60年来の友人同士が夫婦を演じることに

目覚まし時計から流れるスコットランド民謡「アニー・ローリー」のメロディー。映画「感謝離 ずっと一緒に」は、銀行マンとして働き、定年を迎えて穏やかに暮らす夫婦のごく普通の朝から始まります。長年連れ添ったふたりを演じる尾藤イサオさんと中尾ミエさんの息はぴったり。

©2020「感謝離 ずっと一緒に」製作委員会 ©河崎啓一/双葉社
©2020「感謝離 ずっと一緒に」製作委員会 ©河崎啓一/双葉社

——尾藤さんと中尾さんは足かけ60年のおつきあいとのことですが、映画で共演されたのは初めてだったとか。

尾藤イサオさん(以下尾藤): ミエちゃんとは60年近くおつきあいしてますが、夫婦になるっていうのは、最初に聞いた時びっくりしました。ええっ、という感じでしたよ。

中尾ミエさん(以下中尾):私も、笑っちゃいました(笑)。お互いすごく身近な存在ですからね。芸能界の中でもこんなに公私ともにつきあってる人ってそうそういませんから。尾藤さんくらいなものですよ。

尾藤:本当にそうなんですよ。60年近くつきあいがあって、ミエさんがプロデュースするミュージカルや歌の仕事でここ10年くらいずっと一緒に仕事してますけれど、まさか夫婦を演じることになるとは。

中尾:私達が長いつきあいだということを知っている方がいてキャスティングしていただいたのかと思ったら、偶然だって。だからやっぱり、ご縁があったんだなと思いますね。

——夫を残して先立つ妻を演じると聞いた時のお気持ちはいかがでしたか。

中尾:こんな役が来る年になったんだな、と。原作の河崎啓一さんはもう少し年上ですけれど、我々もお互い70代で、それこそ高齢者ですから、ああ、こういう時がいつ来るかわからないな、私生活の勉強にもなるなと思いましたね。

——尾藤さんは妻に先立たれる役でしたが、どんなお気持ちでしたか。

尾藤:神様のいたずらか何かわかんないですけれど、もし自分の身に降りかかったら、その時はどうなるか本当にわかんないね。原作の河崎さんも、先立たれたその時は、明日からどう生きていいかわかんなかったんじゃないかと思います。

長年連れ添った妻を亡くした元銀行マンを演じた尾藤さん 撮影:小山幸佑
長年連れ添った妻を亡くした元銀行マンを演じた尾藤さん  撮影:小山幸佑

——夫の笠井謙三は、妻の遺品に感謝をしながら手放して、少しずつ前に進んでいきます。その姿をもし妻の和子が見ていたとしたら、夫に対してどんな言葉をかけたと思いますか。

中尾:和子は生きている時、ものを処分する時に「ご栄転ですよ」「ありがとうね」と声をかけていました。それをご主人は思い出して、感謝しながら遺品を処分したわけです。だから、「ああ、生きてる時に自分がそうやっていたのを見てたのね、覚えててくれたのね。そうよ、それをやってほしかったのよ」と伝えると思いますね。

「ありがとう」と言って人生を終われたら幸せ

——この映画をご覧になった方に、どういうことが伝わるといいですか?

尾藤:連れ合いに先立たれるのはつらいことだろうけれど、「ありがとう」と言うことで認めなきゃならないことなのかな、と。この映画をご覧になる皆さんも早かれ遅かれそうなるわけですから。

中尾:年齢を重ねても仲のいい謙三と和子という夫婦を、うらやましいと思う方がいらっしゃると思います。でも、急に仲良くしようとしてもなかなかできないと思うから、感謝する気持ちをもう一回思い起こして、「ありがとう」と口に出して言えば、少し変わってくることもあるんじゃないかしら。照れくさくて言えないという人もいますけど、たった一言ですから。

——確かに、「ありがとう」という言葉が何度も出てきました。

中尾:最期に「ありがとう」と言って自分の人生の幕を下ろせるかどうかですよね。死にたくない、もっと生きたいってもがくのか。でも私はこうやって「ありがとう」と言って人生を終われたら幸せだなと思います。

