この頃は、財産は個人の財産と言うよりも、家の財産として扱われていたのです。

しかし、家督相続の制度は戦後、廃止されました。戦後は個人の尊重や法の下の平等といった理念が重要視されていますから、家のために個人が犠牲になるような制度は、それらの理念に反するものとされたのです。現在では、すべての相続人に法定相続分が認められていますし、また遺留分も認められています。

現在では、長男がすべての財産を相続すると言う事は相続人の全員の合意なくしてはできません。また、遺言があっても、遺留分を侵害するような遺言をした場合には、遺留分侵害額請求をすれば遺留分額の支払いをしなければなりません。もしも、あまり法律に詳しくない長男などが、親父の家族は俺が相続したなどと言って、ほかの相続人に一切の遺産を渡さないと主張する場合があったとしても、それは法律を勘違いしているに過ぎませんから、しっかりと法定相続人分または遺留分に従った相続を主張しましょう。

現在も家督相続が適用されるケースがある

現代で家督相続が実際に問題になるケースは少ないのですが、昭和22年5月2日(1947年五月2日)までに開始した相続については、家督相続制度が適用されます。70年以上前に開始した相続についても、いまだに遺産分割がなされていないケースや登記がなされていないケースは存在しますから、現在でも問題になるケースはないわけではありません。

例えば、1947年5月2日以前に亡くなった何代も前の祖父が持っていた土地の遺産分割ができておらず、登記が未完了の場合には、まず祖父の相続については家督相続制度の適用がありますから遺言がなくても家督相続人がまず遺産を承継することになります。現代の民法では、妻や子供には、一定の割合で法定相続分が認められていますから、大きな違いが生まれます。

また、不動産登記の実務においては、いつ相続が発生したのかによって、どのような相続割合で、また登記原因で登記していくのかが異なってきます。もし、あなたが家督相続制度の絡む遺産相続の問題に直面した場合には、弁護士や司法書士などの専門家の力を借りずに正しい解決をするのは非常に困難でしょう。

家督相続に近い相続を実現する方法は遺言

現在でも、特定の相続人に財産の多くを相続させたいという需要は存在します。そのような場合にでも、家督相続とまではいきませんが、家督相続に近いような相続を実現する方法がないわけではありません。それは遺言を書くことです。

現代においては、遺言がない場合には法定相続分に従って妻や子ども、子どもがいない場合には親や兄弟姉妹に、一定の割合で相続がなされます。しかし、遺言がある場合には、法定相続分は関係がありません。きちんとどの遺産が誰に相続されるのかを記載しておきさえすれば、相続が始まった時(遺言者=被相続人が死亡した時)に、遺言の記載内容に従って、遺産が分割されたものとされるのです。

例えば、会社を経営していて、ほとんどすべての株式を持っている被相続人が、長男に会社の経営権を相続させたいとしましょう。このような場合に、「被相続人の遺産は、すべて長男に相続させる」と言う遺言を残していた場合には、会社の株式も含めて、すべての遺産を長男に相続させることが可能です。このように遺言によって株式さえ長男が相続してしまえば、会社の経営権は長男に安心して任せることが可能です。

遺留分侵害額請求で金銭を請求できる

他方で、遺留分と言う言葉を皆さん聞いたことがあると思います。「すべての遺産を長男に相続させる」と言う遺言を被相続人が書いていたとしても、他の相続人にも一定の取り分が認められる制度です。これを「遺留分侵害額請求」と言います。

この遺留分侵害額請求は、少し前までは、遺留分減殺請求と呼ばれる制度でした。しかし、近年法律が改正され、2019年7月1日以降に発生した(=死亡した)相続においては、遺留分侵害額請求と言う制度に変わり、簡単に言えば、全遺産を相続した長男に対してお金を請求できると言う制度に変わりました。逆に言えば、お金以外のもの(遺産の中の株式や不動産の持分など)は請求することができません。

この法改正によって、何が変わったかと言うと、遺留分減殺請求であれば、長男以外の相続人は、長男に対して株式を譲り渡すように請求できたのですが、新しい遺留分侵害額請求であれば、長男に対して株式に代わるお金を支払うように請求できるにとどまる点です。この違いは少しわかりにくいかもしれませんが、会社の株を渡さなければならないのと、お金を払うだけなのとはまったく違います。

これによって、先程の例で行けば、長男は会社の経営権は確実に確保しつつ、他の相続人からしてみれば、株式はもらえませんけれども、お金をもらえると言う意味でその遺留分が保障されるようになっています。なお、この遺留分侵害額請求については、相続があったことを知った時、または慰留分を侵害する贈与等があったことを知ったときから1年間しか行使できませんから、遺言等によって遺留分を侵害されているのではないかと思われる方については、早めに専門家に相談をされるのがよいでしょう。また、会社の後継者をしっかりと決めておきたい経営者の方なども、遺言の書き方をきちんと相談しておくのが良いと思います。

(記事は2021年4月1日時点の情報に基づいています)