人生を振り返り遺贈寄付を決意 財産を奨学金に遺贈寄付する女性の思い
これまでの生き方を振り返って遺贈すると決め、実際に遺言を作成した女性にお話をうかがいました。遺言に込めた思いとともに、遺贈に至るまでの足取りを紹介します。
これまでの生き方を振り返って遺贈すると決め、実際に遺言を作成した女性にお話をうかがいました。遺言に込めた思いとともに、遺贈に至るまでの足取りを紹介します。
新藤聡子さん(仮名、60代)は、都内のマンションにお一人で暮らしています。遺贈を含む遺言を今年、作成しました。「遺贈は小さな種ですが、いつか芽を出し、次につながっていくことで大きく広がり、もしかしたら山を動かすこともあるのではないか。そんな風に考えています」と新藤さんは語ります。
夫の仕事の関係で、若いころは海外生活が長かった新藤さんですが、40歳のとき夫が急逝します。いまなら過労死にあたるのではないか、と新藤さんは振り返ります。遺された3歳と10歳の子どもを一人で育てることになりました。夫にはそれなりの遺産がありました。しかし、「命と引き換えのお金」と思うと、手を付ける気にはなれなかったといいます。英語教室を開き、奨学金を使うなどしながら育て上げました。無理がたたってか、一時は原因不明の体調不良に見舞われました。「生活は本当に大変でした。大変でした」。新藤さんは、しぼるように「大変」という言葉を2度繰り返して話を続けます。
体調不良のとき、医療に関心を持ったそうです。その中で、医療的ケアが必要な子どもとその家族の生活の大変さを知りました。そんな子どもたちを支援する、国立成育医療研究センター医療型短期入所施設「もみじの家」の活動に深く共感したといいます。
ただ、この頃は、寄付はしても遺贈寄付という手段には思いが至りませんでした。遺贈をしようと思ったきっかけは、2017年に遺贈寄付のことを取り上げたNHKの番組を観たことでした。
番組を観て、新藤さんは「遺贈って暗いイメージがあったけど、そんなことはない。自分の思いを未来に託すもので、明るいな」と感じます。「生活にお金は必要ですが、いつか生が終わるときがきます。握っているものを手放し、与えていかないといけない、と思うようになりました。夫の遺産に私自身が執着していることに気づいたのです」
そこで、信託銀行に相談に行きました。担当者は、親身に相談にのってくれましたが、寄付先の相談相手になってもらうには、NPOに関する情報が少ないと感じました。そこで、新藤さんは日本財団遺贈寄付サポートセンターに連絡を取ります。遺贈寄付の相談窓口の一つです。
相談を通して人生を振り返る中、奨学金という形でお金を活かしてもらおうと考えるようになりました。一つの思い出があったからです。
英語教室で月謝の滞納が続く、父子家庭の子どもがいました。連絡すると、父親が月謝を持ってきました。聞けば、がんを患ったといいます。すまなそうに謝る姿に、新藤さんは心に痛みを感じました。子どもを遺して逝ってしまうかもしれないと思っている、父親の心の痛みです。他人事とは思えませんでした。その子は教室を辞めました。奨学金という考えの背景にはこうした体験があるのです。
遺贈寄付先や、遺贈したお金の使い道について漠然と考えていた頃、コロナ禍が世界を覆います。辛い状況の中でも、生きようとする「いのち」のつながりみたいなものを新藤さんは感じたといいます。ますます、未来につながる「いのち」のために、自分でできることをしたいと強く思うようになりました。いつ自分の生が終わるかもしれないとの思いもあり、弁護士と頻繁にやり取りを重ね、自筆証書遺言を一気に書きあげました。子どもにある程度の財産を遺しつつ、遺贈もする内容です。
子どもたちに向けた付言事項はA4で7枚。夫との出会いから始まり、夫の死後、どのような苦労をして2人を育てたのか、いわば自分史を記したのです。そのうえで、なぜ遺贈するのか、自身の思いを説明したといいます。「お金も大切ですが、自分で汗水流して得たお金と親からもらったお金の重みは違うことを忘れず、眼には見えないものを大切にしてほしい。私が亡くなった後、いつか芽を出すだろう『思い』を託すので、その芽が育つのを見届ける人生を送ってほしい。子どもにはそんなことを伝えました」と新藤さんは話します。その後、新藤さんの娘さんからメールがありました。
<母は父を亡くしてから苦労して私たちを育ててくれました。自分の楽しみよりも私たちの生活費と学費のために、節約節約で生きてきました。今回の事を聞いて、母が好きなようにできればいいと思っていました。この決断に父も喜んでいると思います>
「思い」はすでに届いている。そう感じました。
次回は、相続財産から寄付をした人のお話しです。
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(記事は2020年11月1日現在の情報に基づきます)