遺言内容の実現を後押しする「付言」とは

遺言は、「遺書」ではありません。同性パートナーへの法定相続がない身として、パートナーに財産承継をさせるための「意思表示」「自己決定」です。財産だけでなく、これまでも紹介したように、葬儀の喪主や墓守(祭祀主宰者)、子どもをパートナーに託すこと(未成年後見人の指定)、生命保険の受取人変更など、活用の用途は多岐にわたります。
遺言作成は、いま自分が亡くなったらどうしたいのかを考える、人生の中間総括ともいえる機会でしょう。

その中間総括時の思いを遺言に付記することがあります。「付言」と呼びます。付言自体には法的な効力はない、たんなる「作文」ですが、あとでこの遺言を見る人びとへのメッセージであり、遺言への理解を深め、その実現をよりスムーズにするなどの効果も期待されます。

遺言は法定相続人(親やきょうだい)への相続を曲げて、同性パートナーへ遺贈をするための文書です。同性パートナーがいることを相続人が知らない場合、たとえ遺言が法的に効力があるといわれても、なにかしらのトラブルが起こる可能性があります。

付言において、なぜこういう遺言や財産の分配方法をするのか、財産を受ける人は何者であり、どういう関係であったのかーーこうしたことを述べておくことで、利害において対立するであろう相続人の理解を得て、パートナーへの遺贈をスムーズにすることが期待されるわけです。
通常のパートナーシップ契約書などにも付言をすることは不可能ではありませんが、個人の単独行為である遺言への付言が、一般的でしょう。

付言に込められた「深い思い」に触れて

この仕事(行政書士)を始め、付言作成のお手伝いにもあたらせていただくなかで、相続人への対抗といった実利的な意図をはるかに超えた、依頼者の深い思いに触れることになりました。

多くのかたが、やはり親族への感謝を語られます。遺言までするような長い関係をパートナーと築けたのも、自分があたたかい家族のなかで育まれ、家族の大切さを身をもって知ることができたからこそ、という思いは、カミングアウトの有無にかかわりません。
そのうえで、パートナーへの感謝が語られ、同時に、これからもともに人生を歩んでいこうとの決意が語られます。元気なうちに遺言を用意することは、人生の後半生を見据えた、あらためてのパートナーシップ宣言ともいえるでしょう。

付言は、ご相談のなかでうかがったお二人のこれまでなどをもとに、ライターとしての私が原稿をまとめます。それをご本人にお返しすると、やはりいろいろの思いが昂じるのでしょう、返ってきたときには、びっくりするほど素晴らしく加筆されることにいつも驚かされます。

遺言は本人の自由な意思で作成されるものです。公証役場で作成する場合は、証人が2人同席するなかでその意思を公証人が書き取ったという体裁がとられ、証書が公証人により朗読され、署名・押印します。その場には、意思に影響を与えそうな受遺者(パートナー)や2親等以内の親族が同席することはできません。
しかし、遺言作成は同性カップルにとっては婚姻にも匹敵する重要な機会です。私は、パートナーが隣室に待機し、ドアを開け、朗読の声も聞こえるよう公証人にお願いしており、なかにはそれを許してくださる公証人もいます。
遺言部分に続き付言の朗読が進むにつれ、隣室から嗚咽の声が漏れ、ご本人も目頭を押さえるような、感動的な場面にも何度か出会いました。

印象深い、ある付言の紹介

どのかたの遺言・付言もみな尊いものですが、友人が私に作成を依頼してくれた遺言の付言の一部を、了解を得て紹介したいと思います。

(以下は付言の内容)

私は●年にN(パートナー)と出会い、その年から私のマンションに同居し、家のローンや生活費を対等に折半しながら、愛情と信頼に基づく家庭生活を築いてきました。彼は人生のパートナーであり、この関係は私の生涯続くものであることを確信しています。それで私は自分の万一時に、ふたりで形成した財産を確実にNに承継させるとともに、私亡きあとも彼がこの家で安心して生活できるために、この遺言を作成することにしました。

