「わた定」作者 朱野さんが語る 「相続は家庭の履歴の総決算」
祖父の死をきっかけに始まった相続争いを解決しようと、大学生の主人公が奮闘する―。小説「真壁家の相続」(双葉社)は、ある一家の「争続」を描いています。作者の朱野帰子さんに、作品を書いた裏側や現代の相続について聴きました。
祖父の死をきっかけに始まった相続争いを解決しようと、大学生の主人公が奮闘する―。小説「真壁家の相続」(双葉社)は、ある一家の「争続」を描いています。作者の朱野帰子さんに、作品を書いた裏側や現代の相続について聴きました。
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朱野さんは、ドラマ化した「わたし、定時で帰ります。」が代表作の一つです。「真壁家の相続」では、遺産分割協議を進める中で、明るくて仲が良いはずの家族が揉め始めます。なかなか事態が好転しない中、主人公の大学生・真壁りんが奔走し、あらためて親族が絆をつむぐ物語を描いています。
――「真壁家の相続」は、題名の通り、相続をテーマにしています。ご自身で執筆される中で、面白いと感じられたことはありましたか。
執筆前にノウハウ本や民法の本を読んでみたのですが、法律に従って合理的に進めていけるのかなと思いきや、そうでもないんですよね。
子どもの頃から正月や法事で親戚の会話を聞いていました。突拍子もないことを言い出す人がいて面白い。この作品でも、そういうシーンが出てきます。
大人って普段、自分の感情を抑制して振る舞ってるじゃないですか。でも、突然「あのことをずっと我慢してきた!」「あの人だけずるい!」とか子どもみたいなことを言い出すことがある。
会社員時代は、会議中のおじさんたちの話が非論理的な感情のぶつかり合いであることが多いのに驚きました。自分こそが合理的だという戦いに夢中になっているうちに肝心の議題がどっか行っちゃう。感情を抑制しているつもりで出ちゃっているんですよね。
「真壁家の相続」では、主人公の母親が、およめさんという立場で、会社で言えば中途入社組ですが、彼らは生え抜き社員たちとは違う視点で親族という組織を見ている。違う立場の人たちが利害関係を一致させていくプロジェクト感が相続の面白い点ですね。
遺産が多いほうが揉めるイメージがありましたが、多い家は生前に整理したり、弁護士や税理士などのプロに任せている。遺産が少なくて何も準備していない家のほうが大変なんだろうなと思います。コスト的に見合わない話し合いですよね。にも関わらずヒートアップしていくのは「何故なんだろう」と考えながら書いていました。
――作品では、主人公が自分の家族は「絆が強い」と思っていたのですが、相続を巡って争いが始まります
お金と自己評価はつながりやすいですよね。親から幾らもらうのか、という点が、「どれだけ愛されたか」という指標につながる。親から愛情を得られなかったと思っている人ほど取り分にこだわるという話も聞きます。
わたしにも2人の娘がいます。同じおもちゃを上げるのは大原則。食卓でどっちがわたしの隣に座るかだけで揉めます。親から示された愛情の量を子供はよく記憶しています。うちは仲がいい、と思っているのは親ばかり、ということも多いのではないでしょうか。「真壁家の相続」を書いている時は子供目線で書きましたが、文庫化に際して読み直した時には、自分は親として子供たちに公平に接することができているだろうか、と考えました。
相続人が全員そろわないと話し合いを始められないところも面白いですよね。1人でもいないと探さなきゃいけないなんて大変です。それまで、なあなあにしてきたことも相続でははっきりさせなければならない。故人の戸籍も地道にたどらないといけない。デジタル化の時代にこんなアナログの旅をしないといけないのかと驚きました。そういうしんどいプロセスの中で胸に秘めていた感情が噴き出してくるのは自然なことだと思います。
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相続の相談が出来る税理士を探す――作品の中では「相続廃除」が、重要なキーワードの一つになります。相続人の相続権を剥奪する制度ですが、どんな点に関心を持たれたのでしょうか。
さっきも言いましたが、相続人全員がそろわなければならないというのがまず面白いと感じました。探せない事情がある場合はどうするのだろうと調べて相続廃除を知りました。失踪した父親を相続から廃除するかどうか葛藤するというシーンを思い浮かべ、それを核にして書くことにしました。血のつながりに加えて、家族には共に過ごした時間がある。家族や親族は人間の心のベースです。会社だったら辞めることができるけど、親族はどこまでいっても親族であり続ける。だからこそしんどいし、物語になると思ったんです。
相続って究極的には自己承認欲求のバトルかもしれませんね。人間は生まれてくるとまず家族に承認されます。生まれてきただけで祝福され、自己肯定感の基盤がしっかり構築できていれば、社会に出てからそれほど承認欲求を欲しないですむのかもしれない。でも親って結構適当ですから。相続争いには、自分の価値や存在を認めてもらいたいという気持ちがベースにあるように思います。家庭の履歴の総決算と言えるのかもしれませんね。
――朱野さんご自身で、具体的に相続を考えていますか
わたしは二十歳ぐらいに「誰かのお金は当てにしないで生きていこう」と決めました。もし親から「相続する?」と聞かれたら「近居している妹にあげて」と言うと思います。
でも、自分の死後のことは考えていないし、無責任です。我が家の預金額も、生命保険や学資保険の証書のありかも、わたししか知りません。親には「今から終活を始めてほしい」と思うくせに、自分のことになると危機管理レベルが下がりますね。
単純に面倒くさいのもありますが、自分だけが情報を握っていたいという独裁的なところもあります。「お母さんの持っている預金を公開して」と言われたら権力を奪われると警戒するでしょうね。ここで渡したら言うなりになるしかないぞ、と。
わたしは、40歳。相続まではまだ余裕がありますが、死を身近に感じる年齢になったらからといって準備できるかどうか。終活をしている人は偉いな、と思います。人生最後の子ども世代への貢献ですよね。
わたしはまず夫に預金額を知らせるところから始めないといけません。お小遣いを増やせと言われたら困るな、などと思いつつ。
(あけの・かえるこ) 1979年、東京都生まれ。「マタタビ潔子の猫魂」で第4回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞してデビュー。2019年4月、「わたし、定時で帰ります。」がドラマ化。「真壁家の相続」は初めての連載作品。SNSなどでも情報を発信している。URLは次の通りです。