目次

  1. 1. 事例1:心臓マヒで倒れ、亡くなったパートナー
    1. 1-1. 不動産も銀行口座もすべて、亡くなったパートナーが名義人
    2. 1-2. いつか遺言を書こう、とは話していたが 
  2. 2. 事例2:故人の親族が訴えて、突然、自宅を差押えられた
    1. 2-1. パートナーの妹に連絡してから急展開
    2. 2-2. ふたりで築いた財産がまさかの「差し押さえ」に
  3. 3. 同性パートナーの遺産を引き継ぐには遺言が必須 
    1. 3-1. 人生の節目に行動を

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ライターとして同性カップルの書面の活用や老後の情報を発信していた私が、行政書士の資格を得て事務所を開いたのは2013年。現在までに受けたご相談には、やはり遺言がないばかりに困った、という事例もありました。そのいくつかを振り返ってみたいと思います。(*事例の細部は変更しています。)

「あのぉ、事情のわかった(ゲイの)弁護士さんを紹介してほしいんです……」
ある朝、事務所へ来ると留守電が点滅しています。再生してみると、高齢とおぼしいかたの声でおなじようなメッセージが、すでに3回ほど吹き込まれていました。最後のメッセージには「よければお電話ください」とありますが、よほど慌てているのか電話番号の吹き込みもありません(年配の人は電話機に表示があると思い込んでいる場合もあります)。

まずはふたたびかかってくるのを待つことにしました。

そして夕方になり、やっとかかってきた電話で聞いた事情は「ああ、またこういうことが起こったのか……」と暗い気持ちになる話でした。

とある地方に、長いパートナーシップを継続しているシニアのAさんと年上のパートナーのゲイカップルがいて、お二人はいっしょに事務所を開いて仕事をする間柄でもありました。ところが、前日に二人が出かけたスーパー銭湯で年上のパートナーが、突然、心臓マヒを起こして亡くなったというのです。

二人で営んでいた事務所は会社(法人)ではなく、個人事務所。お金の銀行口座も事務所の賃借権も、そして別の場所でいっしょに住んでいる家も、すべて亡くなったパートナーの名義であり、Aさんは、パートナーに雇用されるかたちになっていました。その名義者のほうが亡くなり、お察しのとおり、二人のあいだに遺言はありませんでした。

私はあるゲイ向けの雑誌に、ゲイの老後に関するコラム連載をしており、電話番号も公開しています。その雑誌の読者はシニアゲイが多く、インターネットも苦手なので、読者に誌面で老後情報を届けてほしいという編集部の意向からでした。電話をかけてきた方は、お二人の知人であり、たまたまその雑誌の読者。Aさんからの相談を受けたその知人が、私のコラムを思い出して電話をかけてきたそうです。

Aさんと亡くなったパートナーとは二人とも高齢ということもあり、遺言や養子縁組のことも言っていたそうです。いつかやろう、そろそろやろう。人はかならず死ぬ日が来るのだからーーそう思いつつも、まさかきょう自分が死ぬとは思わないでスーパー銭湯に行き、その日、亡くなったのです。
そちらの地方に知り合いのゲイの弁護士がいたので紹介をしましたが、その後、特にご相談もなかったとのことなので、どうなったのかは定かではありません。

もう一つの事例は直接、同性パートナーを亡くされたBさんから受けた相談です。こちらもゲイ雑誌の編集部から紹介された、とのことでした。
相談者Bさんには、30年をともに暮らしたゲイのパートナーがいました。飲食店を共同経営し、その後、地域再開発が幸いとなってまとまった立退料を得て、郊外で平穏に暮らしてきました。また、副収入用に小さなマンションも持っていたといいます。

ところが、パートナーにがんが見つかります。そのかたは独特の死生観をお持ちで、がん治療は一切行なわず、2年前に亡くなりました。また「死後1年は、身内のものには口外するな、伏せておけ」とも言い残しました。

亡くなったパートナーには妹がいました。以前は、この妹を含めた三人で一緒に事業をしていたこともあり、顔見知りでしたが、二人がゲイカップルの関係であることはとくに知らせていませんでした。また、二人が郊外に引っ込んだ後は、妹とはほとんど連絡もありませんでした。

