相続税の“10年ルール”とは? 海外在住者が注意すべき課税対象の判断基準【相続税お悩み相談室】

税理士の森田貴子さんが相続税にまつわる様々なお悩みにお答えします。今回の相談者は、長年海外に住んでいて、日本で相続税を納める必要があるのか悩んでいます。
税理士の森田貴子さんが相続税にまつわる様々なお悩みにお答えします。今回の相談者は、長年海外に住んでいて、日本で相続税を納める必要があるのか悩んでいます。
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私は海外に20年居住(日本国籍あり)しており、日本には現在住所がありません。両親(日本国籍)が海外と日本国内に不動産を所有しています。両親は現在日本に住んでいます。こうした場合でも、日本で相続税の申告を行う必要があるのでしょうか?(国外在住、55歳男性)
相続税では、被相続人(亡くなった人)と相続人の両方について、「日本での居住状況」や「居住年数」「国籍」「財産の所在地」といった複数の要素の組み合わせによって、課税対象となるかどうかが決まります。そのため、まずは「相続税を支払う義務があるかどうか(納税義務者かどうか)」、その次に「どの財産に課税されるか」を確認する必要があります。
たとえ海外に長く住み、日本に住所がない相続人であっても、過去及び相続開始前の居住歴や財産のある場所、日本国籍の有無によっては、日本の相続税の課税対象になる場合があります。
相続税法では、納税義務者は大きく次の2つに分類されます。1つは、取得した国内外すべての遺産に課税される「無制限納税義務者」。もう1つは、日本国内に所在する遺産のみ課税される「制限納税義務者」です。無制限納税義務者は、さらに「居住無制限納税義務者」と「非居住無制限納税義務者」に、制限納税義務者は「居住制限納税義務者」と「非居住制限納税義務者」に分かれます。
制限納税義務者は、かつては相続人(遺産取得者)の住所地のみで判定されていましたが、度重なる改正によって、相続人だけではなく、被相続人も含めた住所の有無や期間、さらに日本国籍の有無などとの組み合わせによって判定され、とても複雑になっています。
無制限納税義務者とは、国内外すべての財産に相続税が課される人を指します。以下のいずれかに該当する場合に当てはまります。
(1)居住無制限納税義務者:相続人が相続開始時点(被相続人が亡くなったとき)で日本に住所を有する相続人。
①一時居住者(※1)でない。
②一時居住者である、ただし被相続人が外国人被相続人(※2)又は非居住被相続人(※3)である場合を除く。
(2)非居住無制限納税義務者:財産取得時に日本に住所がない相続人。過去10年以内に日本に住所があり、かつ日本国籍を有している。
①日本国籍を有する個人(重国籍者含む)で
ⅰ相続開始前10年以内のいずれかの時点で日本に住所があったことがある。
ⅱ相続開始前10年以内のいずれの時点でも日本に住所があったことがなく、被相続人が外国人被相続人でも非居住被相続人でもない。
②日本国籍を有しない個人、ただし次のように被相続人が外国人被相続人又は非居住被相続人である場合を除きます。
※1「一時居住者」とは、相続開始時に出入国管理及び難民認定法に定める在留資格(相続税の判定では別表第一に掲げる在留区分のみ)を有する人で、相続開始前15年以内に日本に住所があった期間の合計が10年以下である人。
※2「外国人被相続人」とは、相続開始時に在留資格を有し、日本に住所があった外国人被相続人。
※3「非居住被相続人」とは、相続開始時に日本に住所がなく次の①②の人。
①相続開始前10年以内のいずれの時点でも日本に住所がなかった被相続人(日本人であるか外国人であるかを問わない)。
または
②相続開始前10年以内のいずれかの時点で日本に住所があったが、その時期に外国人(日本国籍がなかった被相続人)であった人。
制限納税義務者とは、相続によって取得した財産のうち、日本国内に所在する財産にのみ相続税が課される人を指します。以下のいずれかに該当するケースです。
(1)居住制限納税義務者:財産取得時に日本に住所を有し、居住無制限納税義務者に該当しない相続人。
(2)非居住制限納税義務者:財産取得時に日本に住所がなく、非居住無制限納税義務者に該当しない相続人
このように、いまの相続税の制度は被相続人の住所や国籍、居住期間との組み合わせも加味されるようになり、非常に複雑になっています。
被相続人の在命中に相続人の住所を国外に移すことによる相続税回避を封ずるため、非居住無制限納税義務について、2017年改正で非居住であっても全世界の遺産に納税義務を負う期間が5年以内から10年以内に延長されました。また、日本国籍放棄による相続税回避を封じるため、2013年度改正及び2017年度改正により、国内に住所がなく日本国籍もない相続人の非居住無制限納税義務についての改正と拡充がされました。
