増える国際相続、どんなトラブルがある? 対策は? 国際相続に詳しい税理士に聞く

「亡くなった人が海外に財産を持っていた」「海外に相続人がいる」。最近、このような国境をまたぐ相続(国際相続)が増えているといいます。なぜ増えたのでしょうか。また、どんなトラブルが生じやすいのでしょうか?対策を含め、セブンセンス税理士法人で国際相続業務に携わる税理士の金田一喜代美さんに話を伺いました。
「亡くなった人が海外に財産を持っていた」「海外に相続人がいる」。最近、このような国境をまたぐ相続(国際相続)が増えているといいます。なぜ増えたのでしょうか。また、どんなトラブルが生じやすいのでしょうか?対策を含め、セブンセンス税理士法人で国際相続業務に携わる税理士の金田一喜代美さんに話を伺いました。
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――最近、国際相続が増えていると聞きます。なぜでしょうか。
ヒト・モノ・カネの国境を越えた移動が珍しくなくなったからです。コロナ禍でいったん移動が止まっていましたが、コロナ禍が明けた2023年ごろから再び活発に動くようになりました。具体的には次の2つが影響しています。
1つ目は、国際結婚や海外赴任です。こういった事情が生じると、必然的に家族の誰かが海外に住む、あるいは海外に財産があるという状態になります。
2つ目は、オンラインの投資プラットフォームを通じて簡単に海外投資ができるようになったことです。今はヒトが移動しなくても、気軽に海外投資ができる時代です。そのため、日本に住んでいる人が海外に不動産や金融商品、暗号資産を保有するケースが増えています。
ヒト・モノ・カネの移動がグローバル化すれば、当然「海外にいる人や海外にある財産の相続はどうするか」といった問題が生じます。これが国際相続が増えている要因です。
――国際相続の場面では、どういった相談が多いですか。
日本人の女性からのご相談が多いですね。「外国人の夫が亡くなり、夫の母国に財産がある。相続手続きや相続税はどうなるのか」といった質問です。
最近だと、アメリカの年金制度(IRA)に関する問い合わせが増えています。「退職年金を日本の相続人が取得したのだが、解約や送金、税金を含めた相続手続きについて教えてほしい」というものです。また「アメリカの財産を相続したので弁護士を紹介してほしい」と相続人から言われることもあります。
このほか、オーストラリアやドイツ、カナダ、台湾といった国・地域の相続についての相談もあります。
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相続の相談が出来る税理士を探す――国際相続は、日本の法律だけでなく海外の法律も影響すると聞きます。どういった違いがありますか。また、それにより相続人たちにどんなトラブルが生じますか。
日本と海外の法律には大きく3つの違いがあります。
1つ目は、海外の相続手続きや申告の期限の違いです。日本では、相続税の申告や相続登記の期限は次のようになっています。
海外の手続き期限は日本より短いケースが大半です。結果、相談に来た時点でペナルティーが生じていることがあります。
たとえば台湾では相続税の申告は6カ月以内、相続放棄の手続きの期限は2カ月以内となっています。しかし通常、相談にいらっしゃるのは、財産の持ち主が亡くなってから3~4カ月経過してからです。こうなると、ペナルティーで余計なコストを負担することになってしまいます。
2つ目は、相続人の身分を法的に明確にする制度の有無です。日本は戸籍制度があるおかげで、相続人の調査や確定は難しくありません。しかし、戸籍制度がない国ではなかなか相続人が確定できないケースがあります。
相続人が確定しなければ、相続手続きそのものも進みません。後から相続人が出てきた場合は、手続きをやり直す必要もあります。実際、ブラジルの相続案件では、手続きが一通り終わった段階で亡くなった父に他の子どもがいたことが発覚し、手続きをやり直したことがありました。
海外でも身分証明制度がないわけではありません。たとえばアメリカにはバイタルレコードという出生などを証明する制度があります。ですが、役所では管理していないため、自分が証明書を保管しておかないと使えません。
このような事情から、弊社では相続人の調査や確定を現地の弁護士に依頼しています。
3つ目は、相続手続きそのものの違いです。日本では、相続人や相続財産を調査したあと、遺言による指定がなければ相続人同士が集まって遺産分割協議を行い、財産の分け方を決めてから相続税申告をします。しかし海外に相続財産がある場合、現地国では異なる手続きが求められることが多々あります。
