目次

  1. 1. 相続は「勘定より感情」が優先
  2. 2. 相続の備えは「資産の棚卸し」と
  3. 3. 親のために「貸金庫」を
  4. 4. 荻原さんの「最強の相続」とは

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――新刊のテーマになぜ相続を選んだのでしょうか

年金や家計も含めて、お金について考える本をこれまで書いてきました。そのお金の中でも相続は外せないと考えています。

相続イコール相続税と思われがちですが、家庭裁判所で調停などが成立した相続案件(遺産分割事件)のうち約3割が、相続税がかからない1000万円以下の案件なんですよ。基礎控除の対象で相続税がかからない遺産なのに、みんなモメているのが現状です。

私は色々な相続のトラブルを見ていますが、「相続」ってお金の中でも特別なんですよ。他のことならビジネスライクに考えられるのに、相続は、親子の関係や兄弟姉妹の関係、そういうものがからんできます。

たとえば、私の知り合いの女性は、お母さんの形見のブローチの所有権をめぐって、姉とモメてしまいました。「あんたはブローチをもらったじゃない」「私はそんなかわいがってもらった覚えがない」という感情が諍いの原因です。身内であればあるほど感情の整理がつかなくなるんですよ。彼女は結局、もめたお姉さんと絶縁しちゃいましたけど。勘定より、感情が先に立っちゃうのが相続なんです。

――民法の相続分野は2018年に改正され、段階的に施行されています。相続にどんな影響があるのでしょうか?

相続法の見直しは約40年ぶりです。その当時と比べて、家族関係は離婚や再婚などで複雑化しましたよね。それに対応したのが新設される「配偶者居住権」です。

たとえば高齢のお父さんが再婚した場合、社会人になった子どもと新しいお母さんが仲良くできないケースがありますよね。これまでは、お父さんが亡くなった後、家の所有をめぐって争いになると、家を売らざるをえなくなり、その結果、お母さんが住み続けられないことがありました。そんな状態を避けるためにできたのが「配偶者居住権」なんです。

『最強の相続』ではマンガで、相続のトラブルを分かりやすく説明©春原弥生

仲の良い家族だって、何かの拍子で崩れることがあります。愛情と憎しみは裏表と言われますが、相続がそのきっかけになってしまったら、亡くなった方が1番悲しいでしょう。相続に備えて、本当に解決しなきゃいけないのは人間関係なんですよ。

――本には「隠し子が父親の死後、相続の権利を主張してきた」など、驚くようなエピソードが例に挙がっていました。本当なんでしょうか?

父親の葬儀に突然現れた隠し子が後日、たばこの吸い殻でDNA鑑定をして親子関係を証明し、遺産相続の権利を主張した話のことですね。本に書いたのは、実際にあった話ばかりなんですよ。

©春原弥生

他にもあります。父名義の預金を引き出して使っていた娘が、その事実を兄たちに隠そうと、その口座を解約しました。娘本人はバレないと思っていたんでしょうね。しかし、父の死後、相続手続きが始まると、税務署は察知して、その証拠となる写真を娘に突きつけた…という話もあります。

また、父親の死後3カ月以上たって急に、銀行が父親が引き受けていた連帯保証8千万円を遺族に払って欲しいといってきたケースもあります。銀行は、相続人が相続放棄できなくなる3カ月を待ってから通知してきたわけです。もうこんなのは「だまし討ち」ですよ。

普通では想像できないことが山のように起きるのが相続なんです。だから色々なケースを知っておいたほうがいいんです。「遺留分は何割」といったお勉強も大事ですが、相続では思いもよらないことが起きることを肝に銘じていれば、備えようと思えますよね。

――では、今からできる相続の備えは何でしょうか?

