最新路線価 異例の「補正措置」実施の可能性とアフターコロナの地価を専門家が読み解く
国税庁は7月1日、2020年分の路線価を公表しました。変動率の全国平均は5年連続で上昇する結果となりました。路線価は、相続税や贈与税における土地の評価計算に使われます。今回の路線価の注目すべきポイントや、近年の地価動向、そして、新型コロナウイルスによる地価下落に対する補正措置について、不動産専門のデータバンク「東京カンテイ」の 市場調査部上席主任研究員の井出武さんに聞きました。
国税庁は7月1日、2020年分の路線価を公表しました。変動率の全国平均は5年連続で上昇する結果となりました。路線価は、相続税や贈与税における土地の評価計算に使われます。今回の路線価の注目すべきポイントや、近年の地価動向、そして、新型コロナウイルスによる地価下落に対する補正措置について、不動産専門のデータバンク「東京カンテイ」の 市場調査部上席主任研究員の井出武さんに聞きました。
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――2020年分の路線価の注目すべきポイントは?
毎年7月に発表される路線価は、その年の1月1日時点の公示地価がベースになっていますので、日本では2月以降蔓延した新型コロナウイルスの影響は加味されていないというのが前提です。傾向としては、ここ数年見られていた、インバウンド投資と、駅前を中心とした大規模再開発による地価上昇が、今回の路線価に反映されています。都道府県別の路線価を見ると、唯一、茨城県水戸市の路線価が前年より下落していますが、県庁所在地47都市のうち38都市が上昇しており、これが県全体の地価を押し上げている状況です。
――目立った地区はどこか?
全国で最も路線価が高い地点は、東京都銀座中央区5丁目の銀座中央通りの文具店「鳩居堂」前です。35年連続で日本一です。ただ、伸び率から言えば、銀座よりも浅草のほうが高くなっています。ここから見えるのは、インバウンド投資の中身が変わってきている、ということです。
インバウンド投資が盛んになってきた13年、14年頃は、アジア圏からの観光客を中心に、いわゆる“爆買ブーム”があり、銀座の地価上昇につながりました。しかし、近年は「モノ消費」から「コト消費」にシフトしており、日本らしさを体験しようという観光客が増えていました。観光産業の本来の姿に近づいたことで、浅草のほか、石川県や沖縄県などの観光地の地価が上昇し、路線価に反映されています。
人を集める力が強い都市は、観光業が成長するだけでなく、定住する人も増えていくものです。実際、土地の取引相場の指標となる公示地価を見ると、「住宅地」と「商業地」の動きはある程度連動しています。ただし、すべての観光地の路線価が上昇しているというわけではありません。やはり、観光スポットとしての知名度が低いところや、交通アクセスが悪いところは、路線価はそれほど上昇していないため、観光地の間でも差が開いています。
交通の要衝、あるいは産業の要衝と呼ばれるようなところは、連続して路線価の高い上昇が見られ、強みが増しています。一例を挙げるなら、名古屋がまさにそうです。当初予定されていたリニアモーターカーの27年開業は難しいようですが、それでも交通の要所であることは変わりなく、トヨタに代表される産業や、観光資源においても恵まれています。
同じく、東北なら仙台、北海道なら札幌、九州なら福岡が、各地方の要衝といえます。これらの主要都市からアクセスの良い県も、地価の上昇を期待でき、たとえば山形県の路線価が上昇していますが、これは仙台の成長による影響もあると見ています。
――路線価は、1月1日時点の地価の80%程度を目処に算定されています。国税庁は、2020年分の路線価等が時価を上回った場合に、「納税者の申告の便宜を図る方法を幅広く検討」するとして、路線価の補正措置の可能性について説明しました。
おそらく、これから地価の下落リスクが顕在化することを踏まえ、「きちんと措置しますので、ご安心ください」というアナウンスの意味があるのでしょう。これまでも、台風や震災などによって、特定のエリアの土地の評価額を減額する措置は時々実行されてきました。
――補正措置が設けられることは、納税者にとって有益なことなのでしょうか。
