目次

  1. 1. 家族信託で託した財産は「みなし相続財産」
  2. 2. 遺留分請求を逃れるための契約は無効になる恐れ
  3. 3. 遺留分対策の前にまずすべきこと
  4. 4. 遺留分請求は必ずされるという前提で対策はしっかりやる

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家族信託は、高齢の親世代が保有する不動産や金銭などの財産の管理・処分を子世代に託し、長い老後に備えるのが最も典型的な形です。親が子に管理を託す財産のことを「信託財産」と言います。この信託財産は、信託契約の存続中は親が保有する他の所有権財産とは隔離された一つの「信託受益権」という財産(債権)として扱われます。

例えば、父親を委託者兼受益者、長男を受託者とする信託契約を交わした場合、当該契約に基づく信託財産は、法律上も税務上も、実質的に受益者たる父親が持っていることになります。父親が死亡した場合、信託財産の承継者は、信託契約の中で指定することができます。例えば、当初受益者たる父親の死亡後は、母親を第二受益者とすると、信託財産は母親が承継することになりますが、長男は受託者として引き続き財産管理を継続することができます。

このように「信託」とは、「受益者のための財産管理」という機能を持つと共に、財産の承継者を何段階にも指定できるという「円満円滑な資産承継」を実現するための機能も持っています。

信託の資産承継の機能において、法律上留意すべき点として「遺留分」が挙げられます。遺留分とは、特定の法定相続人に民法上認められた被相続人の財産を最低限もらう権利のことです。
信託財産は、他の所有権財産とは概念上隔離され、独立して扱われると触れたように、信託財産は民法上の相続財産(遺産)ではないとの法的解釈から「信託財産には遺留分請求が及ばない」「信託をすれば遺留分は回避できる」という議論もありました。税務上も、信託受益権は被相続人固有の相続財産ではないが、被相続人の死亡を原因として他者に権利が移る場合には「みなし相続財産」として扱うことが明記されています(相続税法第9条の2第2項)。税務上みなし相続財産として扱われる代表的なものは生命保険(死亡保険金)です。死亡保険金は、受取人固有の権利であり、遺産分割協議や遺留分請求の対象にならないという判例が確立されています。信託受益権も生命保険と同様に扱われるべきという主張が一部の法律職からされていたことがありました。
しかし現在は、信託財産(信託受益権)は実体上受益者の財産であるゆえ、受益者が死亡した場合には、その信託財産は他の相続財産と同様に扱われ、遺留分の対象になると考えられています。

信託と遺留分の関係について検討する際に、必ず触れるべき有名な地裁判決(平成30年9月12日)があります。

この判決の重要なことは下記の2点です。

1.信託財産(信託受益権)も遺留分侵害額請求の対象となる
2.遺留分請求を逃れることを目的とした信託契約は公序良俗に反し無効となる

そして、この判決から学ぶべきことは、次のことであると考えます。

「信託」はあくまで財産管理の仕組みであるが、その財産管理が世代をまたいで実現できる点において、実質的に資産承継先の指定(遺言の代用)の機能を持つという認識を持つべきです。それゆえ、「受益者のための財産管理」の意図・実態が無いままに、他の隠れたる意図・目的(例えば、遺留分請求の回避や相続税対策)の実現のためだけに信託を実行しようとすることは、後に法的効力が問題になること。また法定相続人等の利害関係人にとって紛争の火種になる可能性があるので絶対に避けるべきであるということです。

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遺留分を侵害する内容の信託契約を実行することは法律上問題ありません。その一方で、遺留分権利者にもきちんと財産を渡す旨の信託契約や遺言を作るべきという専門家もいます。
そこで大切なことは、老後を託し財産を遺す親(受益者)と親を支え財産を受け継いでいく子側が、ともに安心・納得できる財産管理や資産承継の仕組みを作ることです。そのためには、家族会議を開催し面と向かって話し合う場を設け、親が自分自身の老後生活や資産承継の希望をきちんと子に伝えることが重要です。親の想いを子に伝え、それを受けた子側の希望や覚悟も聞いた上で、老後を誰に託し、その先の資産承継は親や家族への貢献度を踏まえ遺志や未来を託せる子に多くの財産を遺すというプロセスを踏むべきです。

遺留分すらあげたくない子がいる家族のケースでは、家族会議を開いてもその子は顔を出さないこともあるでしょう。また、その子が家族会議に参加することで、話し合いが混乱しかえって面倒な事態が起きることも想定されます。
親の想いに応えようとしない子がいる場合、その子に強く言えるような親側の気力・体力が充実していることも重要です。親が認知症や大病を患って子に強く言えないような状況になってからでは、手遅れとなるリスクもあります。気力・体力が衰えた場合に限らず、もともとの親の性格や親子の関係において親自身が「ガツン」と言えない場合は、客観的な立場から正論を言える第三者(法律専門職など)を家族会議に同席させることも一案です。

遺留分すらあげたくない子に対して、「なぜ自分は遺産をあまり貰えないのか」の理由を子自身に明確に認識させることは実は非常に重要です。「生前贈与で既に多くの経済的な恩恵を与えた」「お金を何度も無心されて苦労させられた」「親の介護に一切かかわろうとしなかった」「地主として先祖代々長子が不動産を引き継ぎ守ってきた流れを踏襲したい」など、親が一部の子の遺留分を侵害するような資産承継の指定をすることの理由を明示することで、遺される兄弟姉妹の関係性を維持できる効果が期待できます。

血を分けた兄弟姉妹が、親の相続を機に家族として袂を分かつことになるのは非常に悲しいことです。不均衡な遺産の分配をするとしても、親が子どもたちにどのような想いをもって財産を遺すかを伝えることは、一族の将来を見据えた時にとても重要なプロセスなのです。

遺留分侵害額請求がされるかどうか分からないという理由で、対策に二の足を踏む方もいます。ただ、数多くの相続の現場を見てきた筆者の経験上、実際に親の相続が起きれば、まず遺留分は必ず請求してくるものと考えた方が得策でしょう。
遺留分を侵害する内容の家族信託や遺言を作成する場合は、できる限りしっかりとした対策を講じる覚悟をもって臨むべきです。家族信託だけでなく、遺言の作成、生命保険の活用、生前贈与、生前売買、養子縁組など様々な選択肢があるので、この分野に精通した法務・税務等の専門家を交えながら検討・実行してください。

(記事は2021年1月1日時点の情報に基づいています)

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