この遺言作成現在、日本にはまだ同性間での婚姻制度はありません。しかし、この遺言を読む家族の皆さんは、Nが本来なら私の配偶者の立場にあることを踏まえ、この遺言の内容を理解し、その実現に協力してくださるようお願いいたします。
パートナーを得てから、私は本当に充実した素晴らしい毎日を送っており、心の支えとなってくれている彼には心から感謝しています。この文章が再び彼の目に触れるのは、おそらくかなり後になるかと思いますが、きっとその時もこの感謝の気持ちは変わらないと思います。本当にありがとう。
また、これが家族に読まれるときには、おそらく母は他界していると思いますが、母をはじめ、家族の皆に深く感謝をしたいと思います。
私は父と母に深い愛情をもって育てられ、家庭のすばらしさを十分に知ることができました。自分でもそのような温かい家庭を築きたいという思いはありましたが、同性愛者である自分にはそれは無理であるとずっと言い聞かせてきました。しかし、Nと知り合ったことによって、自分にもそれは実現可能なことなのではないのか、いや、ぜひそうしたいと思うようになり、家族へのカミングアウトに至りました。その時、すでに80歳になろうとしていた母は私を理解し、またNを温かく受け容れてくれました。「あなたが選んだ相手だからいい人だとは思ってたけど、本当にいい人で良かった」と言われたとき、母の真に深い愛情と信頼を感じ、心から感謝しましたし、長年担いできた重荷を降ろした思いでした。また、母だけではなく、兄家族、叔父家族、そしてNの家族が皆理解し、受け容れてくれたことについても心から感謝しています。偽りのない自分を、愛する家族にさらけ出すことができ、それを理解してもらえた私は幸せ者です。
●と●(注:ともにお兄さんのお子さん)にとってNはいわば義理の叔父さんになるわけですから、これからも折に触れて連絡を取り合い、末長く良好な関係を築いていってほしいと願っています。

(以下略)

遺言作成は、自分の人生を確認できる機会

私は以前、「同性愛者は人生の春夏秋冬がない。春夏夏夏、突然、冬だ」と言ったことがあります。異性愛者のような結婚・出産・子育てといったライフコースが確立していない分、自分はなんのために生きているのか実感しにくい、人生を深める契機に乏しい、という趣旨です。

そのなかで遺言などの作成は、自分の後半生やパートナー・家族との関係性を考え、地味でも法や制度に裏付けられた確実な方法で、そのときそのときの等身大の自分の人生を確認できる機会になるでしょう。

上にご紹介した付言をされたかたは、私の転載依頼に対し、「原稿拝読しました。あの時のことが甦り、気持ちを新たにした気分です。ありがとう」とお返事をくださいました。

忘れていた「社会に祝福される」感覚を取り戻して

また、パートナーシップの公正証書を作ったあるゲイカップルは、作成後、こう述懐しました。「なんか不思議な感じ。僕ら、これまで2人で暮らして、外でそのことを言うとか誰かに認められると思ったこともないけど、愛情と信頼に基づくパートナーシップと書いてある証書を公証人が読み上げ、15周年おめでとうと当然のように声をかけてくれ、僕らにもこういうことあるんだ、というか……」。

男女の異性婚夫婦なら当たり前に享受する人生が自分たちにもあるんだという発想が抜け落ち、いや、無意識にそれを禁じていたかもしれないこと。それを今日あまりにもあたりまえに享受し、公証人によって認証され、祝福された感想が、「不思議だ」だったのです。書面を作成することで、彼らは人生を獲得し直したのかもしれません。

遺言とは、書面とは、性的マイノリティにとって、死ぬためではなく、生き続けるために書く文書なのかもしれません。

前回の記事「全国に広がる「同性パートナーシップ」とは」では制度の概要や注意点について解説しました。

今後もこのコラムでは、パートナーと人生の安心を得るために役立つ記事を書いていきます。

(記事は2020年8月1日時点の情報に基づいています)