新型コロナウイルスの先行きはまだ見通せません。第二波、第三波がきて感染者が増加するという悪いシナリオも想定する必要があるでしょう。路線価が地価を上回るようなことになれば、納税者が財産の価値に見合わない税負担を負うことになりますから、補正措置の可能性が示されたことで、安心感にはつながると思います。
――実際に補正措置を実行するとなると、適用する地区の線引きが必要になると考えられます。
台風や震災などと違い、新型コロナウイルスは日本全国に影響を及ぼしています。そのため、各地のバランスを考えながら、補正する地区や補正計算の方法を決めていくことになるでしょう。また、同じ県内であっても、インバウンド投資が減少する影響を強く受ける観光地もあれば、そうではないところもあります。中には観光客が前年比99%減少という地域もあり、こうした地域にはより強く補正をかける可能性が考えられ、同じ県内であっても影響のなかったエリアとの線引が必要になるかもしれません。具体的に、どのような形で補正の実施をするのかは、これから議論を呼ぶことになりそうです。
――実際に、補正措置が実行される可能性は高いのでしょうか。
計算の上では、路線価が地価を上回るには、20%以上地価が下落する必要があります。しかし、20%下がるというのは相当な下げ幅です。数年かけて20%下がることはあっても、単年ではバブル崩壊直後くらいの状況にならなければ達しない水準といえます。したがって、今得られる情報だけを見ると、実際は、補正措置が実行されることはないのかもしれません。ワクチンの開発などによってコロナウイルスの問題が収束すれば、場所にもよりますが国内の観光産業は戻り、地価の下落幅も5%程度にとどまるかもしれませんから。
地価が20%以上下落し、補正措置が実行されるのは最悪のシナリオです。もちろん、税負担が減るという意味では補正措置は役立ちますが、土地という財産の価値が下落することが前提ですから、補正措置は実行されないほうがいいですよね。もっとも、地価が実際に20%以上下落したのを見て補正措置を実行するのか、下落が見込まれた段階で実行するのかなど、不明点は少なくありません。具体的な運用は、これから国税庁で議論がなされると思います。
――今後、新型コロナウイルスの影響も踏まえ、日本の地価はどのように動いていくのでしょうか。
地価を上昇させる大きな要因として、「インバウンド投資」と「大規模再開発」が挙げられます。新型コロナウイルスの問題によって、今後更にインバウンド投資は落ち込むと考えられますが、大規模再開発がなくなることはないでしょう。そうしたエリアは地価も底堅く上昇すると思います。分かりやすいのが、埼玉県の大宮です。かつては東京の上野が北の玄関口でしたが、今やそのポジションは大宮に移っています。人口が増え、企業や住宅が増え、地価が上昇している。このように、アフターコロナの時代においても、交通網などにより、強みを発揮する都市は出てくるでしょう。
一方、オフィスをベースにした都市は、今後ニーズが落ちていくかもしれません。テレワークが浸透すれば、今までのようなオフィスビルを中心とした再開発ではなく、レジデンスを増やすという方向性に変わるかもしれません。
――最後に、今後、どのように路線価や地価の情報をチェックすればいいのかを教えてください。
相続に直面している方は、路線価が税負担に直結するため、補正措置がどうなるかを注視しておいたほうがいいでしょう。とくに、インバウンド投資の依存度の高い観光地に土地をお持ちの方は、影響が出る可能性があります。
また、相続税の問題がなくとも、土地をお持ちの方や、購入を考えられている方は、地価の動きに注目されるといいと思います。たとえばテレワークが進むことで、郊外の地価が上がるという人もいますが、私は、「選ばれる郊外」と、「選ばれない郊外」の二極化が進むと考えています。「都市の完結性」という言葉がありますが、巣ごもり消費や仕事、医療、行政サービスも含め、すべて充足できる都市の地価は上がり、立ち遅れた都市からは人が離れ地価が下がるでしょう。
都市に人が集まれば、お金が集まり、地価は上昇します。そして地価が上昇する都市には人やお金が集まってくるものです。そのような好循環に乗れる都市はどこか、という視点で考えるといいと思います。
(記事は2020年7月1日現在の情報に基づきます)
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