死去から1年後、Bさんは生前に準備していたお墓に納骨。そこで初めて妹さんに死去のことを連絡しました。また、あまり深く考えず、パートナー名義だった副収入用のマンションも形見だといってあげることにしました。手切金のようなつもりだったのかもしれません。

ところがそれからさらに1年後……。ふたりが共有の生活資金として使ってきた銀行の口座が、突然不能になってお金がおろせなくなりました。そして、しばらくするとBさんの住所(パートナーとの死別後、別に自宅を買い転居)へ裁判所からの書留郵便が届きます。Bさん名義の住宅を仮差押えしたという決定書でした。

お子さんのいない故パートナーの法定相続人でもある妹は、兄の死を知らされてから、故人名義の財産を調べたようです。相続人という立場は最強ですから、銀行も口座の取引履歴をすべて開示します。すると兄の死後もお金が定期的に引き出されている。「これはなに? Bさんが兄の財産を横取りしているの?」ーー相続人の立場からするとそう見えてしまったわけです。

(*銀行口座は通常、名義者の死亡時に閉鎖されますが、銀行が死を知らず、そのまま使用できていたとのことです。)

妹は、Bさんへ遺産返還請求の裁判を起こそうとしていました。それに先立ちBさん名義の財産を調べて自宅があることを知り、遺産のお金が返ってこない場合に備えて、あらかじめこの不動産を仮差押えの申し立てをし、裁判所がそれを認めた決定が届いた、というのがことの経緯のようです。

とはいえ、銀行口座のお金はBさんとパートナーふたりで事業をし、その事業を手放した立退料を原資にその後もふたりで共同して運用してきた、実質的にはふたりで築いてきた財産です。それが、ただその口座が故人の名義で、妹が相続人だからといって、「すべて相続人のもの」となってしまうのでしょうか。
故人のがんがわかってからは時間が嵐のようにすぎてゆき、遺言を作るなどの余裕もなかったといいます。私から紹介し、現在相談に乗ってくれているゲイの弁護士も、「遺言1枚あったら違ったんですけどねえ……」と嘆息しました。

何度も述べている通り、法律婚ができない同性カップルの場合、一方が亡くなっても法定相続が起こりません。ともに築いた財産であっても、その所有名義が故人の場合、故人の親族が相続権者となり、パートナーの立場からいえば財産を「持ち去られてしまった」ということになります。親族に理解があり、その財産を「くれる」となっても、法律上それは贈与となるので、高額な贈与税が発生します。また、細かいことを言えば、故人の遺品類についても相続人ではないパートナーには所有権(処分権限)がないので、遺品整理の業者から引き取りを拒まれることも考えられます。

そのためには遺言などの法的書類を作成することしかありません。今回の事例のように、作成しようとの思いはあったのに突然、死が訪れたり、終末期の怒涛のなかで書くことができなかったというのは、なんとも痛恨です。

人には必ず死が訪れます。還暦(60歳)、古希(70歳)、喜寿(77歳)や、パートナーシップが何周年、あるいは今年が年男・年女など、区切りの年を迎えたら、もう強制的に法律家のもとを訪ねて相談をするとか、毎年ふたりで海外旅行に行く費用を、その年だけは書面作成に振り向けるとか、なんとか動いていただきたいものです。
そこまで高齢でなくとも、一緒に家を買ったとか事業を始めて10年など、これも区切りの年には、遺言を検討するタイミングかもしれません。ともかくなにもしなければ、法律上は赤の他人のままなのですから。

また、自分たちだけでネットで調べるなどでなく、法律家など第三者に自分たちの状況を客観的に検討してもらうことで、よりリアルに対策できることも知っておいていただきたいものです。

性的マイノリティに理解がある、あるいは当事者の法律家は、私にかぎらず、いまは増えてきていますから。

前回のコラムでは「同性パートナーと親族の『争続』を防ぐ 死後の指南書『遺言』の活用法」について書きました。引き続きこの連載をよろしくお願いいたします。

(記事は2020年3月1日時点の情報に基づいています)

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