遺留分が認められるのは「配偶者、子、両親」のみ

――親が残した遺言や生前の贈与によって、「自分の取り分がない(少ない)、不平等だ」と感じた場合、遺留分侵害額請求でどのようなことができますか。

財産をどう分けるかについては、基本的には亡くなった被相続人の意思が尊重されます。しかし、一定範囲の相続人には法律上保障された最低限の取り分である「遺留分」があります。その遺留分が侵害されたと言える場合には、遺言や贈与によって財産を受け取った者に対して、遺留分侵害額の請求をすることができます。

遺留分が認められているのは、相続人のうち、配偶者、子、両親です。亡くなった人の兄弟姉妹には認められていません。まずは、自分が遺留分の主張ができるかどうかを確認しましょう。

遺留分の金額は、相続人が数人いる場合には法定相続分の半分(又は3分の1)です。例えば、夫が亡くなり、相続人が配偶者である妻と子ども2人の場合、法定相続分は配偶者2分の1、各子どもは4分の1です。この場合は、各子どもの遺留分は8分の1です。

遺留分侵害額請求は「侵害されたものを取り戻す」ものであり、侵害される側が事前に予防することは難しいです。例えば「財産はすべて長男に相続させる」という遺言があった場合、遺言執行者は、金融機関にその遺言書を持っていけば、預金などを引き出すことができます。金融機関によりますが。その際に、遺留分を侵害されている他の相続人の了承は基本的に不要です。

問題は、引き出した長男がその現金を使い切ってしまうと「無い袖は振れない」と言われてしまうことです。そうなると事実上回収が困難となるため、遺留分侵害額請求は早めの対応が肝心です。

「1年、10年、5年」の3つの時効に注意

――遺留分侵害額請求をする際の手続きや注意点を教えてください。

注意すべき点は時効です。遺留分侵害額請求権の時効は、相続開始と遺留分を侵害する贈与や遺言があったことを知ったときから「1年」です。この1年は結構あっという間で、私も時効ギリギリで依頼があったというケースを扱ったことがあります。

また、遺留分侵害額請求権には「除斥期間」があります。相続が開始したことや、遺留分を侵害するような遺贈や贈与などがあったことを遺留分権利者が知らなかったとしても、相続開始から10年が経過すると遺留分侵害額請求権は消滅してしまいます。

つまり遺留分侵害のある相続を知ってからは1年、相続があることを知らなかった場合でも10年が経過すると、遺留分侵害額請求権を行使することができなくなります。

――まずは「1年」の時効に留意すべきですね。それまでにすべき手続きはありますか。

時効で権利が消滅する前に内容証明郵便などで、相手に対して遺留分侵害額請求権を行使することを記載した通知書を送り、意思表示をしておかなければなりません。そこから相手との交渉が始まります。

ここで注意すべきことが、遺留分侵害額請求についてのもうひとつの時効です。遺留分侵害額請求権を行使することにより発生する侵害額の支払いを求める金銭支払請求権は、遺留分侵害額請求権の意思表示をした時から5年で時効を迎えてしまいます。

つまり、内容証明郵便を送って遺留分侵害額請求の意思表示をしたのはいいものの、その後何もしなければ金銭の請求ができなくなってしまいます。この5年の間に、遺産の全容を把握して遺留分侵害額の具体的な計算をしていく必要があります。

――相手との交渉がまとまらなければどうすればよいのでしょうか。

遺留分侵害額請求権の手続きは大きく3つの段階があります。交渉での話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所で遺留分調停を申し立てましょう。調停でも合意できない場合には、訴訟手続きに入ります。請求する遺留分侵害額の金額が140万円以内であれば簡易裁判所、140万円以上の場合は地方裁判所で訴訟を提起します。先ほどの金銭支払請求権の時効である「5年」は、裁判を起こしたことで訴訟の判決が出るまで止めることができます。

――内容証明郵便の送付や第1段階の交渉は自分だけでできるのか、それとも弁護士に依頼した方が良いのでしょうか。また、弁護士に相談する際に準備するものはありますか。

内容証明郵便は時効を確実に止めるための重要な手続きですし、遺留分侵害額請求書の作成や送付にあたっても不安なことが多い場合は弁護士に相談することをおすすめします。

また、遺留分の計算はとても複雑です。正確に計算したつもりでも、交渉の際に相手から「こっちは弁護士さんからこうやって聞いた」と言いくるめられてしまうかもしれません。相手方の言い分が正しいのかどうかを判断するためにも、弁護士のサポートがあると安心です。

相談の際に準備していただきたいことは、遺留分を侵害している可能性のある遺言や贈与の内容を確認できる書類です。具体的には、遺言書や不動産登記簿、銀行通帳などです。

「話しやすく親しみやすい弁護士であることをモットーにしています」という森哲宏弁護士
「話しやすく親しみやすい弁護士であることをモットーにしています」という森哲宏弁護士

生前から親やきょうだい間でのコミュニケーションを

――遺留分侵害額請求は、最終的には裁判所での訴訟によって決着することから、親族間で揉めてしまうという印象があります。侵害請求まで至らずとも解決できるすべはあるのでしょうか。

究極的には、遺言にどのような内容が書かれていても、遺言によって利益を受ける方と話し合って合意できれば、遺言通りに分けなくてもかまいません。「お母さんは遺言書でこう言っていたけど、みんな平等に分ければいいよね」と話し合いができて、遺言執行者にもその旨を伝えて執行を止めてもらう方法はあります。

また、遺言や生前贈与によって相続人の遺留分を侵害しなければ、遺留分に関するトラブルは防ぐことができます。相続税対策も必要ですが、遺留分を侵害しないような対策をしなければ、残された家族の間でトラブルが発生してしまうのです。

親の相続に関して子どもたちができることは、生前から親に「相続についてどう考えているか」「遺言書を作ったか」「どうしてそのような内容の遺言なのか」を確認しておくことかと思います。話し合って遺言書を作り直してもらうこともできるかもしれません。

――生前から親やきょうだいと人間関係を築いておくのが大事ということですね。

「争族」の発端になるのは、親族間の物理的な距離と感情的な距離だと感じています。例えば、親と同居していた長男が「親の世話をしてきて大変だったから、遺産を多くもらう権利がある」と主張する一方で、遠方に住んでいる他のきょうだいは「長男は世話なんてしていなかった。逆に親からいろんな援助を受けていたじゃないか。不平等だ」と主張する。いつでも家族のことを話し合えるような関係性であれば、基本的に「争族」にはならないと思います。

遺産や実家の管理はどうするのか、親と同居して財産を管理してくれる人がいれば、どのように財産の使途を報告してもらうのか、その人の貢献をどのように相続に影響させるのか、生前に譲渡された財産分の利益をどのように考慮するのかなど家族それぞれが自分たちの問題であると認識して、話し合いをするなど日頃からコミュニケーションを取っておくことが大切です。

東京スタートアップ法律事務所

2018年9月設立。四谷本店のほか、札幌、名古屋、福岡など全国に11支店を持つ。被相続人や他の相続人が遠方に住んでいた場合も、各拠点の弁護士と連携しながら対応できることが強み。特別受益や寄与分をはじめとする複雑な法律が絡む問題や、使途不明金(預金の使い込み)問題などについて、相続が公平な形で行われるようにサポートしている。

(記事は2023年5月1日現在の情報に基づきます)