【2022年分路線価】コロナ渦を経て二極化 地価下落に転じる可能性も? 専門家が解説
国税庁は7月1日、2022年分路線価を公表しました。路線価は、相続税や贈与税における土地の評価計算に用いられ、地価動向の目安にもなります。不動産専門データバンク「東京カンテイ」の市場調査部上席主任研究員・井出武さんに、2022年分路線価から見える地価動向や今後の見通しを聞きしました。
国税庁は7月1日、2022年分路線価を公表しました。路線価は、相続税や贈与税における土地の評価計算に用いられ、地価動向の目安にもなります。不動産専門データバンク「東京カンテイ」の市場調査部上席主任研究員・井出武さんに、2022年分路線価から見える地価動向や今後の見通しを聞きしました。
――2022年分の路線価は全国平均が2年ぶりに上昇となりました。
まず気をつけなくてはならないのは、路線価は住宅地と商業地が一体となっているという点です。路線価の動きだけを見ていては実態を見誤ってしまうので、住宅地と商業地で分かれている公示地価も踏まえて判断する必要があります。
そこで路線価と合わせて公示地価の動向を見ると、商業地については2022年に入り、観光需要の減少が落ち着いた状況が見えます。2020年の新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言以降、観光需要の減少による地価下落が見られましたが、これが回復しつつあります。いまだ海外からのインバウンドは少ないのですが、国内の人の動きが戻ってきているからでしょう。
住宅地のほうはコロナ以前から継続して上昇傾向にあり、商業地の地価下落を補う形になっています。たとえば東京・浅草の最高路線価(2022年)は、対前年変動率1.1%と伸びており、これは国内観光客による需要増と住宅地としての高いニーズが要因と考えられます。
――東京国税局管内でいえば、千葉や神奈川ではすべての税務署管内で最高路線価がプラスもしくは前年並みです。住宅地としての性格が強いからでしょうか。
私はそう見ています。また、再開発に起因する地価上昇も各地で見られます。たとえば千葉東税務署の最高路線価が前年対比5.1%上昇となっていますが、これは千葉駅周辺の再開発の影響としか考えられません。北海道、仙台、広島、広島、福岡についても、やはり再開発による地価上昇が見られます。
とくに札幌については、2023年3月開業予定の「北海道ボールパーク」や、北海道新幹線の工事計画が追い風となっています。札幌市東部エリアのマンション価格はどんどん上昇していて、すでに地元の人が買えないような価格です。
――コロナ禍は、今回の路線価にどう影響したとお考えですか。
新型コロナによりあぶり出された側面だと思いますが、“土地の多様性”が地価の明暗を分けています。
外国人観光客のインバウンド需要に依存していた都市は、地価が回復していません。世界遺産で有名な都市であっても、住宅地や商業地としてのニーズが乏しい都市は、難しい状況にあります。
いっぽう、観光地でありながら住宅地や商業地の機能も兼ね備えた都市は堅調です。東京の上野や、名古屋、神戸といった、観光のみならず生活や仕事にも便利な都市については、今後も不安がないように思います。
――コロナ禍に伴うリモートワークの普及から、一時は「東京離れ」が噂されました。
基本的に、「東京離れ」は起きなかったとみています。地方への移住者が増え、東京の物件を売却していれば、東京の地価は下がる方向に働くはずです。しかし、むしろ東京の地価は上がっているのです。
軽井沢だけは、移住者が増えたことによる地価の上昇が見られました。主に東京の富裕層が軽井沢に住民票を移したようです。とはいえ、軽井沢に移住した人たちも、東京の自宅を売却はしてはいないと思います。「優良資産は手放さない」というのはお金持ちの鉄則ですから、物件をご家族に使わせたり、賃貸に出したりしていると考えられます。
――オフィス需要の減少は、地価に影響しなかったのでしょうか。
リモートワークにより、床面積が従来ほど必要なくなるという影響はあるかもしれません。でも、企業がオフィスを設ける場所としての価値は、これからも残り続けるでしょう。東京でいえば千代田区や中央区といったブランド力のある都市に、企業は本社を置きたいという気持ちがはたらきますから。
たしかに現状は都心のオフィスビルに空室が見られますが、これはコロナ以前から続いていたオフィスビルの建築数の増加によるものです。供給過剰は一時的なものであり、そのうちに状況は変わると見ています。
――2021年に開催された東京オリンピックの地価への影響は?
オリンピック前後の地価の変動に注目していましたが、ほとんど影響はありませんでした。2022年分の路線価にも顕著な影響は見られません。
一方、去年の後半から徐々に見えてきたのが、マンション賃料の伸び悩みです。2014年ごろから一貫して上昇傾向にあった賃料相場が頭打ちになりつつあります。これがいずれ地価にも影響を及ぼすと思います。
投資目的でマンションを買うと、購入費を家賃に反映させる必要がありますよね。ですから、地価の上昇とともに都心では賃料が上がってきたのですが、今は東京都心では70㎡ほどの部屋が家賃40万円になる水準です。ここまで高くなると、借りる人が少なくなりますから、収益性の低下から投資家離れが起き、地価下落に発展するかもしれません。
――都心のマンション価格が曲がり角に来ていると。
そういう認識です。東京都心部のほか、大阪、名古屋、福岡でも中心部で同様の現象が見られます。さらに景気や住宅ローン金利などの先行き不安からか、今年に入って、家を買いたい人が減っています。去年はむしろ需要に対して物件が不足していたのですが、逆転現象が起きているのです。
――2022年に入り、急速な円安が進んでいます。こちらは地価に影響しますか?
円安が進めば、外国人にとっては日本の不動産を買いやすくなります。日銀はマイナス金利を継続すると発表したため、外国人にとっては「日本は円安を容認している」と解釈されるでしょう。ということは、今後も円安に力学が働くという見込みのもと、国内不動産に対する外国人の需要が高まると考えられます。
とはいえ、日本の地価におよぼす影響は限定的だと思います。彼らは立地を非常に気にし、ごく限られた一等地を狙っていますから。その他の都市は、外国人に買われる可能性がほとんどありません。
――では、日本の金利政策が利上げに転換した場合、どうでしょうか。
短期的には住宅ローンの金利上昇にともなう地価下落が起きるかもしれません。ただ、1990年のバブル崩壊や、2008年のリーマンショックのときのような大幅な地価下落は起きないと予想しています。バブル崩壊やリーマンショックは極めて特殊なケースであり、金融機関がきちんと機能する限りは、地価が激しく下落するような事態は起きないでしょう。
また、現在の不動産業界は大手寡占になっており、供給量を調整できるだけの体力があります。地価が下落しそうな場合は、物件を売らずに値上がりを待つといった戦略を取れますから、その意味でも地価の大幅下落は起きにくいと思います。
――最後に、今後、どのような都市が地価上昇を見込めるのかお聞かせください。
再開発が行われる都市は見込みがあります。もちろん、再開発の規模や期間などによっても違いますが、「都市が生まれ変わる」という期待感から住宅需要やオフィス需要が高まれば地価の上昇が見込まれます。
そもそも東京の地価が高いのは、再開発が切れ目なく継続できることが大きい。森ビルや三井、東急などの大手デベロッパーが長期間にわたり再開発をしていますからね。大阪駅前のうめきた地区の再開発も期待感があります。
賑わいがあるからこそ再開発が行われ、再開発によって賑わいが生まれる。このような良い循環を起こせる都市と、そうでない都市で、ますます地価の差が開いていくでしょう。