不動産の生前贈与は相続税対策になる? 費用や手続き、注意点を解説
親などが元気なうちに希望通りに財産を引き継ぐ手段の一つに「生前贈与」があります。特に土地や建物のように利用目的が限られて分割が難しい場合、生前贈与で名義変更することで、所有権をはっきりさせられます。不動産を生前贈与するメリットや、手続きの流れ、税金について解説します。
親などが元気なうちに希望通りに財産を引き継ぐ手段の一つに「生前贈与」があります。特に土地や建物のように利用目的が限られて分割が難しい場合、生前贈与で名義変更することで、所有権をはっきりさせられます。不動産を生前贈与するメリットや、手続きの流れ、税金について解説します。
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不動産を生前贈与する主なメリットには、以下の3つが挙げられます。
生前に不動産の名義変更をすることで、希望通りの相手に確実に不動産を引き継ぐことができます。
生前贈与をしておらず、遺言書もない場合は、遺産の分け方を決める「遺産分割協議」で、誰が不動産を相続するかが話し合われます。
しかし、不動産は物理的に分けられないことから相続人同士でもめることも多々あります。また、特定の相続人に引き継ぐことが決められず、相続人同士で不動産を共有するケースもあります。しかし、不動産の共有は、売りたいときに全員の合意がないと売れないなどトラブルの元です。不動産を生前贈与することで、こうしたデメリットを避けることができます。
不動産を生前贈与することで相続税を抑えることができる可能性があります。
特に将来値上がりしそうな不動産は、値上がり前に生前贈与を検討するとよいでしょう。たとえば、現在3000万円程度の不動産が、数十年後の相続時には2倍の6000万円になるなど大幅な値上がりが見込めるようなケースです。相続税と贈与税では税率が違うものの、他の財産額によっては値上がりした後に相続税を収めるより、今のうちに贈与して贈与税を支払ってしまった方が税金が安くなる可能性があります。
また家賃収入のある不動産の場合、その収入により被相続人の財産が増えた後に相続すると、相続税が高くなる恐れがあります。一方、生前贈与すれば、その家賃収入は、贈与を受けた人の財産となるため相続財産の増加を抑えることができます。
ただし、相続時に取得した土地の評価額を最大8割下げられる「小規模宅地等の特例」は、贈与では適用されないため注意が必要です。「被相続人とその家で同居している」「被相続人の事業を引き継ぐ」など特例の要件を満たしているのであれば、相続のほうが税金を抑えられるかもしれません。このように、贈与と相続のどちらが得かは状況によって異なるため、綿密な税金の計算が必要となります。税理士に相談することも検討して下さい。
小規模宅地等の特例は、不動産相続の節税を考える上で大切な制度です。ただし、細かな要件がありますので、下記の記事を参考にして下さい。
【関連】小規模宅地等の特例とは? 適用要件から計算例、必要書類までわかりやすく解説
認知症によって不動産所有者の判断能力が低下すると、投資不動産の管理や、介護費用や老後資金のための土地の売却、相続トラブルを防止するための遺言書の作成などができなくなってしまう場合があります。
このような状況を避けるためにも、不動産所有者である親に十分な判断能力があるうちに、親子間で生前贈与するのも一つの方法です。
私が実際に受けた相談事例を紹介します。高齢の母親と長男の共有名義となっている自宅について、相続時の手続きの煩雑さを避けるためと、母親が認知症になった場合に備える二つの目的で、母親名義分を長男に贈与する手続きを専門家とともに手伝いました。
財産はそれほど多くないため、相続財産は基礎控除額の範囲内で相続税がかからないこと、相続時精算課税制度(後述)を利用することで贈与税がかからないこと、建物の評価額が低く登録免許税が数万円で済むこと、そして他の兄弟は長男が自宅を相続するのに同意していることが決め手になりました。
不動産の生前贈与をする際には、以下の税金と費用がかかります。
暦年贈与(通常の贈与、1年ごとの合計額で申告が必要)の場合、基礎控除である110万円を超えた金額に対して、贈与税がかかります。贈与の税率は、直系尊属(祖父母や父母など)から贈与された場合の特例税率と、それ以外の一般税率があり、特例税率の方が少し低くなっています。
