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税理士が相続の当事者の立場から書く

――お父様の相続について本にしようと考えた経緯を教えてください。また、執筆する上で重視した点などありましたか?

相続の当事者が書いた本は読まれるのではないかと思いました。相続は当事者でないと分からないということもたくさんあります。特に相続専門の税理士が書いた当事者本というのは、これまで世に出たことはなかっただろうと思います。

――清田さんのお父様は横浜市で兼業農家を営み、先祖代々の山林や農地を受け継いできました。著書の中で「土地があるからこそ、相続はややこしくなる」と書いてあります。なぜ土地があるとややこしくなるのでしょうか?

親の遺産が預貯金であれば、相続人の間で簡単に分けられます。しかし、土地の場合、そこを実際に使っていることもある。たとえば、長男が親と一緒にそこに住んでいたら、長男はそこに住み続けたいですよね。ところが、すでに実家を出ている次男は、「じゃあ兄貴、その土地を売って金をくれよ」と主張するかもしない。あるいは売らなくてもいいから、評価額の半分はくれよと言うかもしれない。

また、土地をいくつか所有していた場合、相続したい土地は集中します。たとえば、駅前の土地と山奥の土地があったら、相続人はみんな駅前をほしがるでしょう。そう考えると、土地を公平に分ける、特にきょうだいで公平に分けるというのは難しいことです。

親がその土地を将来的にどうするのか、方針を決めておくといいですね。誰に土地を引き継ぐのかを決めておいたり、売却してお金に換えて分割しやすい状態にしておいたりするということが大事だと思います。

『改訂2版 相続専門の税理士、父の相続を担当する』清田幸弘(著) あさ出版 1650円(税込み)
『改訂2版 相続専門の税理士、父の相続を担当する』清田幸弘(著) あさ出版 1650円(税込み)

先祖代々の土地、発想を転換して対応を

――先祖代々の土地だと、土地への執着もあって、売りたくないという人も多いかと思います。

発想の転換が必要でしょう。先祖代々の土地が、果たしてどれだけ今の我々の生活に貢献できるか。それが負担になったらしょうがない。要は、そこに土地があるっていうことだけではなくて、現金化しやすい価値がある資産に換えていく、という資産の組み換えがポイントになると思います。

清田家の場合、農家で自宅の裏に収益性のない山を1ヘクタールも持っていました。父がまだ元気なうちに説得し、信頼できる業者を選んですべて売却して宅地造成しました。十数年前のことですが、そのときのお金で今回の父の相続税はすべて払えました。もし売っていなければ、手間のかかる管理が続くことになっていたし、何より、相続が始まってすぐに売ろうと思ってもすぐには売れず、他に所有していた良い土地を売却しなければいけなくなっていたかもしれません。

自宅や収益性の高い土地などの「引き継ぐ土地」と、有効活用もままならない「問題地」を分けて考えることが大事です。わが家では自宅の裏山のほかにも多くの不動産があり、それぞれ資産の組み換えをしました。たとえば、開発が制限されている市街化調整区域の土地は、横浜市の「市民の森」という緑地計画を活用して相続時に市に売却する、自宅近くにあった古い賃貸アパートを売却して、駅に近いマンションを購入するといったことです。もうこれ以上の解決策はないというくらい徹底的にできたと思います。

――土地への思い入れが強い年代のお父様を説得するのはかなり大変だったでしょうか?

大変でした。裏山の売却について納得してもらうのに3年かかりました。売却後も、自宅裏で進む宅地造成の工事を毎日目にしているものですから、「幸弘があんなこというから、こんなになっちゃった」みたいな愚痴を、親戚にこぼしていました。ただ、相続専門の税理士から最善の方法がこれだと言われたら、なかなか論破できる人はいないですよね。あとは感情の問題です。たまに頭にきて父親と口げんかになることもありましたが、工事の終盤になったら、「売っておいて良かったな」とか「裏山の草刈りは大変だったね」など言っていました。

「税理士になったのは、先祖から受け継ぐ土地をどうにかしたいと思ったことがきっかけ」と話す清田幸弘税理士
「税理士になったのは、先祖から受け継ぐ土地をどうにかしたいと思ったことがきっかけ」と話す清田幸弘税理士

遺言を書いてもらうだけでも10年の歳月

――父の相続を振り返って、相続対策で一番大変だったことは何でしょうか?

