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見送る前から始まる悲しみ「予期悲嘆」とは【未来へつなぐ 人生のしまいかた】
終活コーディネーターの吉原友美さんが終活について語ります
「認知症によって少しずつ変わっていく家族を見るのが苦しい」「家族はまだそこにいるのに、なぜこんなに悲しいのか」。認知症の家族を介護するなかで、そんな感情に戸惑ったことはないでしょうか。その感情は「予期悲嘆(よきひたん)」と呼ばれるもので、家族を大切に思っているからこそ起きる自然な心の働きです。
終活コーディネーターの吉原友美さんが終活について語る連載「未来へつなぐ 人生のしまいかた」。今回は、自身の介護経験や終活支援の現場での学びをもとに、予期悲嘆との向き合い方を解説します。
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「予期悲嘆」という、お別れ前から始まる悲しみ
予期悲嘆とは、大切な人を失うことや、大切な人との関係が変化していくことを前にして、悲しみや不安を感じることです。米国の精神科医エーリッヒ・リンデマンらの研究を背景に生まれた概念で、将来訪れる喪失を前にした悲しみや不安、そしてその現実を受け止めようとする心の動きを指します。
もともとは終末期医療の場面で語られてきた言葉ですが、近年は認知症のように長い時間をかけて変化していく家族を介護する人にも、予期悲嘆がみられることが知られるようになりました。家族はそこにいるのに、以前の家族ではなくなっていく。予期悲嘆とは、そんな変化を受け止めながら、少しずつ心の準備をしていく過程ともいえるでしょう。
自分を責めてしまうのは、心が弱いからではない
「家族はまだそばにいてくれているのに、こんなふうに感じる自分は冷たいのではないか」。終活支援の現場で、介護をしている方から何度も聞いた言葉です。
予期悲嘆は、怒りや不安、罪悪感、悲しみといった感情が入り混じって現れます。さらに介護による疲労や生活リズムの変化、人との接点が減ることなども重なり、うつや不安を抱えてしまう人もいます。
自分を責める必要はありません。私が関わってきた終活支援の現場でも「この感情には名前があると知るだけで、ふっと肩の力が抜けた」とおっしゃる方が本当に多くいます。予期悲嘆は、家族を大切に思っているからこそ起きる、自然な心の働きなのです。
小さな変化に気づくたび、寂しさが積み重なっていった
私自身も、認知症の家族を介護するなかで、「あれ、いつもと違うな」と感じる場面が年々増えてきました。
同じ新聞を何度も開いては、読み返すようになる。いつもの散歩コースで、ふと道順を確かめる仕草が増える。長年使ってきた家電の操作を、戸惑いながら確かめるようになる。ひとつひとつは小さな変化です。でも積み重なると、自分が知っていた家族とは、どこか違う人がそこにいるように感じてしまうことがあるのです。
その違和感を、私もずっと言葉にできずにいました。家族を大切に思う気持ちは変わらないのに、胸の奥が常に重い。そんな自分を責めていた時期もあります。
予期悲嘆という言葉に出会ったとき、ようやく「ああ、私はもう、以前の家族にお別れをしていたのか」と気づくことができました。失われていく部分を悲しむのと同じくらい、いま残ってくれている部分をいとおしく思える。そんな感覚が少しずつ戻ってきたのは、その気づきの後でした。
予期悲嘆とどう向き合うか
予期悲嘆を消そうとする必要はありません。むしろ、その感情があることを認めてあげることが、最初の一歩になります。今日からできることを、いくつかご紹介します。
- いまの感情に「予期悲嘆」という名前をつけてみる
家族を大切に思っているからこそ起きる、自然な心の働きだと知ること。
- ひとりで抱え込まない
全国各地で介護者が支え合う交流会が開かれています。同じような経験をしている人の話を聞くだけでも、心が軽くなることがあります。
- 頼れる場所をいくつか持っておく
地域包括支援センター、もの忘れ外来、グリーフケアの相談窓口など、専門家に話を聞いてもらうだけでも、気持ちの整理が進みます。
- 介護から離れる時間をつくる
ショートステイやデイサービスを利用して、介護する人が休む時間をつくることは、わがままではなく、長く介護を続けるために必要なことです。
予期悲嘆を否定しなくてもいい
予期悲嘆を抱えていると、つい「以前の家族」と「いまの家族」を比べてしまいます。でも、変わっていく姿を受け入れることと、家族を愛し続けることは、両立できるのだと思います。
いまの家族にも、必ず残っているものがあります。手を握ったときに伝わる温かさ、ふと笑ってくれる瞬間、昔の歌を口ずさむ姿。「以前の家族」とは違うかもしれないけれど、「いまの家族」もまた、かけがえのない存在です。
私自身も、介護の日々のなかで何度もこのことに気づかされてきました。記憶は薄れていっても、感情のやりとりは最後まで残ると言われています。言葉が出てこなくなっても、こちらの笑顔には笑顔で返してくれる。そんな小さな瞬間に救われる日が、確かにあります。
予期悲嘆は、家族を大切に思っている証です。その感情を否定せず、いまの自分を許してあげてください。完璧な介護を目指す必要はありません。今日も家族のそばにいる。それだけで十分に大切な時間を重ねているのです。
(記事は2026年7月1日時点の情報に基づいています)
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