コロナ禍で「オンライン」に関心集まる

今回は北海道札幌市在住の70代男性・Xさんからのご相談です。

「最近は、オンライン帰省やオンライン墓参りなどと言われていますが、これらは実家ありき、墓ありきのものでしょう。家は当面ありますが、墓がなくなってしまっても成立するのですか?」

Xさんは道内にある一族のお墓を管理していて、自分の代での「墓じまい」を考えているようです。夫婦とも健康に暮らしているものの、長男長女は道外で生計を立てていて、兄弟姉妹にも様々な事情から託すのが難しい状況とのこと。そうしたなかで、オンライン墓参りという風習が気になっているご様子です。

いろいろな事情が絡んだご相談だと思われますが、私からは「オンライン墓参りは現実のお墓がなくても成立するのか」。そして、これからを考えるうえで「オンライン墓参りは定着するのか」ということも含めて、見解を述べさせていただきますね。

オンライン墓参りには2種類ある

まず「オンライン墓参り」の定義から整理しましょう。現在実施されているオンライン墓参りには、実際の墓地にあるお墓をネット中継するなどして向き合うものと、ネット上にデジタルのお墓を構築してそこにお参りするものがあります。

後者は、まさに「現実のお墓がなくても成立する」タイプといえます。専用サイトにログインしてネット上の墓地を進み、目的の墓の前で手を合わせる。そうした仮想現実型のサービスは中国で2008年にスタートしたネット墓地サービス「中国陵网(ちゅうごくりょうもう)」が知られていますが、日本国内でも2000年前後から類似のサービスが一部で提供されています。

そうしたお墓の形にこだわらない先駆としては、1995年にスタートした「The World Wide Cemetery」や、翌1996年誕生の「Virtual Memorials」といった米国発の追悼サイトが有名です。最近では1億を超えるビジターを抱える追悼サイトもあります。

これらはそもそも遺骨や遺灰、墓石などを必要としません。必要なのは故人を偲べるネット上のスペースと、故人の生前の記録。あとは訪れた人の書き込みもあれば一体感が生まれます。

ただ、Xさんが言及しているのは前者のタイプでしょう。提供する会社自体は「オンライン葬儀」や「オンライン法要」と同様に10年近く前から確認されていますが、やはり新型コロナの流行後に急激に注目度が高まり、新興のサービスも明らかに増えています。たとえば、ある墓石店はお墓の清掃や献花込みで2万円~という価格を打ち出しています。

このタイプは現実のお墓がなければ成立しません。ただ、サービスの本質としては後者と根本的な差はないように思われます。場所を選ばずに故人を偲べて、その根拠となる場がインターネットを通して提供されるという意味においては同じです。

スマートフォンやパソコンで映し出されるライブ中継の映像が実家の仏壇や鴨居の遺影に差し替わっても追悼できるのであれば、現実のお墓は必須ではないのかもしれません。

「オンライン」は新たな習慣文化として定着するのか

一方で、現実のお墓参りとオンラインのお墓参りの間にも様々な違いがあります。

故人を偲ぶ、故人に現状を報告するといった行為は共通していますが、お墓参りをきっかけに親類縁者や菩提寺と交流するといったことは、現実のお墓参りでないと難しいところがないでしょうか。墓参して故郷の空気に触れて、自分の往時を思い出すといったこともあるかもしれません。
対するオンライン墓参りには、感染症の不安や個々のスケジュールの問題を排して合理的に追悼できる強みがあります。体調の問題や仕事の都合で故郷に帰れない人にとっても貴重な拠点になるはずです。

どちらが良い悪いということではなく、代替可能な部分とそうでない部分が存在するということです。

「オンライン墓参りがあるから現実の墓参りは不要」や「現実のお墓があるから、オンライン墓参りは不要」と短絡的に捉えるのではなく、追悼の選択肢をなるべく広げる意識で向き合うほうが建設的ではないかと思います。

とりわけ、オンライン墓参りは事実上、世に出て数ヶ月の新興サービスといえます。どれだけ定着するのか誰もわかりません。仮に一過性のもので終わったとしても後悔しないように、いまは排他的な決断は下さないほうが安全ではないでしょうか。

墓じまい、ないし、樹木葬などへの改葬(お墓の引っ越し)をするにしても、「オンラインがあるから」という考え方はせず、単独の問題として考えて決断するのが良いのではないかと思います。

前回は、「デジタル遺品を家族が整理する方法」について書きました。今後もこちらのコラムで、デジタルの遺品や相続にまつわる疑問や不安にお応えしていきます。

(記事は2020年8月1日時点の情報に基づいています)