お互いに話し合いながらの「感謝離」のすすめ

——演じてみて、ご自身ではどういうことを生前に整理しておくといいと思われましたか。

中尾:コロナ禍で生活が変化して、私の場合は特に、外出をしなくなっちゃったのね。すると、外出着がほとんどいらなくなって。普段着だけで十分。これから先、年齢的にも、もっとそうなっていくでしょう。

いつかこれ、着るかもな、と思っていたものは、多分もう全部いらないと思う。捨てなくても、リサイクルに出すという選択肢もありますよね。誰かの役に立つんだったらそうやって処分すれば気が楽だし、喜んでくれる人もいると思うんです。食器なんかもそうよね。

そう考えたら、処分できるものってずいぶんあるでしょうし、身軽になった方が実は自分も楽なのよね。

©2020「感謝離 ずっと一緒に」製作委員会 ©河崎啓一/双葉社
©2020「感謝離 ずっと一緒に」製作委員会 ©河崎啓一/双葉社

尾藤:俺はあんまりものの処分は考えてないなあ。

中尾:それはね、ほとんど使っていないから、いらないものなのよ。

尾藤:確かにそうか。着ない革ジャンは全然着てないもんなあ。

中尾:ふと思ったんですけど、ひとりではなかなか整理ができないですよね。だから、例えばご夫婦なんかは、2人でいる間に「これいる?」「いらない?」とお互いに話し合いながら整理した方がはかどると思いますね。この映画をご覧になってその気になったら、さっそく始めてみたらどうかしら。

尾藤:そうだね。

中尾:みなさんが「感謝離」という言葉を覚えて実際にやってくださったら、演じた甲斐があったと思います。「感謝離」だと思うと処分しやすいでしょ。

何でもないからこそそれぞれの思いと重なる映画

——目覚まし時計、和子が弾くピアノと歌。「アニー・ローリー」のメロディーが印象的に使われていますね。

「『ありがとう』と言って人生を終われたら幸せ」と話す中尾さん 撮影:小山幸佑
「『ありがとう』と言って人生を終われたら幸せ」と話す中尾さん 撮影:小山幸佑

中尾:本当に、その一曲だけで全部を通していて、言葉じゃなく音楽だけでもぐっと来ますね。ピアノもちょっと弾けるように、あそこだけ練習したのよ。

尾藤:ミエさんの歌う「アニー・ローリー」、良かったでしょ? あそこで最後が締まるんだよね。

中尾:歌っている日本語の歌詞が、古いものなんですよ。最初は英語で歌ってくださいって言われたの。でも英語では説得力がないから、ちょっと古くさいけど、日本語の詞で歌わせてもらいました。音楽の力ってすごいわよね。

——これから映画をご覧になる方へのメッセージをお願いいたします。

尾藤:ごく普通の夫婦が、会社を定年して暮らしていき、そして妻に先立たれて感謝離をする。すごく心温まる話です。

中尾:映画はシーンごとに撮るから、はーいOKでーす、終わりー、とか言いながら日々撮影してたんだけど、出来上がりを見たら、自分が演じたのに鼻をかみながら号泣しました。周りにいっぱい人がいるのに、ティッシュを出してね。何でもない日々を淡々と描いているからこそ、みなさんのそれぞれの思いと重なる映画になったんじゃないかなと思います。

尾藤イサオさんプロフィール
1962年、歌手としてデビュー。歌手活動にとどまらずテレビドラマや映画、舞台と、俳優としても約50年にわたり活躍し、なかでも映画では市川崑、森田芳光、山田洋次など日本を代表する監督らの作品に出演。本作で、劇場映画としては初の主演をつとめた。

中尾ミエさんプロフィール
1962年、デビュー曲『可愛いベイビー』が大ヒットし、以降数多くの楽曲を世に送り出す一方、女優としてNHKドラマや『必殺シリーズ』などに出演。ミュージカルのプロデュース・出演やTVコメンテーターなど多岐にわたって活動中。

(記事は2020年11月1日時点の情報に基づいています)