一方、高度外国人材の日本への受入れと長期滞在を阻害しないため、数度の改正により、一時的(相続開始前15年以内に日本に10年以下)に日本に住所を持つにすぎない外国人の相続については、制限納税義務者として国内財産のみが日本の相続税の対象となっています。
この制度でまず気をつけていただきたいのが、2017年の法改正で導入された「10年ルール」です。これは、それまで「5年以内」とされていた居住歴の判定期間を「10年以内」に延長したものです。
具体的には、相続人と被相続人の両方が、相続開始前10年以内に日本に居住していたかどうかが判断基準となり、 その条件に該当すると、「国内だけでなく国外にある財産も含めて」相続税が課税される可能性が高くなります。
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相続の相談が出来る税理士を探す相続税の納税義務者になるかどうかは、非常に複雑です。相談者は、日本国籍をお持ちで海外に20年居住されていて日本に住所はなく、ご両親は日本に住所があるとのこと。
まずは、ご両親がご健在の中、事前にご相談をいただいたことに感謝申し上げます。海外居住、国外財産もあるケースでは、相続税対策は早めの準備が非常に重要です。将来ご両親が亡くなられた際に、相続税が「海外を含めたすべての財産」にかかる場合と、「日本国内の財産のみにかかる場合」とに分かれます。
今回の相談者の状況は、ご両親(日本人)が日本に居住されており、相談者は日本国籍を有する非居住者(相続開始前10年日本に住所なし)であることから無制限納税義務者です。将来の相続では、国内財産・国外財産ともに相続税の課税対象になる可能性が高いと考えられます。このように、相続税の課税範囲は、国籍だけでなく過去10年間の居住歴の有無が大きく関係してきます。なお、「過去10年」の判定は相続開始時点を起点とする点にご留意ください。
今後、居住形態を変更された場合には、該当する制度が変わる可能性もありますので、その際はあらためてご相談いただければと思います。
なお、「過去10年以内に日本に住所があったかどうか」は、単に住民票の有無だけではなく、以下のような点を総合的に判断されます。
民法第22条では住所について「各人の生活の本拠をその者の住所とする」と規定されており、相続税法でもこれと同じ考え方をとります。一時的な国外滞在(出張・興行など)によって一時的に日本を離れている場合でも、生活の本拠が日本にあると判断されれば、住所は日本にあるものとされます。
国籍の判定についても別途詳細な基準があるため、納税義務の判定は自己判断せず、必ず税理士に確認することをおすすめします。
「海外に移住し、財産も国外に移せば日本の相続税を回避できるのではないか」と考える方もいますが、それは誤りです。
実際には、2017年と2018年の税制改正によって、海外移住による課税逃れ(キャピタルフライト)を防ぐ規制が強化されました。この背景には、財務省が国際的な課税逃れに対する危機意識を強めたことがあると見られます。
現在の制度では、相続開始時点で相続人または被相続人のどちらかが日本に住所を有していれば、国外財産であっても課税対象となります。さらに、相続開始前10年以内に日本に居住していた実績があれば、無制限納税義務者とされ、同様に国外財産への課税が行われます。
そのため、単に海外に住居を移すだけでは、相続税を免れることはできません。
国際相続で、納税義務者になるかどうかの次に大切なのは、財産の所在地です。
たとえば、各財産の所在地は以下のように判定されます。
このような基準が定められており、国外に所在する財産であっても、無制限納税義務者に該当する場合は、課税対象になります。
実務上、相続税の納税義務者の判定は、税務調査で着目されることが少なくありません。自分で制限納税義務者だと考え、国外財産を除いて申告した場合でも、税務調査によって「生活の本拠が日本にある」と判断されれば、国外財産も含めた修正申告を求められ、追徴課税が科されるおそれがあります。特に高額な国外資産を有するケースでは、数千万円単位の追徴税額に発展することもあり、非常にリスクが高くなります。
国際相続では納税義務の有無や課税財産の範囲が複雑であり、誤った判断により重大な税務リスクを招く可能性があります。今回のケースのように相続人が国外に一定の居住実績がある場合だけではなく、今や海外に遺産がある場合や国際結婚されている場合、海外赴任している場合などさまざまなケースがあります。
日本の相続税は税率も高く、課税範囲も広い。海外に居住している場合でも、安易に「関係ない」と判断せず、早期に国際相続に精通した税理士のサポートを受けて対策を講じることが不可欠です。
(記事は2025年6月1日時点の情報に基づいています。質問は実際の相談内容をもとに再構成しています)
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