たとえばアメリカやイギリスでは、亡くなった人の相続財産について裁判所で「プロベート(Probate)」という手続きを行います。これが完了しないと遺産分割ができません。
また、相続税にあたる税金を払うタイミングも違います。日本だと、相続税の申告に合わせて10カ月以内ですが、アメリカではプロベートの1つのプロセスとして、裁判所に選任された遺産管財人が遺産税を先に支払います。日本のように、相続人が相続税を払うのではありません。
プロベートには最低でも1年ほどの期間がかかります。つまり、なかなか遺産分割に入れないのです。過去の案件では、土地のプロベート中に相続した土地から遺跡が発掘されたことがありました。こうなると調査だけでなく市が遺跡を買い取るかどうかの決定までにも時間がかかります。結果、さらに遺産分割までに時間がかかることになってしまうのです。
以上が日本と海外の法の違いによる問題ですが、日本の民法が現地国の相続財産に及ばないがゆえの大変さもあります。
アメリカにも日本と同様に遺言制度がありますが、遺言書に記載される受遺者の名前が15人や20人になることが珍しくありません。亡くなった人の友人や離婚した夫の子どもなどが受遺者になりますが、たいていは日本の相続人にとって知らない人たちばかりです。
そして現地国にある財産の遺贈には、日本の民法が適用されません。現地国の相続財産を見知らぬ受遺者が受け取っても、日本の法定相続人は遺留分(相続で、最低でもこの割合だけはもらえるという権利)を主張できないのです。これがトラブルに発展することがあります。
――法律の違い以外に税理士として相続手続きで苦労することはありますか。
2つあります。1つ目は、文化の違いによる大変さです。
たとえばアメリカでは、結婚と離婚を繰り返すことが少なくありません。結果、日本の相続人が認識していない相続人が10人を超えることもあります。
実際、被相続人(亡くなった人)が生前に結婚と離婚を3回繰り返し、それぞれで5人ずつ子どもがいたため、相続人が15人となった案件もありました。お互いの家族を知らない状態で、家族ごとに文化が違います。また、代襲相続により相続人が40人になった案件もあります。
このようなケースでは、相続税の申告をまとめるのに苦労します。文化が違うということは、申告への考え方も違うということだからです。ある家族は相続税の申告にとても協力的だけれど、別の家族は「お金をもらったとしても絶対に申告したくない」と言い出したりします。
以前、ある相続の件で相続人の家に呼ばれました。すると、そこにはまったく文化が異なる家族の相続人もいて「何しに来たんだ」と怒鳴られ、悲しい思いをしたことがあります。
2つ目は、国際相続ゆえの手続きやコミュニケーションの大変さです。
たとえば、外国人が日本で相続手続きをするには、宣誓供述書を大使館などで取得しなくてはなりません。ある案件では相続人のうち10人が高齢者で、自力で大使館に行けないということがありました。この場合、税理士が代わりに取得しに行くには委任状が必要です。このときは手間や時間がかかり、とても大変な思いをしました。
このほか、海外から相続財産である現金が送金されても相続人の手元に届くまで時間がかかることがあります。今はマネーロンダリング対策により、金融機関の調査が厳しくなっているからです。
ただし、この対応は金融機関によって異なります。以前、一部の相続人が1カ月経ってもお金を受け取れない事案がありました。気になって金融機関に電話したところ、担当者から「国際相続をよく知らず、許可していいかどうか判断できなかった」と返事されたこともあったほどです。
また、時差が大きいと現地の専門家とのコミュニケーションも大変です。ニューヨークの専門家と提携した際は、夜中の11時に電話やミーティングを行うなどします。国によっては、手続き一つにしてもマイペースでのんびりしていることがあって、なかなか連絡がつかないこともあります。メールをして返信がなければ、電話でも留守電でもします。スタッフが仕方なく現地の法律事務所まで足を運んだこともありました。
――国際相続が発生する可能性のある人は増えると思いますが、将来のトラブルを極力抑えるにはどうしたらいいですか。
1つは、自分の資産や親族がどの国に関係しているかを把握し、現地の相続法や相続税法をある程度知っておくことです。相続手続きや申告の期限は国によって違います。相続税がかかるかどうかも知っておくといいでしょう。
たとえばアメリカだと、連邦遺産税の控除額は大きいためかからないと思っていても、州の控除額が少ないため、州でかかる場合が多々あります。
