目次

  1. 1. 受益者を誰にするか、決める権限
  2. 2. 受益者の同意がなくても変更が可能
  3. 3. 事業承継での後継者変更に役立つ
    1. 3-1. 受益権化すると事業用資産の引き渡しが可能に

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信託契約に基づき、信託財産から経済的な利益を受け取る権利のことを「信託受益権」といい、その権利を持つ者を「受益者」といいます。

そして、信託契約期間中にこの受益者を変更・追加する権限を信託契約書の中で受益者以外の者に与えておくことができ、この権限を持つ者を「受益者変更権者」・「受益者指定権者」(以下、「受益者変更権者等」と表記)といいます(信託法89条)。

この受益者指定権者等は、受託者でも第三者でもなることができます。顧問弁護士や顧問税理士等、外部の客観的な立場の者を受益者指定権者等に指定して、その権限を託しておくことも良策となり得ます。

信託受益権は、受益者固有の財産として、受益者の意思で贈与したり売却したりできるのを原則としますが(ただし、家族信託の実務では受益者は受託者との合意がない限り、受益権を勝手に贈与や売買できない旨の条項を盛り込むことが一般的)、受益者の判断能力が低下した場合は、信託受益権の贈与も売買もできなくなります。

このような場合に、受益者変更権者等がその権限を行使すれば、受益者の承諾なく信託受益権の全部または一部を他者に移動させることが可能となります。税務上は、財産を持つ者が生きている間にその財産(信託受益権)を他者へ無償で渡すことになるので、「贈与」に準じて「みなし贈与」として贈与税の課税対象になります。

信託法89条に規定されるこの権限は一般的によく使われるべきものではありませんが、最も活用し得るのは、会社経営や家業の不動産賃貸業における事業承継の場面です。

たとえば、長男が事業の後継者になることを前提に、事業承継対策・相続税対策として、先代(親)が持つ未上場株式や賃貸不動産等の事業用資産を段階的に譲渡(贈与や売買等)していくケースを考えます。
事業承継対策・相続税対策の実行途中で、急遽長男が後継者となることを辞退した場合、あるいは長男に後継者としての資質がなかった場合、後継者を二男に代え、対策をし直す事態も起こり得ます。

しかし、既に長男に渡してしまっている事業用資産については、長男の協力が必要不可欠です。もし、長男が非協力的な態度に出れば、長男に渡した事業用資産が二男側に移動・集約できず、事業の承継・継続に支障が生じかねません。

このリスクを最小限に抑える方策として、事業用資産を信託財産として受益権化することが考えられます。所有権の財産ではなく信託受益権という財産を後継者である長男に渡します。すると、前述のような後継者の変更といった不測の事態に、先代が「受益者変更権」を行使して、受益者を長男から新たな後継者である二男に変更することにより、受益権化した事業用資産を長男の協力や了解なしに二男に渡すことが可能となります。

この場合、生前の財産の移動となりますので、贈与税の課税は免れませんが、税金を負担してでも後継者問題を解決し、経営リスクを回避しなければならないケースもあります。週刊誌等で世間を騒がす有名企業の後継者争いのニュースを反面教師にして、不測の緊急事態における“最終手段” として、「受益者変更権」を設けておくことは、事業承継におけるリスク対策としては非常に有効でしょう。

前回は、信託にかかる費用を経費計上できるのか、について解説しました。
引き続きこの連載では、家族信託に必要な知識やトラブル予防策を読み解いていきます。

(記事は2020年8月1日時点の情報に基づいています)

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