親の遺産が自宅だけ 同居の兄と別居の弟、相続不動産をどう分ける?【相続税お悩み相談室】
税理士の森田貴子さんが相続税にまつわる様々なお悩みにお答えします。今回は、亡くなった父の遺産のほとんどが自宅で、現金がほとんどないご家庭からのご相談です。父と同居していた兄はそのまま住み続けたい一方で、自分は自宅を売却して現金で分けたい――。自宅しか相続財産がないとき、兄弟でどのように分けるのが妥当なのか。相続税や今後の生活も踏まえた考え方を解説します。
税理士の森田貴子さんが相続税にまつわる様々なお悩みにお答えします。今回は、亡くなった父の遺産のほとんどが自宅で、現金がほとんどないご家庭からのご相談です。父と同居していた兄はそのまま住み続けたい一方で、自分は自宅を売却して現金で分けたい――。自宅しか相続財産がないとき、兄弟でどのように分けるのが妥当なのか。相続税や今後の生活も踏まえた考え方を解説します。
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父が亡くなりました。遺産のほとんどが実家で、預貯金はほとんどありません。父と同居していた兄は「家に住み続けたい」と言っていますが、私は「売却して現金で分けたい」と考えています。自宅しか財産がない場合、どのような分け方が考えられるのでしょうか。(神奈川県在住 61歳男性)
ご相談のように、遺産の内訳が自宅などの不動産に偏っている相続は、兄弟間の利害がぶつかりやすく、いわゆる「争族」に発展しやすい典型例です。
たとえば今回のようなケースでは、同居していた子どもは「生活の場を守りたい」という気持ちが強くなります。一方、別に暮らしていた兄弟は、自分の取り分を現金で受け取りたいと考えることが少なくありません。同居していた兄と別居していたご相談者で希望が食い違うと、話し合いが進みにくくなることがあります。
自宅しか遺産がない場合、まず不動産の価値と相続税の見込みを把握しておくと、話し合いの前提がそろいます。そのうえで、同居されていたお兄さまの暮らし方や、お父さまがどのような形を望んでいたかといった事情を確認すると、双方が納得しやすい分け方を検討しやすくなります。
最近では、「うちは遺産の現金が少ないから相続税はかからない」と考えていたご家庭でも、想定外に相続税が課せられてしまうケースが見られます。背景には、土地価格の評価の基準となる路線価の上昇や、2024年1月からの贈与税の改正といった事情があります。
相続税の基礎控除は「3000万円+600万円×法定相続人の数」という計算式で求めます。たとえば、配偶者がすでに亡くなっており、子ども2人が相続人であるケースでは、3000万円+600万円×2人=4200万円が基礎控除です。首都圏の都市部など地価の高い地域では、自宅マンションや戸建てだけでこの4200万円を超えてしまう事例も見られます。
相続税の納付期限は、相続が発生してから原則10カ月以内で、原則として現金での納付を求められます。そのため、自宅以外に現金や金融資産が少ないご家庭では、期限内に現金を用意できず、「自宅はあるのに相続税が払えない」という、いわゆる「相続貧乏」のような状況に陥るおそれもあります。あわてて不動産を売却すると、そのときの不動産市場の状況次第では相場より安い価格でしか売れず、買い叩かれてしまうリスクもあります。
この事態を避けるためには事前に対策を立てておくことが大事です。相続や両親が亡くなった後の自宅の扱いについてすでに家族で話題にできているのであれば、損をしにくい方法を検討できるタイミングだともいえるでしょう。
相続で自宅の価値を考えるときには、主に2つの見方があります。
相続税評価額とは国税庁の発表する路線価などを基準に算出する価格で、市場価格のおおむね8割程度とされていますが、地域や物件の状況によって差があります。
今回の事例のように、兄が自宅を引き継ぎ、ご相談者が兄から現金を受け取る形を考える場合には、「どちらの価額を基準にいくら支払うのか」が大きな争点になります。
兄は負担する金額を抑えるために、より安い相続税評価額を基準にしたいかもしれませんが、相談者としては「売ればもっと高く売れるはずだ」という感覚から、市場価格を基準にしたいという思いが生じやすくなります。
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相続の相談が出来る税理士を探すご相談のケースでは、兄が亡くなったお父さまと同居していたとのことです。同居の子どもが自宅を相続する場合に、まず検討したいのが「小規模宅地等の特例」です。
この特例は一定の要件を満たせば、自宅の土地について相続税評価額を最大80%減額できる制度です。たとえば評価額1億円の自宅の土地であれば、相続税の計算上は2000万円として扱われることになり、特に地価の高い都市部では相続税額が数百万円から数千万円単位で軽減されることもあります。
この「小規模宅地等の特例」を踏まえたうえで、同居していた兄に自宅を引き継ぎつつ、ご相談者の取り分をどのように確保するかという観点から一つの方法として、同居していた兄が自宅を相続し、ご相談者は代償金を受け取る形が考えられます。
相続人の一人が不動産を取得し、他の相続人に現金を支払って精算する方法は「代償分割」と呼ばれます。たとえば、評価額5000万円の自宅を兄弟で相続する場合、兄が自宅を引き継ぎ、弟に法定相続分どおり2500万円の代償金を支払うという形が典型例です。
遺産分割協議の中で適正な額の代償金を支払う限り、通常は相続の範囲内の調整として扱われますが、生前の親族間売買などで著しく低い価額を付けた場合、その差額が「みなし贈与」と判断されるおそれがあります。また、登記名義変更にかかる費用や、将来の修繕費を誰が負担するかといった点も、兄弟間で揉めやすい論点です。