たとえば、父親から1,000万円相当の暦年贈与を受けて、他に贈与を受けていない場合、贈与税は「(1,000万円-110万円)×30%-90万円=177万円」と計算されます。
贈与税は、税務署に確定申告をした後、申告した税額を納めます。土地の価格が基礎控除(110万円)を超える場合は、贈与のあった翌年の2月1日から3月15日までの間に申告を行い、贈与税が発生する場合は3月15日までに納めます。申告期限を過ぎると加算税などのペナルティが課されるので注意しましょう。
土地の不動産取得税は、「土地の課税標準額×3%」です。課税標準額とは固定資産税評価額ですが、2024年3月31日までに取得した場合、土地の課税標準額は「固定資産税評価額×1/2」となります。つまり、現在の土地の不動産取得税は「固定資産税評価額×1.5%」で計算できます。不動産取得税は都道府県民税なので、都税事務所や県税事務所等から納税通知書が届きます。
※注:建物の不動産取得税は「固定資産税評価額×3%(非住宅は4%)」です。
登録免許税は、不動産の所有権が移転したことを証明するための登記手続の際にかかる税金です。不動産を贈与した場合の税額は「固定資産税評価額×2%」です。
不動産を生前贈与をする際は、名義変更手続きや贈与税申告が必要となるケースが多いです。これらの手続きには専門知識が必要となるため、専門家に依頼するのが一般的です。名義変更(不動産の登記手続き)は司法書士、贈与税申告は税理士に依頼することとなり、それぞれに報酬が発生します。
司法書士や税理士への報酬は、サポート内容や事務所によって異なるので、事前に確認しておくことが大切です。贈与による登記の司法書士への報酬は贈与財産が1,000万円程度の場合に4~5万円、税理士の報酬は贈与額が1000万円以下であれば、5万円程度が目安となっています。
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相続の相談が出来る税理士を探す贈与された時の負担は少しでも軽くしたいもの。贈与税を軽減するための仕組みについて解説します。
相続時精算課税制度は、原則として60歳以上の父母又は祖父母から、18歳以上の子または孫に財産を贈与した場合、累計で2,500万円までは贈与税がかからない制度です(2,500万円超の部分については一律20%が課される)。ただし、相続が発生した後の相続税申告時は、生前贈与された分の金額も戻す形で税額を計算します。
この制度に2024年1月から、2500万円の特別控除と別に、年間110万円の基礎控除が新たに加わりました。この年間110万円の基礎控除は、累計2500万円の特別控除には含まれず、相続発生時の持ち戻しの対象にはなりません。また年間の贈与額が基礎控除額以下なら贈与税の申告は不要です。
ただし、相続時精算課税制度を選択すると、利用している人との間(たとえば父親と長男など)では暦年贈与が利用できず、二度と暦年相続には戻れないので注意が必要です。
婚姻期間が20年以上の夫婦の間の場合、居住用不動産またはその購入資金の贈与があった場合に、2,000万円まで贈与税の対象から控除される制度があります。この制度は「おしどり贈与」とも呼ばれ、暦年課税と併用できるので、合計2,110万円までは贈与税がかかりません。
どちらの制度も、利用する場合には贈与のあった年の翌年の2月1日から3月15日までに贈与税の申告が必要です。
不動産を生前贈与するためには、贈与契約書の作成や名義変更の登記などの手続きが必要です。ここでは、不動産を生前贈与する際の手続きを詳しく紹介します。
贈与は、贈与する人(贈与者)と贈与される人(受贈者)との契約です。法律上は口頭での約束でも贈与契約は成り立ちますが、名義変更手続きでは「登記原因証明情報」という書類が必要です。贈与契約書も登記原因証明情報に該当するので、次のような贈与契約書を作成しておきましょう。
その土地や建物の所在地などの情報を正確に記載する必要があるため、あらかじめ法務局で「登記事項証明書」を取得しましょう。
贈与したことを明らかにするため、対象となる不動産を管轄する法務局で名義変更の登記を申請します。登記申請は専門家である司法書士に依頼するのが一般的です。申請に必要な書類は以下のとおりです。
不動産の生前贈与には、相続税額が減らせたり相続トラブルを防止できたりするメリットがある一方で、以下の注意点があります。