もう1つは、生きている間に遺産分割の意思を明確にしておくことです。現地の相続に関する法律を知った上で事前に遺産分割をどうするかを決めておけば、後々のトラブルを防ぐことができます。遺産分割トラブルの対策には遺言書が有効です。ただし、日本の民法だけではカバーできないので、相続に関係する現地国で別途、遺言書を作っておくといいでしょう。
過去の案件で、被相続人も相続人も全員日本に住んでいる日本人の家族が、思わぬ国際相続に見舞われて大変になったことがありました。被相続人が生前に購入したオーストラリアの別荘があとから見つかったのです。きっかけは固定資産税の明細書でした。これを、被相続人の奥さんと子どもたちで分割して取得することにしたのですが、これが思わぬコストを生みました。
オーストラリアでは、財産を相続しても相続税がかかりません。しかし、被相続人の子どもが取得すると登記変更に税金がかかります。このときは1人あたり600万円かかりました。こうなると、別荘の相続割合を変える必要があります。それに伴って相続税の申告もやり直さないといけなくなる、ということで苦労しました。もし生前に「妻にすべて相続させる」と遺言を残していれば、トラブルは避けられたかもしれません。
また、アメリカだと生前対策は特に有効に働きます。プロベートが発生すると1年間は相続財産を自由に動かすことができません。ということは「相続財産を換金して日本の相続税を払う」こともできないわけです。そうならないよう、次のような対策を講じてプロベートを回避しておくと安心です。
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相続の相談が出来る税理士を探す――講師を務める税理士向けの国際相続セミナーには、申し込みが多数寄せられるようですね。相続を扱う税理士にとっても、国際相続は避けられないテーマになっているということでしょうか。
そうだと思います。「海外に財産を持つ」「我が子が海外に移住する」「海外に子会社を持つ、あるいは海外の企業が日本に子会社を持つ」など、グローバル化が今後さらに進展していくと見られます。そうなると、税務は日本国内で完結できません。相続専門でない税理士の方を含め、国際相続へのかかわりは増えていくと思われます。
将来の国際相続案件に備え、税理士が注意しておくべきなのは、相続税の申告期限が日本と海外とで異なることを意識しておくことです。海外だと期限が短いことがあるため、思わぬペナルティーが生じる可能性があります。
また、1人で無理して解決しようとしないことも大切です。税理士は概して責任感が強く「自分1人で何とかしなきゃ」と思いがちです。しかし、国際相続は現地の法律や文化を知らないとできないことが多々あります。海外でも税制改正がありますし、実際にアメリカの遺産税の基礎控除は毎年変わります。こういった状況で無理に頑張って間違えてしまうと、クライアントに迷惑がかかってしまいます。
「分からなかったら他の同業者に聞くか、案件そのものをお願いする」「現地の専門家と提携して分業する」といったことが大切です。
――今後、国際相続の実務でどのような変化があると見込んでいますか。
これから国際相続はいろいろ変わってくると思います。暗号資産やNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)など、デジタル資産が新しい資産クラスとして登場しました。この評価方法や課税のルールは現在、国内外において整備されていないところがあるので、どうなっていくかが気になるところです。また、相続税の申告や納付のデジタル化や自動化により、国際的な手続きが迅速化される可能性に期待したいと思います。
(記事は2025年3月1日時点の情報に基づいています)
2019年11月に旧アイクスグループと旧東京税経センターグループが統合してセブンセンスグループが発足。現グループ代表は税理士・行政書士の徐瑛義氏。グループには税理士や社会保険労務士をはじめ約250人のスタッフが在籍し、会計・税務・労務・法務・DX等のサービスを展開している。国内13カ所とシンガポールに拠点を持ち、年間約300件の相続案件を扱う。日本国内の相続税申告にとどまらず、東京丸の内オフィスのseventh sense GEPAS inc.では海外資産や国際相続についても対応。英語・中国語・韓国語など6カ国語対応が可能で、アメリカ・ヨーロッパ・オーストラリア・台湾などの案件を取り扱う。
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