同性パートナーと親族の「争続」を防ぐ 死後の指南書「遺言」の活用法
日本では近年になってようやく、「LGBT」(性的少数者)の当事者に対しての認知や理解が広がりつつあります。このコラムでは、ゲイのライターとしてもコミュニティーを長年取材し発信してきた行政書士の永易至文さんが、LGBT当事者やカップルにとっての相続や終活をテーマに、誰もが人生を通して自分らしく生きるために必要な法律知識やその課題を読み解きます。
日本では近年になってようやく、「LGBT」(性的少数者)の当事者に対しての認知や理解が広がりつつあります。このコラムでは、ゲイのライターとしてもコミュニティーを長年取材し発信してきた行政書士の永易至文さんが、LGBT当事者やカップルにとっての相続や終活をテーマに、誰もが人生を通して自分らしく生きるために必要な法律知識やその課題を読み解きます。
目次
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子どものいない人の法定相続人は、親が存命なら親、親が亡くなっていればきょうだいとなります。きょうだい中に亡くなった人がいる場合、その子(甥や姪)が代襲相続します。同性カップルの一方が亡くなった場合は、たとえパートナーがいても、この法定相続が起こります。
しかし、遺言を作成することで財産をパートナーに承継させることができます。遺言がないと、ふたりで住んでいる不動産、生活費等のためにふたりで共用している銀行口座なども、やむをえず一方の名義になっている財産はすべてパートナーではなく上記の法定相続人に相続されてしまいます。ふたりでかわいがっているペットも、固定電話の回線も、NHKの受信契約まで、みな同様です。
二人の財産とパートナーの安心を守るために、遺言について正確な知識をぜひ持ってください。
そのうえで、今回は同性カップルの作成において少し気をつけたいことを、私の経験からも紹介してみましょう。親やきょうだいへの法定相続とはべつの方向(同性パートナーら)へ財産を渡すわけですから、いかに親族との間の「争続」の火種をおさえるか、がポイントとなります。そのための有効策をあげてみます。
遺言は遺言者の死亡の時から効力が生じます。遺言がそのとおり実行されるかを本人は見届けられません。親族がパートナーをないがしろにして、財産を勝手に売ったり自分の名義にかえたりするかもしれません。そのために遺言で遺言執行者を指定しておきます。遺言執行者は、「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有」します(民法1012条)。
遺言執行者がいる場合、親族(相続人)は「相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない」(民法1013条)。つまり、遺産を勝手に売ったり名義を書き換えたり、遺言に定められたことを妨害したりできません。親族からパートナーへの財産を守る方策になります。
また、遺言執行者は遺言の執行に必要な一切の行為、すなわち故人がしていたさまざまな契約を解除したり精算金を受け取ったり、また遺産である不動産や金融資産の名義変更を行なったり、それらに必要な戸籍謄本や登記簿謄本、金融機関の取引履歴を取得することもできますから、実質的に故人の死後事務の多くを済ませることができます。あえてだれかと死後事務委任契約をしなくてもよいわけで、その分、契約書(公正証書など)の作成料が節約できます。
私は遺言執行者にはパートナー(受遺者)本人と、弁護士や税理士、私のような行政書士といった専門家を指定しておいていただくようアドバイスしています。実際の相続手続きはパートナーだけで担うのは難解ですから、あとから専門家を探して依頼するくらいなら、はじめから専門家も指定しておくとよいでしょう。
親族に阻まれてパートナーを守れなかったということには、本来なら喪主でもあるパートナーが葬儀の席で「友人席」に追われたり、出席を拒まれたり、お骨を渡してもらえない、分骨さえしてもらえないということがあります。何十年と一緒に暮らした人のお墓が、いまどこにあるかさえ知らない、ということも聞いたことがあります。
そうした事態には、パートナーを祭祀主宰者に指定しておくことが有効です。祭祀の主宰者とは葬儀や埋葬、その後の法事・祭事を執り行う人であり、民法は、祭祀主宰者を指定したときは祭具やお墓は祭祀主宰者が承継するとしています。判例によれば、お骨もそれに含まれます。
祭祀主宰者の指定は、遺言の一条項として入れることができます。
すべてをパートナーに遺贈すると遺言しても、子どもには2分の1、子がなく親が存命の場合には親に3分の1の遺留分の権利があります。子や親がそれを放棄してくれれば問題ありませんが、なんらかの対策が必要な場合もあります。結婚していた時期があって実子がいるかたや、親の長命が予想される場合の遺言作成は、専門家等によく相談してみましょう。なお、子や親がなく相続人がきょうだいだけの場合、きょうだいには遺留分請求権はありません。
いくら法的に有効な遺言を作成しても、本人の亡き後に突然、遺言状とその受遺者という見知らぬ人が現れたのでは、親族は困惑したり、ときには怒りの感情を抱いたり、たとえ遺留分請求権のある人がいなくても、さまざまな揉め事が生じる懸念もあります。それに対処するために遺言はあるわけですが、残るパートナー(受遺者)がときに辛い立場に置かれることもあります。生前から、そのとき関係者となる人びとには、自分の死後、自分の財産はどうするつもりなのか、ある程度、知らせておけるといいのですが……。
こうしたとき遺言執行者は、親族への説明役ともなりますし、付言といって、遺言の末尾になぜこういう遺言をするのか、受遺者との関係はどういうものなのか、自分の思いをつけ加えることもあります。私も元来はライターであり、遺言とともに付言部分の作成のお手伝いもさせていただいて、お二人のさまざまな熱い思いに触れる機会をなんどもいただきました。付言事項の例については、後日のコラムであらためて触れたいと思います。
こうした遺言で財産を無事パートナーに渡せても、相続税がかかる場合があります。税法では、相続人(親族)が相続する場合はさまざまな控除があり、相続税がかからない仕組みがありますが(それだけ遺族の生活が配慮されている)、法律上は他人であるパートナーへの遺贈ではそれがなく、生命保険金も含めて遺産まるごとが課税対象となります。
しかも結果として相続税がかかる場合、非親族はその税額に2割加算して払う必要があります。不動産やすぐには換金できないものしかない場合は、相続税を払うための現金の手当ても考えて生前から財産内容を調整しておく必要があるでしょう。せっかくパートナーに不動産を遺したのに、相続税のためにその家を手放さないといけなくなれば、元も子もありません。
相続税算出のあらましと、相続人(親族)がどれほど税制上、優遇されているか(逆に、いかにパートナーといえど、法的親族でないかぎりその優遇が受けられないか)については、これまた後日のコラムであらためて触れたいと思います。
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相続の相談が出来る弁護士を探す同性のパートナーへの遺贈という視点で、遺言の活用を紹介してきましたが、子育てという長期プロジェクトのない性的マイノリティは、特定のだれかと長く添い遂げる契機が弱く、出会いと別れを繰り返しながら、最終的に「おひとりさま」で老後を迎えるケースが多いと思われます(そもそもパートナーと死別後は、おひとりさまです)。
子のない人が死亡した場合、相続人は兄弟姉妹ですが、自分と同様に老齢のきょうだいが相続するより、マンションなどは遺言で甥・姪へ遺贈すれば、相続税や登記の手数料も一代分、節約になるかもしれません。残った財産を公益団体へ寄付する、最近話題の公益遺贈も、まずは遺言の作成からです。
今後も、同性カップルと遺言をめぐるさまざまな話題や経験談をお話しします。この連載コラム「LGBTの相続と終活~さいごまで自分らしく~」のバックナンバーをお読みいただくことでも、より全体の理解が深まります。
ひきつづきご愛読頂けると幸いです。
(記事は2020年2月1日時点の情報に基づいています)