遺産2億円の相続に「ハンコ代50万円やる」と言われた妹

「先生、聞いてくださいよ! 亡くなった父の遺産分けで、兄夫婦が勝手なことを言うんです。お前は嫁に行った身なんだから、財産は母さんとオレが全部もらうって。しかも、いきなり『遺産分割協議書』とかいう書類を送りつけてきて、ハンコを押して送り返せって言うんです」

ご相談者のAさんが持参した「遺産分割協議書」を見ると、確かに「母と兄で父親の財産を半分ずつ相続する」という内容になっていました。
Aさんは「私、全然納得できなくて、電話で文句を言ったら、『お前にはハンコ代として50万円やる』『母さんの相続の時にも同じだけやるから』ですって。バカにしてるわ。自分は、父さんの面倒もみなかったくせに、こんな時ばっかり長男風吹かせて。もう腹が立っちゃって! 絶対こんな書類にハンコなんて押しませんよ!」

Aさん、かなりキレています。無理もありません。資産総額2億円を超える資産家さんで、お兄さんが1億円近くの財産を相続するのに、自分は50万円だけなんて、ちょっと納得しかねますよね……。

「長男が財産を相続するものだ」というのは、昔の相続の考え方です。
昭和22(1947)年に民法が改正されるまで、日本の家族の在り方は「家制度」というものに規定されていました。「家制度」のもとでは、長男だけが家を継ぎ、家の財産を相続すると決められていたのです。しかし、それも今は昔の話。現在の民法のもとでは、兄弟姉妹みな平等。早く生まれようが、男だろうが女だろうが、等しく相続権を持つことになっています。

しかし、このお兄さんのように、いまだに「長男が相続をするべきだ」と考えている人もいらっしゃいます。それでも昔の「家制度」では、長男が財産をすべて相続する代わりに、親の面倒も墓守も、家のことすべてに責任を負うという決まりでした。権利も義務も負う。それならば話として筋が通りますよね。
しかし、Aさんのお兄様は、親の面倒はみない、でも長男だから財産はもらう……。これでは納得がいかないですよね。というわけで、この相続は長期化の様相を呈してきました。

税金の特例が使えず相続税額に2000万円もの差が出た

しかし、ここで問題があります。遺産分割でモメると、高い相続税を払うことになる可能性があるのです。

詳細は、あとでご説明するとして、まず相続税には税金を安くするいくつかの特例があることをお話ししましょう。主なものは「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地等の評価減」という特例です。

「配偶者の税額軽減」は配偶者がもらう財産であれば、最低でも1億6000万円まで、もしくは法定相続分まで相続税がかからないというもの。「小規模宅地等の評価減」は、一定の要件を満たした人が自宅を相続する場合、土地の評価額を8割も減らしてくれるという、どちらも大型の税金圧縮が図れる特例です。

この特例を受けるためには、原則として「申告期限内に遺産分割協議を整えて、相続税の申告書を提出」することが必要です。申告期限内に財産の分け方が決まらなければ、いったんは特例を受けない高額な相続税を支払うことになります。ただし、税務署に「申告期限後3年以内の分割見込書」(3年以内には財産分けをします! という届出書)を提出しておくことで、3年以内に財産の分け方が決まった時には、決まった日(分割の日)の翌日からに還付申告(更正の請求といいます)をすることができます。

では、期限内に遺産分割が整わなければ、どのくらい相続税の額が変わるのでしょうか。これはケース・バイ・ケースですが、ご相談者のAさんの家の場合、遺産総額は2億円。そのうち自宅の土地の価値が6000万円でした。「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地等の評価減」の特例を受けられない場合は、全体で2700万円の相続税を払うことになります。

仮に財産の分け方がしっかり決まって「配偶者の税額軽減」と「小規模宅地等の評価減」がともに適用できた場合は、相続税は全体で770万円となります(お母さんが2分の1相続した場合)。
その差、およそ2000万円! すごい額です。

財産の分け方が決まらない場合、他にも困ったことが起きます。それは、預貯金の仮払い制度で認められる一定額を除いて、銀行口座などが動かせなくなることです。銀行の口座は、持ち主が亡くなったことがわかると、凍結され動かせなくなります。銀行だって、その預金を相続する人がはっきりしないうちに、誰かが預金を引き下ろし、あとから「なんであいつに金を渡したんだ!」とねじ込まれたら困るでしょう。誰が預金を相続するかがはっきりするまでは口座を動かせなくなるのです。

百歩譲って、相続人全員が「いったん解約して〇〇さんの口座に移してもらってかまわない」という同意書のようなものを作成すれば、相続する人が決まる前におろしてもらってもかまわない、というような手続きはできます。

ただ、今回のAさん兄妹のようにモメごとになってしまうと、その同意書をとることさえむずかしくなってしまいます。その結果、高額な相続税はかかるわ、それを払おうにもお父様の口座のお金は動かせないわで、散々な目に遭ってしまうのです。

まとめ 子どもがもめないために生前からの相談と遺言書の用意を

そうならないためにも、どうか遺産分割で家族がモメることのないようにしていただきたいです。できれば、親御さんがお元気なうちに、家族全員が納得のいくような財産の分け方を相談し、遺言書の形にしておいていただきたい。そう願ってやみません。

(記事は2020年8月1日現在の情報に基づきます)