不動産会社の査定書を取得したり、複数社の査定結果をもとに兄弟で合意した価格を決めたりして、客観的な根拠を残しておくことが、税務上のトラブルや感情的な不信感を避けるうえで有効です。
【メリット】
兄が自宅を相続し、前述の小規模宅地等の特例を使うことで、自宅にかかる相続税を大きく抑えられます。弟は法定相続分などを目安に、兄から代償金として現金を受け取ることができるため、「兄は住み続けたい」「自分は現金がほしい」という双方の希望を両立しやすい方法です。
【注意点】
代償金の金額を「市場価格ベース」にするか「相続税評価額ベース」にするかで意見が分かれるケースがあります。また、あまりに低い金額でのやり取りは、税務上「みなし贈与」と判断されるリスクがあるため、不動産会社の査定など客観的な根拠に基づく価格にすることが重要です。
なお、今回のご相談はすでにお父さまが亡くなられているケースですが、同じように自宅が財産の大半を占めるご家庭で、将来の相続に備えて生前のうちから準備をしておきたい場合には、次のような方法も選択肢になります。
【メリット】
暦年課税の制度を利用すれば、年間110万円までの贈与は贈与税がかかりません。お父さまが今後も長くお元気で過ごされる見通しであれば、毎年110万円以内の贈与をコツコツ続けることで、「自宅は兄に残しつつ、ご相談者には生前に現金を渡しておく」というバランス調整がしやすくなります。
【注意点】
2024年の改正により、生前贈与加算の対象期間は将来的に「相続開始前7年以内」まで広がっていく予定です。そのため、「いつまでにどれだけ贈与するか」の見通しが重要です。お父さまの体調悪化などで想定より早く相続が発生した場合には、「思ったほど相続税対策にならなかった」という結果になる可能性もあります。
【メリット】
相続時精算課税の制度を選ぶと、最大2500万円までの贈与について贈与税がかからず、相続時にまとめて精算します。贈与時点の評価額で相続税を計算するため、将来値上がりしそうな不動産であれば、「値上がり前の現在の評価額で固定」できる点が大きな利点です。さらに、この制度を選択した場合でも、年間110万円までの贈与は別枠で非課税とされ、その部分は相続財産に加算されません。7年以内に相続が発生しそうな場合や、地価上昇が見込まれる地域では、有力な選択肢の一つになります。
【注意点】
一度相続時精算課税を選択すると、暦年課税に選択し直すことはできません。将来の収入や資産状況が変化したときに「やはり毎年少額ずつ贈与する方がよかった」と思っても、制度上切り替えはできないため、長期的な見通しをもって選ぶ必要があります。また、相続時にまとめて精算する仕組みである以上、「相続税そのものが必ず軽くなる」とは限らない点にも注意が必要です。
兄が自宅を相続して小規模宅地等の特例を使うほうが有利か、生前贈与を組み合わせたほうがよいかは、自宅の評価額、他の財産、相続人の人数、お父さまの今後の見通しなどで変わります。どの組み合わせがもっとも無理のない選択かを検討する必要があります。
なお、相続税は多く財産を受け取った人ほど多く負担する仕組みです。自宅を相続して小規模宅地等の特例の恩恵を受けるのは兄であり、その自宅にかかる相続税も基本的には兄が負担することになります。兄弟で一律に割り勘をするものではない、という点も押さえておきましょう。
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相続の相談が出来る税理士を探す制度や税金の話と同じくらい重要なのが、お父さまの考えと、兄弟それぞれの生活状況です。分け方を考えるときには、少なくとも次の3点を意識しておく必要があります。
長年同居し、日常的に親の身の回りを支えてきた子に自宅を託したいと考える親もいれば、可能なかぎり平等に分けたいと考える親もいます。どちらが正しいという話ではなく、「親がどう考えていたか」をできるだけ早い段階で共有できるかどうかが、その後の関係に大きく影響します。
また、兄の健康状態や家族構成、仕事の状況、自宅以外の住まいの選択肢があるかどうかも考慮すべき要素です。これまでの学費負担や住宅取得の援助など、過去の経済的なサポートの偏りがある場合は、それも含めて話し合う必要があります。
相続は、数字だけでなく「気持ちの問題」が大きく、配偶者など第三者が議論に加わることで一気に緊張が高まることもあります。理想をいえば、お父さまがまだ判断能力のしっかりしているうちに、「自宅をどうしたいか」「兄弟にはどう分けてほしいか」を一度でも本人の口から聞いておくことが予防策になります。
そのうえで、自宅の相続税評価額や、おおよその市場価格は、固定資産税の通知書や不動産会社の査定などで概ね把握できます。感情論に入る前に、こうした情報を共有し、「どの程度であれば双方が納得できるか」を具体的に検討できる状態をつくることが望ましいでしょう。
実際に相続が発生し、自宅を誰かが引き継いだあとには、管轄の法務局で不動産の名義変更という手続きが必要になります。相続による所有権の移転登記(相続登記)は、2024年4月1日以降、義務化されました。
自分が相続人であることを知り、かつ不動産を相続したことを知った日から3年以内に、相続登記を申請する必要があります。正当な理由なく申請を怠ると、10万円以下の過料が科される可能性もありますので、預貯金や株式と違い、「いつかやればよい」とは考えず、忘れずに対応することが重要です。
自宅しかない相続では、不動産の評価や相続税の有無など、まず基本的な状況を把握することが大切です。そのうえで、「お父さまがどう分けたいと考えていたか」や「同居していた兄の生活状況」などの事情を踏まえて話し合うことで、兄弟双方が納得しやすい形を検討できます。
(記事は2025年12月1日時点の情報に基づいています。質問は実際の相談内容をもとに再構成しています)
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