目次

  1. 1. まずは制度を受けるための要件を確認しましょう
    1. 1-1. 対象となる資産は青色申告書に記載されているものを
  2. 2. 3年に1回の税務署へ報告を忘れずに
  3. 3. 適用にあたっての留意点を再確認

2019年度の税制改正により個人版事業承継税制が創設され、個人事業主の事業承継も行いやすくなりました。法人版事業承継税制に比べて手続きは簡素になっていますが、適用対象資産に注意する必要がある制度になっています。

個人版事業承継税制とは、後継者が、贈与又は相続等により取得した特例受贈事業用資産又は特例事業用資産(以下、まとめて「特例事業用資産等」といいます。詳細は、「対象となる資産は⻘⾊申告書に記載されているものを」 の項を参照)に係る贈与税・相続税の納税を猶予し、後継者がさらに次世代の後継者にその特例事業用資産等を承継した場合等に、その猶予された税額が免除される制度です。

基本的には2018年度税制改正により創設された法人版事業承継税制(特例措置)に準じた内容となっていますが、煩雑な手続きを避けること、自由な経済活動を阻害しないように特例事業用資産等の買い替え・除却といった事由が発生しても納税とならないこと、といった観点から制度設計がされています。

この制度の適用を受けるためには、

「その事業に係る特例事業用資産等のすべてを贈与又は相続により取得していること」

「青色申告を行い、帳簿書類を備え付け一切の取引を詳細に記録していたこと」

等の要件を満たしている必要があります。

法人版事業承継税制のような従業員要件はありません。

なお、小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)とは選択適用となっていますので、比較検討の上、どちらか有利な一方を選択することができます。

また、2024年3月末までに「個人事業承継計画(注※1)」を都道府県庁に提出し、2028年12月末までに特例事業用資産等の承継を行う必要があります。

(注※1) 個人事業承継計画 … 先代事業者及び後継者の氏名及び、「先代事業者が後継者に事業承継するまでの期間における経営の計画」や「後継者が事業承継をした後の経営計画」を記載します。

※(編集部注)2024年度(令和6年度)の税制改正により、「個人事業承継計画」の提出期限は2026年(令和8年)3月31日まで延長されています。

この制度の対象となる資産は、先代事業者が事業所得を生ずべき事業の用に使用していた次の1~3に該当する資産で、確定申告書の青色申告書に記載されているものをいいます。アパートなどの不動産所得を生ずべき事業の用に使用されていた資産は対象外です。

1  土地又は借地権
事業の用に供されている部分のうち、400㎡以下の部分

2  建物
当該建物の床面積のうち800㎡以下の部分

3  減価償却資産
機械、器具備品、車両、船舶、構築物、無形償却資産(特許権等)、生物(乳用牛、果樹等)その他一定の資産をいいます。

【特例事業用資産の範囲】

制度適用後の事務手続きについて説明します。

⑴3年に1回の報告

個人版事業承継税制は適用後、3年に1回、税務署へ報告を行う必要があります。法人版の事業承継税制における報告手続き(適用後5年間は毎年都道府県庁及び税務署に、6年目以降は3年に1回税務署に報告)に比べて簡素な手続きとなっています。

⑵対象となった資産を売却した場合

特例事業用資産等を事業の用に供さなくなった場合、原則としてその供さなくなった部分に対応する税額を納税する必要があります。

ただし、陳腐化等の理由で廃棄した場合で税務署長の承認を得たときは、その廃棄した部分についても引き続き個人版事業承継税制の適用を受けることができます。

また、特例事業用資産等の買い替えを行った場合は、購入金額が売却金額を上回ったとき(つまり、売却によって手に入ったお金が手元に残らなかったとき)には納税する必要はありません。逆に、売却金額が購入金額を上回ったとき(売却によって手に入ったお金が手元に残ったとき)には、その上回った部分の金額(手元に残ったお金に相当する部分)について、納税する必要があります。

個人版事業承継税制の適用にあたっては、以下の点に気を付けていただく必要があります。

1  すべての特例事業用資産等を一括して贈与する必要があること

先代事業者が本税制の対象となる資産(複数の事業を営んでいる場合には、事業承継する事業に係る資産)を一括して贈与する必要があります。そのため、土地は先代事業者が保有したまま、建物や機械等だけを贈与するといったことは認められていません。

2  相続時には、贈与時の価額で相続税を計算すること

贈与税の納税猶予制度の適用を受けたあと、その贈与者が亡くなった場合、その贈与された特例事業用資産等は相続により取得したものとみなして相続税の課税対象となります。なお、相続発生時において一定の要件を満たしていれば、引き続き相続税の納税猶予制度を受けることができます。

この場合に、贈与時の時価で相続したものとして相続税を計算します。建物や機械等のように、時の経過により価値が減少する資産(減価償却資産)であっても、相続時の時価ではなく贈与時の時価(過去の高い価値)で相続税の計算することになりますので、通常の相続税に比べて、相続税負担が重くなるケースも考えられます。

3  登録免許税・不動産取得税の負担が発生すること

土地や建物を後継者に贈与した場合、贈与税のほかに、登録免許税や不動産取得税といった税金が課されます。これらの税負担も加味して検討する必要があります。

4  小規模宅地等の特例とは選択適用となること

個人版事業承継税制と小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)とは選択適用となっています。個人版事業承継税制は後継者のみが恩恵を受けられますが、小規模宅地等の特例を選択した場合には後継者以外の相続人の相続税も安くなります。そのため、後継者以外の相続人の同意を得たうえで、個人版事業承継税制の適用を受けることが望ましいと考えます。

個人事業主の事業承継のための税制としては、長い間小規模宅地等の特例のみで、土地を持っていない個人事業主の承継支援税制はありませんでした。昨年、個人版事業承継税制が創設され、多様な事業形態に応じた事業承継が行いやすくなりました。

一方で、「適用にあたっての留意点4」でも記載しましたが、個人版事業承継税制は後継者のみが恩恵を受けられますが、小規模宅地等の特例を選択した場合には後継者以外の相続人の相続税も安くなります。そのため、後継者以外の相続人の同意を得たうえで適用することが、将来の「争族」回避のために重要となります。後継者のみならず、他の相続人も含めてメリット・デメリットを正確に理解し、他の事業承継手法と比較検討したうえで意思決定することが望ましいと思います。

また複雑な制度であるため、適用する場合には税理士等の専門家に相談のうえ、適用することをお勧め致します。

(記事は2020年6月1日現在の情報に基づきます)