連帯保証の話でいえば、本人と金融機関しか知らないということがあり得ます。形式的には書面を取り交わすことになっていても、実際には金融機関が本人に渡さないケースもあります。

だからこそ、「資産の棚卸し」が大事です。親や自分がどんな財産を持っているのか。借金や連帯保証のようなマイナスの財産も含めて、目録化しておきましょう。これは相続の観点だけではなく、老後の資産形成の考え方にもつながります。高齢化で自分の想定より長生きすることがありえます。「これしか現金がないからもう少し働いておこうかな」など、自分の資産状況を見ておくことで、将来を考えるきっかけになります。

インタビューに答える荻原博子さん=松崎敏朗撮影
インタビューに答える荻原博子さん=松崎敏朗撮影

また、大切な書類は一つの場所に集めておくこと。生命保険の証書はこっちに、土地の権利書はあっちにある、とバラバラになっている人が多いんですよ。ゴミ捨て場から大金がでてきたというニュースを聞いたことはありませんか? 本人しか知らないタンス預金を家族が捨ててしまったのでしょう。同じように、大切な書類のありかを家族が知らなかったら、大変です。

良い方法としては親のために貸金庫を借りてあげることです。権利書など大事な書類をまとめ、資産の目録もあわせて、貸金庫に預けておけば、安心です。

その場合、提案の仕方も大事です。親に「財産どれくらいあるの?」と聞いたら、「財産を狙っているのか」と疑われかねない(笑)。だから「自分の財産を一度整理して、大切な書類は貸金庫にいれて、それを時々チェックすると安心だよ」と親に伝えてみてください。貸金庫は月額1万5千円程度から借りられます。子どもが借りて、鍵だけ親に渡せばいいんです。ただ、親の死後、貸金庫も相続の対象になるので、開ける場合には相続人全員の同意が必要なのでご注意下さい。

――特に、どんな人が相続の準備をしておいたほうがいいのでしょうか?

10億円とか資産が多い人はすでに準備されていると思いますが(笑)、「貯金が2千万円しかないから相続税の基礎控除内で大丈夫」と思っている人も注意して下さい。例えば自分の家は借地にあるから相続は関係ないと思っていませんか。実は、借地権も財産として相続されるので、地価が高騰していれば土地の相続税評価額も大きくなり、相続税がはね上がることがあり得ます。

インタビューに答える荻原博子さん=松崎敏朗撮影
インタビューに答える荻原博子さん=松崎敏朗撮影

いつまで長生きするのか不安な方も、相続の準備を兼ねて資産整理をしておくと、不安が取り除けますよね。また、子連れで再婚された方などもそうですね。同性同士も含め、結婚していないカップルも、配偶者ではないパートナーにどうお金を残すか、考えておいた方が良いでしょう。

また、事業を営んでいる方も、いろいろな利害が絡んできますよね。本人は会社を継ぐ子どもだけに残したいと思っても、相続時に他の相続人から遺留分を請求される可能性があります。会社そのものを売り払って分けるわけにはいかないですし。たとえば、工場内にある自宅などしかなくて売ってしまったら、事業継続ができません。金額も大きいですし、本人の思い通りにいかないことが結構あるんですよ。

いずれにしろ、早めに税理士さんに相談しておくといいでしょう。お商売をしている友人はいませんか? そういった家は税理士さんとお付き合いがありますから、評判を聞いたり、紹介してもらったりするといいですよ。

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――荻原さん自身はどのように相続に備えていますか

私は父の生前から、「財産いらないから」と言っていたので、いち早く相続放棄しました。3人きょうだいですので争いになるかもしれない。だから私が放棄して、万が一のために仲裁役になろうと思いました。残りの2人で分ければみんな仲良くいられるじゃないですか。子どもがモメるのって、親にとっては悲劇ですから。

――本のタイトルにもなっている「最強の相続」とは何でしょうか?

インタビューに答える荻原博子さん=松崎敏朗撮影
インタビューに答える荻原博子さん=松崎敏朗撮影

「最強の相続」とは、みんなが最後に笑える相続です。相続のために、家族がバラバラになったり、憎しみあったりするトラブルが、本当によく起きます。「家族だから許せない」と、意地になっちゃうと終わりです。相続人みんなで協力して対処すれば相続税が少なく済むのだから、そういう視点でお金を計算したら?と思うんだけど、冷静に計算できなくなっちゃうんでしょうね。相続は、「勘定」と「感情」のバランスなんですよ。そこを解決しないと良い相続なんてできないんです。

荻原博子さんプロフィール
1954年長野県生まれ。大学卒業後に経済事務所に勤務、1982年にフリーの経済ジャーナリストとして雑誌、テレビ等で活躍。著書に『騙されてませんか 人生を壊すお金の「落とし穴」42』(新潮新書)や『保険嫌い 「人生最大の資産リスク」対策』(PHP新書)など多数。

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