目次

  1. 1. おいに財産残す遺言
  2. 2. 相続人がいなければ財産は国庫へ
  3. 3. 争続の火種になることも
  4. 4. 遺贈するには遺言が必要
  5. 5. 「包括遺贈」と「特定遺贈」とは
  6. 6. 生前に受遺者と契約結ぶ「死因贈与」
  7. 7. 「国境なき医師団」に年100件の寄付

50歳まで一度も結婚していない人の割合を示す「五十歳時未婚率(生涯未婚率)」は、1985年まで男女とも5%に達していませんが、2015年には男性が23.4%、女性が14.1%まで上昇しています(国立社会保障・人口問題研究所調べ)。言い換えれば男性の4人に1人、女性の7人に1人が望むと望まざるとにかかわらず、「結婚しない人生」を歩んでいることになります。令和時代には、こうした“お一人さま”の相続が本格化しそうです。今回は、シングルの人の相続について解説します。

未婚化が進行する中、世帯主が1人の「単独世帯」も急増しており、とりわけ65歳以上で増加が目立ちます。国立社会保障・人口問題研究所によると、約20年後の2040年には全世帯のうち単独世帯の占める割合が約4割に拡大する見込みです。

千葉県在住の田中勝子さん(仮名、76歳)は食品メーカーを定年退職後、近所に住むお一人さま仲間3人と、外食や旅行を楽しんでいます。ある日のランチ会で話題になったのが、仲間の1人が作成した遺言書。聞けば銀行のキャンペーンで「遺言書作成サービス」が無料でセットされていたため、利用することにしたのだといいます。

田中さんと同い年のその女性は、父母もきょうだいも既に他界しています。遺言書を作るにあたっては、実家の後継ぎのおいに全財産を渡す意向を伝え、承諾を得たそうです。「おいとは実家の法要くらいしか行き来がないけれど、私が死んだら後始末をしてくれるのはあの子しかいない。その謝礼や手間賃も含めて、『少ないけれど、これでお願いね』という感じ」。女性は普段から陽気な性格で、時にはユーモアすら交えながら話してくれたのですが、あまりに身につまされる内容に、他のメンバーは皆しんみりしてしまったそうです。

一方、田中さん自身は5人きょうだいの末娘。両親は幼い頃に亡くなりましたが、幸い今に至るまで、きょうだい全員が大病もせずに過ごしてきました。田中さん以外は家庭を持っていて、おいが7人、めいが1人います。とはいえ、自分の死後を託す相手といっても、すぐに誰かの名前が思い浮かぶわけではありません。

田中さんには、10年ほど前から交際している金井学さん(仮名、85歳)というパートナーがいます。金井さんは亡くなった妻との間に2人の子どもがおり、彼らに遠慮して入籍はしていません。年金だけで十分暮らしていけるので、金井さんからの経済的支援の申し出も断っているといいます。

田中さんには自宅マンションのほか、2000万円ほどの預貯金があります。自分もそろそろ、おいやめいの誰かに死後の後始末を頼んでおかなければならないのだろうか――。兄や姉が家族関係で苦労する姿を見てきた田中さんは、これまで「気楽なお一人さまも悪くない」と考えていました。しかし、甲状腺を患っていて最近は体調が思わしくないこともあり、いざという時への不安が日増しに強くなってきたといいます。

シングルの人が遺言書などを遺さず亡くなった場合は、民法の規定により、直系尊属(親や祖父母)が遺産を相続します。田中さんのように直系尊属が既に他界していれば、きょうだいが相続人となります。末子の田中さんは兄や姉より長生きする可能性が高いでしょう。そうなった場合は、きょうだいが持つ相続権は1世代下のおいやめいへと移動します(代襲相続)。

では、直系尊属が既になく、きょうだいもいないという天涯孤独の人はどうなるのでしょうか。こうしたケースでは、裁判所が選任した「相続財産管理人」が故人の資産を調べ、借金や未納の税金などがあれば支払いをしたり、相続人を探したりといった手続きを行います。そのうえで相続人がいないとなれば、残りの遺産は民法959条の規定により「国庫に帰属する」ことになります。

相続人不在のため国庫に納められる遺産の額は年々増えており、2017年度にはついに500億円の大台を突破しました。500億円といってもなかなか実感が湧かないかもしれませんが、例えば、エバラ食品工業や白洋舎、壱番屋クラスの企業の年商(年間売上高、いずれも2018年度)といえば、なんとなくイメージしていただけるのではないでしょうか。

お一人さまには、「将来が心配だから」とせっせと保険に加入したり、貯蓄に励んだりしている人が少なくありません。そうやってせっかく貯めた財産も、遺言などの意思表示をしておかない限り、死後には一切合切を国に持っていかれてしまうのです。

それなら、故人に事実婚のパートナーがいた場合はどうでしょうか。
近年は、内縁関係でもそれが証明できれば、パートナーの死後、遺族厚生年金などを受給できるようになりました。しかし、事実婚の相手に「相続権」はありません。亡くなった時点できょうだいやおい、めいが存命なら、遺された財産はすべて親族のものになります。

ただ、相続人が存在せず、パートナーとして長年故人の看護や介護をしてきたというような場合は、裁判所に「特別縁故者」の請求をし、故人との関係性が認められれば、遺産を受け取れることもあります。

そもそも相続のルールを規定する民法は、第2次世界大戦後の、本家相続(家督相続)の慣習が色濃く残る時代に制定されたもの。幾度かの改正は実施されていますが、それくらいでは、戦後70年のライフスタイルの急激な変化に到底追いつかないのです。