不動産の生前贈与によって贈与税が発生した場合は、納税用の現金が必要となります。贈与税には物納が認められていないため、多額の贈与税が発生したときには贈与された不動産を売却しなければならないことも考えられます。
不動産の評価額が高い場合は、納税額がいくらになるのかを確認しておきましょう。
生前贈与によって得た利益は「特別受益」と言われ、遺産分割協議の際に、特別受益を持ち戻して、遺産の分け方を話し合うことになります。
たとえば、長男が父親から3千万円の不動産を贈与で受けとり、その後、その父親が亡くなり、現金3千万円が残されたとします。長男と次男が遺産分割協議で遺産を半分に分けるように決めた場合、長男は現金を受け取ることはできません。
なぜなら生前贈与された不動産をあわせた6000万円が相続財産とみなされるためです。それを半分に分けると、それぞれ3000万円が相続分となります。長男はすでに不動産の贈与で3000万円分の財産を受け取っているので、現金3千万円は次男が相続することとなります。
なお、婚姻期間20年以上の夫婦間で行われる「おしどり贈与」は、居住用不動産(自宅)の贈与の場合には、この特別受益の対象外で、相続のときに持ち戻す必要がありません。このことによって、自宅の生前贈与を受けた配偶者が、持ち戻しにより相続でもらえる金額が減り、十分な生活資金を得ることできなくなる恐れがなくなりました。遺留分についても気にしなくて済みます。
また、特別受益の持ち戻しは、贈与した人が「私が死んだときに持ち戻さなくていいよ」と遺言で意思表示をしていれば、免除されます。生前贈与は遺言の作成とセットで行うことで、相続時のもめごとを減らすことができます。
生前贈与ではなく、遺言で不動産を特定の人に残すことは可能です。
しかし、相続法改正で扱いが変わっている点に注意が必要です。たとえ遺言があっても、法定相続分を超えた部分については、他の法定相続人から権利を得た第三者が先に登記してしまうと、登記の内容が遺言に優先されるルールができました。遺言があるからと安心せず、早めに登記しておくことが重要です。
生前贈与で多額の税金がかかってしまうケースでは、民事信託(家族信託)の利用も一つの方法です。民事信託とは「委託者(たとえば父親)」が「受託者(たとえば長男)」と契約を結び、土地や建物などの財産を受託者に移転して管理を任せるというものです。
所有権(名義)は受託者に移りますが、財産を利用する権利(受益権)は「受益者」という立場の人にあります。この受益者を委託者(両方とも父親)と同一にしておくことで、実質的な権利は委託者(父親)のままになります。この場合、贈与税は発生しません。その後、受益者である父親が亡くなったときには、その受益権や財産を受け取った人に相続税が課されることになります。
受託者死亡時の次の受託者をあらかじめ指定することもできるため、相続対策の選択肢が広がります。民事信託の組成には、数十万円から百万円以上の費用がかかりますが、新たな相続対策として、最近特に注目されています。
ここでは、不動産の生前贈与でよくある質問をご紹介します。
土地も建物も、贈与税の財産評価方法は、相続税と同じです。土地の場合、市街地であれば「路線価方式」によって計算します。計算式は「路線価 × 補正率 × 面積」で、土地を売買する際の金額のおよそ70%~80%程度の金額が目安になります。なお、補正率とは、土地の形状を評価額に反映させるためのものです。
また、路線価が定められていない地域では「倍率方式」で計算します。倍率方式では、固定資産税評価額に一定の倍率を乗じた評価額となります。建物については、固定資産税評価額が贈与税の評価額となります。
年110万円を超える生前贈与となる場合は、贈与した翌年の2月1日から3月15日までに贈与税の確定申告をしなければなりません。なお、相続時精算課税を選択した場合も年110万円の基礎控除枠を超えたら贈与額に関わらず贈与税申告が必要となるので注意しましょう。
土地の生前贈与には、将来の相続税を減らせる可能性があるだけでなく、相続トラブル防止や認知症対策に活用できるメリットがあります。ただし、贈与と相続のどちらが得であるかは慎重な税金シミュレーションが必要なため、わからないことあれば税理士に相談してみましょう。
(記事は2024年3月1日時点の情報に基づいています)
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