遺言を書いてもらうのが大変でした。10年ほどかかりました。所有する土地が大きいですし、姉2人がいるので、どうやって遺産を分けるかについて方向性を決めておいてもらいたいということを父にはだいぶ話しました。

10年もかかったというのは、方向性をどうするか決めるのに時間がかかったわけではなく、単に書きたくなかったのだと思います。書き始めてしまえば、すぐに書けてしまいますから。10年かかって、そろそろ書かなきゃいけないなと思ったのでしょう。きっかけはよく分かりません。

ただ、考えてみると、遺言を書いてくれと私が父に言い始めたのは、父がいまの私の年齢よりも若い頃だと思います。いま息子が私に遺言を書いてくれって言ってきたら、怒っちゃうかもしれないですね。父は怒りはしなかったけれど、気分はよくなかったでしょうね。いま考えるとわかります。でも、方向性を決めておいてくれたのは、残された家族にとってはとても大きかったです。お客様でも、遺産分割でもめて精神的に参ってしまう方も大勢います。

それから、すでに申し上げた通り、土地の対策も大変でした。相続対策としては、そのほかにアパートやマンションなどの賃貸物件の建築や購入、不動産管理法人の設立、生前贈与など、ありとあらゆるものをやりました。結果として、当初の試算よりも相続税を3割節税できました。自分がお客様に相続対策はこうやったほうがいいと提案してきたことを、自分の相続でほぼすべてやった結果だと思います。

――清田家の相続が円滑に進んだ理由は何だったでしょうか?

相続人となる家族みんなが納得できるよう、生前贈与などで事前に環境を整えてきたことはよかったと思います。父は孫に、十何年にわたって毎年のように贈与していました。遺言で「ほとんどの財産を長男に」なんてあると、他のきょうだいは普通はおもしろくないですが、わが家の場合は、父が生前に孫に贈与をしたり、できる限りの相続対策をやったりしてきたので、いざ相続になったときも、姉たちの気持ちは悪いものではなかったのだと思います。

それから、無駄な資産を引き継がないように工夫してきたことが大きかったと思います。何しろ山が多かったので、その山の所有をゼロにできたことは大きかったです。市街化調整区域も畑もほぼなくなりました。

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相続対策は早めに、家の将来像を家族で話し合うところから

――早めに相続対策をしたほうがいいと分かっていても、なかなか実行に移せない人も多いかと思いますが、そういう人たちへのアドバイスをお願いします。

親が遺言で相続の方向性を決めておかないと、残された子どもたちが大変になってしまいます。相続はお金や土地、人間関係も絡みますから、時間をかけて親と子どもがしっかりとその家の将来像を描いて、そこから何を今やればいいのかを考えていく作業が大切です。ただ、子どもはいろいろ意見を言ったり、説得したりはしても、最終的に方向性を決めるのは財産の所有者である親です。

清田家の場合も、私がやったことというのはすべて、親に対する説得です。私がいかにお客様の相続案件をたくさん手がけていようと、相続のノウハウを持っていようと、父が「じゃあ、そういうふうにしよう」という判断をしなければ、当然のことながらできません。土地の造成も贈与も遺言も、全部そうです。

――親の説得というのは、なかなか難しそうですが、税理士など専門家に間にはいってもらうことはできるんでしょうか?

間に入るというよりは、説得の材料にするという程度でしょう。説得できないご家族は非常に多いと思いますが、まずは家の将来像をどうするかというところから話を始めるといいと思います。方向性が決まっていると、我々専門家は具体的にどういう方策があるのかアドバイスすることができます。

ただ、相続というのは実は感情とそろばんの掛け合わせです。専門書では、たとえば小規模宅地等の特例を使うとか、生前贈与の非課税がいくらとか、そういうそろばんの部分は書いてありますが、感情の部分については書かれていません。でも、感情の部分は実際の相続では非常に大きく影響すると思います。

この本では、清田家の相続をめぐる当事者としての思いなどについても書いているので、そこが通常の相続対策本とは違うところではないでしょうか。

――清田さんが相続対策する中で、感情面で大事にした点は何でしょうか?

「長男ばかり」というイメージを姉たちが持たないようにしたということでしょうか。家を守るということの一方で、姉たちが納得できる内容にする。このくらいの相続財産だったら、この地域の常識ではこのあたりが落としどころだろう、ということを意識しながらやりました。相続に正解はないと思います。税金が払えて、きょうだいが納得して、将来に憂いを残さない、そういう相続が、当然のことながら一番でしょうね。

早め早めの相続対策がいいのですが、親もきょうだいもまったく話をきかない、まとまりようがない、ということもあります。逆に、あまり対策をしなくても、結果的にうまくいくということも当然あります。ただ、早めに動き出せば、もし話を聞いてもらえないという事態になっても、次の方策を考えられます。

しかも、土地の対策などには時間がかかります。うちの場合は、何十年もかかりました。私が税理士になったのも、受け継いできた裏山などのたくさんの土地をどうにかしたい思ったことがきっかけです。お客様の財産で、模擬相続をいっぱいやっていたともいえるかもしれないですね。

ランドマーク税理士法人

1997年創業以来、都市農家や地主、経営者の資産管理・経営支援・存続支援に取り組み、累計の相続税申告7,000件超は全国トップレベル。東京、神奈川、埼玉に13の事務所を構える。

(記事は2023年4月1日現在の情報に基づきます)

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