相続の世界では、“棚からぼたもち”式に親族の遺産を受け取ることになった人を揶揄して「笑う相続人」といいます。何もしないでいると、お一人さまの財産はおいやめいといった笑う相続人に承継されることになります。そして、遺された財産が中途半端に多かったり、おいやめいが強欲だったりすると、思いがけぬ“争続”の火種となってしまうのです。故人にしてみれば、不本意極まりない事態でしょう。

お一人さまの中には、普段からほとんど交流がなく、暮らしぶりもよく分からないおいやめいに財産を遺すより、事実婚のパートナーや親しい友人、志を一緒にする仲間、さらには慈善団体などに受け取ってほしいと考えている人もいるはずです。

その場合は、遺言などであらかじめ財産を渡す相手を指定しておく必要があります。

遺言を使って財産を贈与する方法を「遺贈」といいます。遺贈が相続と違うのは、民法で定められた相続人以外にも財産を渡すことができる点です。見方を変えれば、事実婚のパートナーや友人、あるいは慈善団体などは相続人にはなり得ないため、こうした相手に財産を承継させるためには遺贈が有効ということになるわけです。

遺贈には2通りの方法があります。「パートナーに全財産の2分の1を与える」というように、財産の内容を明示せず配分割合を指定するのが「包括遺贈」。これに対し、「パートナーにゆうちょ銀行の定額貯金を与える」という具合に、贈与する財産を具体的に指定するのが「特定遺贈」です。一見すると大差ないように思えますが、いざ相続が発生した時の対応は大きく異なります。

包括遺贈を受けた包括受贈者は、民法990条の規定により「相続人と同一の権利義務を有する」ことになります。どの財産を取得するかは、他の相続人と遺産分割協議をして決めなければなりません。一方、特定遺贈では受け取る財産がはっきりしているため、他の相続人や受贈者と遺産分割協議を行う必要はありません。

受け取る側の第三者からすれば特定遺贈が望ましいのですが、特定遺贈には、遺言書を書いた時点と相続が発生した時点とで財産の状況が大きく変わってしまうリスクがあります。保有する財産が変動するもので、相続発生時の財産内容の把握が難しいというのであれば、包括遺贈を検討した方がいいかもしれません。

なお、故人の相続に相続税が発生する場合、相続人と受贈者はそれぞれの取得分に応じた税金を負担することになり、受贈者にかかる相続税は2割上乗せされます。

血縁のない第三者に財産を渡す方法は遺贈以外にもあります。それが「死因贈与」です。

死因贈与とは、「私が死んだら、パートナーのあなたに私のマンションを与えます」というように、生前に受贈者と「死亡」を条件とした贈与契約を交わすことです。遺贈と大きく違うのは、あらかじめ受贈者の承諾を得ておく点です。

双方が承諾しているのであれば、契約は口頭でも構いません。しかし、現実問題、死後に「故人と口頭で約束した」と主張しても、他の相続人を納得させるのは難しいかもしれません。特に第三者への贈与であれば、やはり「死因贈与契約書」を作成しておくことが望ましいでしょう。なお、相続税が発生するケースで死因贈与により相続人以外が財産を受け取った場合、負担する相続税は遺贈と同様、2割増となります。

不動産を死因贈与する時には、「始期付所有権移転仮登記」という仮登記を行うことができます。この場合は先の死因贈与契約書を公正証書で作成しておく必要があります。受贈者にとっては安心感のある制度ですが、いったん仮登記をしてしまうと、渡す側が一方的に契約を破棄することはできなくなるので気を付けましょう。

では、実際に死後の第三者への贈与はどのように行われているのでしょう。

紛争地域や自然災害発生地域などで医療・人道援助を行う民間の国際NGO「国境なき医師団(MSF)」には、2018年中に101件の“死後の寄付”がありました。101件の内訳は、相続財産からの寄付が64件、遺贈が34件、信託による生前寄付が3件となっています。

MSFの場合、最低寄付額などの制限は設けていませんが、緊急性の高い事案に即応する形で寄付金を活用していくことから、寄付金の用途指定は実質的に不可能となります。そのため、「遺言書に具体的な使途を既定してある場合は、場合によっては遺贈を受けられない場合もある」旨、案内しています。

死後に寄付されたお金は通常の寄付金同様、その時々の活動に応じてニーズのあるところへと機動的に配分されます。現在はベースとなるアフリカや中東での医療活動に加え、自然災害の被災者や難民の救済費用などに充てられているといいます。
MSFには近年、遺贈をはじめとする死後の寄付の問い合わせが急増しており、担当者は「今後は必然的に、死因贈与などの契約にも応じていくことになると思う」と話していました。

相続の現場ではとかく、理性よりも感情が優先されがちです。子どもがいれば、子かわいさに可能な限り多くの財産を子に遺そうとします。親心と言ってしまえばそれまでですが、これが仇となって“争続”が起きることもあるわけです。

未婚のお一人さまには、そうした親子や家族の関係に縛られない自由があります。
親族と良好な関係を築いて死後を委ねるのもよし。長い時間を共に過ごした仲間に謝意を表すのもよし。また、未来を担う世界の子どもたちを疾病や貧困から救う一助となるのも有益な遺産の活用法といえるでしょう。

いずれにせよ、最期の瞬間に自らの人生を意味あるものだったと振り返れるような選択をしたいものです。

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(記事は2019年9月1日時点の情報に基づいています)