中立・公正で有効確実な書面を残し、争いを未然に防ぐという、聴いただけではイメージしにくい公証人。フリーライターの永浜敬子さんが、初めて公証役場を訪れ、破棄や改ざんの恐れがない公正証書遺言を作る大切さや超高齢社会への備えなどをうかがいました。

手ぶらで相談もOK

公証人というと、寡聞にして一連のオウム真理教の事件で初めてその存在を知った程度で、どこか近寄りがたいイメージしかありませんでした。
少々不安な気持ちで、足を運んだのは丸の内公証役場(東京都千代田区)。1階に飲食店やブティックのある東京国際フォーラムに面したビルの一室です。明るい雰囲気にとまどいながらも、重い扉(心理的に)を開いてみると、柔和な笑顔で迎えてくださったのは、日本公証人連合会長の大野重國さんでした。公証人になる前は、千葉地方検察庁のトップを務めた、という厳しい経歴がにわかに信じられない優しい語り口です。「遺言は思い立ったが吉日。気軽に手ぶらで相談に来てください」。最初からびっくりするような気さくな発言。本当に手ぶらでいいの?
その前に、そもそも公証人とは何をしてくれる人なのでしょうか。

海外では生活に身近な存在

「公証人の仕事は多岐に渡ります。延命措置を望まない意思を示す尊厳死宣言も仕事のひとつ。大きくは『公正証書の作成』、『私署証書』、『確定日付の付与』の3つに分けることができます。日本における取引や契約は印鑑登録証明書と実印でできますが、印鑑登録というシステムを持たない海外では、公証人が本人のサインであることを証明します。小説の『レ・ミゼラブル』にも登場するくらい、海外では人々の生活に身近な存在なのです」と大野さん。
公証人役場は全国に285か所、500名前後の公証人が活躍。昨今の権利意識の高まりとともに、公証人の数は年々増えているのだそう。

公証人の仕事とは?

公証人とは、裁判官、検察官、弁護士などの法務実務に30年以上かかわってきた人の中から選ばれ、法務大臣に任命された法律の専門家。当事者やその他の関係人の嘱託により「公証」をするのが仕事です。
以下に具体的に書いてみました。

公正証書の作成

遺言、離婚、養育費支給、賃貸などの各種契約に関する公正証書を公証人が公証人法・民法などの法律に従って作成。公正証書には高い証明力があり、 債務者が貸金や家賃,養育費等の金銭債務の支払を怠ると、裁判を起して裁判所の判決等を得ることなく、直ちに 強制執行の手続きに入ることができる。

私署証書

署名、署名押印、記名押印が本人のものであり、文書が作成名義人の意思に基づいて作成されたことを、公証人が証明。株式会社、一般社団・財団法人等の定款のほか、契約書や委任状等の私人が作成した書類も認証の対象となる。

確定日付の付与

文書に公証人の確定日付印を押捺することにより、その文書の押捺の日付を確定。その文書がその日に存在することを証明する。

親族間の争いを未然に防ぐ遺言状

ところで、大野さん。遺言状の相談は、思い立ったら、すぐに。手ぶらでもOKとのことですが、本当にいいのでしょうか?

「遺言を作るのは、思い立ったが吉日です」と強調する、日本公証人連合会長の大野重國さん=東京都千代田区
「遺言を作るのは、思い立ったが吉日です」と強調する、日本公証人連合会長の大野重國さん=東京都千代田区

「かつての私は『遺言状はよく考えて作るもの』と考えていましたが、2年前に変わりました。それは一緒に働いていた仲間の体験からです。遺言状の作成を依頼された際、完成半ばに依頼人が急死してしまったのです。さぞかし無念だったと思います。また、私の体験ですが、余命宣告をされた人が慌てて相談に来られたのですが、『しばらく顔を見ないな』と思っていたら、亡くなられていたこともあります」としんみりと語る大野さん。

病床で号泣した男性

たしかに、先延ばしにするとつい忘れてしまうのが人の業。超高齢社会の現在、先延ばしにすると、認知症などで意思表示が不可能になってしまう危険性もあります。場合によっては、公証人が病院などに出張して遺言を作ってくれることもあるんです。
「90歳過ぎの男性が突然倒れて、驚いた親族の方から連絡があり、病床まで足を運んだことがありました。全財産を妻に譲るという内容だったのですが、息も絶え絶えの中、意思を確認し、遺言状を作成しました。震える手で最後の署名を終えた後、号泣された姿を前に、私の目頭も熱くなったものです。安堵されたのでしょうか、翌日にお亡くなりになりました」

経験に裏打ちされた説得力

こうした数々の経験を経た上の「思い立ったが吉日」。これほど説得力のある言葉はありません。「まだ元気なのに縁起でもない!」と遺言状を先送りにしたまま亡くなった祖母の相続で、慌てふためいた我が身には骨に染み入ります。

「公証人に会ってみた!」のシリーズは、全4回でお送りいたします。次回は、大野さんに聴いた「相続を『争続』にさせないための注意点」です。